第11話 プライド
土曜日の午後4時前。節は家で悩んでいた。
(行ったほうが・・・いいのか?いや、アイツの言うこと聞くなんて思うつぼになるだけだし、俺のプライドが傷つくし。・・・・でも、昨晩の駿河逞真の声は、本気全開だった・・・・。)
節は舌打ちして立ち上がった。
(しゃあねぇ、行ってやるか!!)
節は家を出ていき、自転車で北公園に向かった。
近所にあるその北公園は、結構大きな公園で、休憩所やバスケットコート、様々なボールなどが備わっていた。
節はどこに行けとも言われていない為、色んなところをさまよっていた。
親しみ深いバスケットコートに辿り着くと、節は思わぬ人影に遭遇した。
シュッ_____ポスッ・・・・
(駿河・・・・逞・・・・真・・・・?)
そう、逞真だった。ジャージという軽装で、バスケットボールをドリブルし、今さっきシュートしたのだ。
その動きと言えば、目が釘打ちになるほどである。まるで、どこか優秀なバスケットチームから上がってきたかのよう。節はふと、聖奈が自分の兄は高校時代バスケットボールのエースだったんだと言っていたのを思い出してしまった。
「ハッ、また聖奈のことを・・・・・」
つい頭が混乱して舌打ちすると、そちらも節のことに気が付き、動きを止めた。
「よくここまで来る実践力があったな。絶対来ないかと思えば。」
節はイライラしつつも、反抗することを避けようと我慢して口を開いた。
「それで・・・・なんの用、ですか?」
不自然な敬語に逞真は嘲笑うかのような瞳を見せた。
「タメ口で結構だ。おそらく、その方が君にとって都合がいいのだろう。そう考えれば、今の私にも。」
(“私”か。流石中学の教師だよな・・・。完璧クソ真面目で校内の悪い生徒取り締まってますオーラ出してるよな。さっきのバスケの動きを例外にしたら、教師になるために今まで生きてきた感じがするし。聖奈も家にいるのに学校にいるみたいだって言ってたよな。)
また、聖奈のことを考えてしまったと節は後悔した。
「じゃあ・・・何の用だよ?」
逞真に対する目つきは変わらない。ゆっくりと近づいてくるその姿に、節はただ瞳を変えず少々ビクついていた。
「これを持て。」
「え。」
逞真に渡されたのは先程彼が持っていたボールだった。
節はきょとんとボールに目を移す。
「だから、何がしたいんだよ。」
「それでこの位置からゴールまでどう扱っても構わないからとにかくシュートしろ。」
「・・・は?」
「いいから。聖奈と遊んでいた時に飽きるほどバスケをやっていたのだろう?」
「・・・まぁ。」
「早く始めてくれ。」
逞真はそう言って、コートから場所をずれた。腕を組んで、節を見破るような表情をする。
「今ジーパンで動きにくいんだけど・・・・」
そうブツブツ呟きながらドリブルし始める。
ダンッ ダンッ
その姿を、物思いに見つめる逞真。
節はいつも通りにゴール付近まで走り、片手でシュートした。それはきちんとゴールに収まり、地面に叩き付けられた。
(なんの意味があるんだ・・・・?)
そう思いながら、逞真のほうを見る。
「やはりその程度か。」
唐突に冷たい言葉が返ってきた。節は堪忍袋の緒が切れて、今にも取っ掛かりそうな感じで逞真に駆け寄った。
「どういう意味だよ!?その馬鹿にしたような発言やめてくれねぇっ!?居心地悪いから!!」
「フッ、自己中心的だな。情けない。ただレベルを口にしただけだぞ?」
「アンタが言ったから俺はその通りにやったんだろ!?」
「だから言ったんだ。やはりその程度かと。」
「・・・っ!?」
「約2年間遊んできた割には結構いい動きはしている。だが、所詮は遊びのうちに覚えたこと。本格的な動きには到底なれない。」
「なんだと・・・!?」
節は逞真の襟を掴んだ。
「悔しいだろう。その感情をすぐ表に露わにするのが君の短所だ。それに、動きに曇りがあったのは考え事や悩みのせいだろう。わかりやすい性格がアダとなったな。」
虚を衝かれた表情をする。
(まるで教師に説教されてるみてぇだ・・・・・。でも、あのシュートだけでこんなに見抜けるなんて・・・・)
節は逞真の襟を離した。
「なんで、あれだけでそこまでわかるんだよ・・・。」
「私は10年近くバスケットボールをやり続けてか、シュートするまでに、その人の感情や性格がでてくると思っているんだ。だから、先程のようなことをやらせた。」
「あぁ・・・そういうことだったのか。」
逞真は頷いた。
「私が話したいことはな、大体目に見えているだろうが、聖奈のことだ。」
「そうだとは思った。」
「君の悩みも、おそらく聖奈のことだろう?」
「・・・・・」
逞真は黙って歩き出した。
「私は、聖奈に対する君の気持ちを知っているつもりだ。」
「いつ知ったんだよ・・・。」
気にせず、逞真は話し続けた。
「聖奈はな、悩みに悩んでいた。今までの聖奈とはかけ離れた瞳を私に見せてきたんだ。私も唖然としたよ。」
地面のボールを拾ってケースの中にいれる。
「今君の性格が私のなかでわかったから聖奈の気持ちがよくわかる気がする。君もわからないか?」
「・・・・」
節は黙った。黙ることしかできなかった。
そのまま、時間は過ぎていき、逞真にも限界が訪れた。
「・・・平静を装って話しているが、私は心底怒りに満ちているぞ。そちらが何か話さない限りいつブチギレるが知れたものじゃない。」
「・・・・じゃあ、なんて言えば気が済むんだよ、駿河逞真。」
少々ムカついて発した節の言葉に、逞真は眉をピクリと動かし、振り向いた。
黒い雲が二人の頭上を暗くしていくと、逞真の表情と合って、何とも不気味に見えていた。
聖奈は自分の部屋で、机に寄しかかりながら琥珀石を見つめていた。
「どうしよっかなぁ・・・?吹っ切れたはいいけど、肝心の節ちゃんとはなにも話せてないし、お母さんの形見いつまでも持ってるわけにはいかないし・・・・。」
不意に携帯を開くと、聖奈は顔を歪ませた。
「ん?なに、この履歴。昨日の夜中じゃん。私寝てたはずだけど・・・。しかも、相手節ちゃんじゃん!!」
聖奈はいてもたってもいられず、部屋のドアを開けた。
「兄ちゃん、私の携帯いじった!?」
シーン・・・・
「あれ、いない感じ・・?」
リビングにも兄の部屋にも彼の存在は無かった。
「あれ、変だなぁ。どこいったんだろ。」
首を傾げながら携帯に目を向けなおす。
「でも、確かに履歴に残ってんだからそうだよね。・・・・はぁ。」
聖奈の表情が再び曇った。
(節ちゃん・・・・、私こんなの嫌だよ・・・・・。)
琥珀石をギュッと握り締め、聖奈は家を出た。
「気分転換にはもってこいだよね、北公園って。」
聖奈は北公園に来ていた。聖奈の気分転換の場所はいつも北公園の原っぱなのだ。天気が怪しくて人が来なくなった北公園は聖奈が落ち着くいい場所となっている。
「丁度この天気でよかった!」
聖奈は天気に似合わないルンルン顔で草の上に寝転がった。
曇り空に琥珀石を透かすと、その上からポツ・・・・ポツ・・・・と雫が落ちてきた。
「ん・・・?雨だー・・・・。」
仕方なく起き上がると、バスケットコートのほうで途轍もない音が鳴り響いた。
バシッ・・・・!_____
現地から結構遠いはずなのにしっかり響いたということは、尋常じゃない音なのは確かだった。
聖奈は不審に思ってバスケットコートのほうに向かった。
逞真はその拳を節の綺麗な頬に向けていた。
「・・・ってぇ、な・・・!」
地面に倒れた節の口端からは赤い血が滲み出ている。それは、確かに逞真がつけた傷であった。
男子高校生に向かって殴っても逞真は顔色一つ変えなかった。むしろ、教師としてでなく兄としての瞳が節に向けられていたのだ。
「もう一発、殴っても充分だな。」
「何だと!?」
「とうとう俺の堪忍袋の緒が切れたようだ。さっきの一言で。」
彼の額には血管がクッキリと浮かんでいる。
「全く反省ができていない!お前のような奴を俺は初めて見たぞ。分からず屋で、人の気持ちを全く考えない愚か者を。」
節は悔しくなって立ち上がった。
「どうせ俺はこうだよ!自覚してるさ。だけど、それをアンタにグッサグサ言われると、無性に腹立ってくんだよ!!」
今度は節が拳を向けてきた。
「オラッ!!」
その不良染みた振り上げを、逞真は慣れたように受け止めた。
「えっ」
虚を衝かれたところで節は簡単に叩きつけられてしまった。身動きができない。お互いの服がずぶ濡れになり、髪も乱れ始めた。
「なんで・・・・」
逞真は無表情で節の体を抑え込んでいる。その姿からは想像できないほどの重さが節には掛けられていた。
「おい、お前。中途半端な気持ちで聖奈に想いを寄せている訳じゃないよな・・・?」
「中途半端なわけねぇだろ!?初めてだったんだよ、聖奈が。初めてこんなに女子を好きになったんだ。ハンパな気持ちだったら、こんな胸痛まないし!・・・・っあ・・・・・」
節は思わず自分の言葉に驚愕した。
逞真はフッと鼻で笑いつつ、微笑みかけた。
「素直に言えるじゃないか。・・・なるほど。」
節に掛かる重みが少し減った。
「だが、今の君にはまだ聖奈を任せることはできない。兄としてのプライドが許さない。」
「俺も、アンタを受け入れることはきっと無理。でも、聖奈に対する気持ちは変わんねぇんだよ。俺は・・・・どうしたらいいんだよっ!?」
逞真は何も考えず即答した。
「ならまずその態度と性格を変えろ。反抗的になるのも一切やめなさい。」
「そうしたら・・・聖奈は俺のこと許してくれるのかよ?」
「それは、聖奈自身が決めることだ。俺がわかることじゃない。ただ、その程度のことはできないと聖奈を任すことができないということだ。」
「・・・・いい加減、のしかかんの止めてくんねぇ?」
「俺の言っていることがわかるなら、起き上がってもいいが?」
節が口を開こうとすると、木陰のほうから人が出てきた。
「うわっ!ビックリ・・・・誰かと思った。ってか何やってんの!?」
聖奈だった。
「「聖奈・・・・」」
また二人の息ぴったりだった。顔を見合わせ、今にも互いを睨もうとしたところで、聖奈は逞真の肩を押して節を解放させた。
「お前、誰に向かって・・・!」
「うっせーっ!!節ちゃんイジメたら私がしょーちしないんだからねッ!!」
「聖・・・・」
節は唖然とした。聖奈は兄のほうの味方になるのかと思えば、逆に自分のことを庇っているのだから。
「別にただ軽い説教してただけだが?」
「さぁどーだか。原っぱのほうでもシッカリ殴った音聞こえましたけどぉ??」
「それは、セコイことした罰だ。」
「勝手にヒトの携帯いじった人に言われたくねーッ!!」
聖奈はフンッと兄に背中を向け、節に手を貸した。
「大丈夫?うちの兄貴ちゃんこう見えて結構強いからさ。口切れてんじゃん。」
「あ・・・・いや、別に平気だけど。」
そう言いながらも聖奈の手を借りる。
「聖奈、俺・・・・」
「ごめん、節ちゃん!」
聖奈の口から出てきたのは謝罪の言葉だった。
「なんでお前が謝んだよ。」
「私、節ちゃんの気も知らないで目ェそむけてた。自分にもそむけてた。私だって節ちゃんのこと好きなのに、気付けなかった・・・。これ、意地張って返せなかった。」
琥珀石を節に差し出す。
「聖奈、俺んこと許してくれるのか?」
「うん。」
節は思わず押し黙った。嬉しくて、何も言えなかった。
「じゃあ・・・さ。」
思い切って声を振り絞って出す。
「本当に許してくれるんだったら、その石、聖奈が俺の首に着けてくれ。」
聖奈は迷わずに頷いた。
「・・・はい。」
節の首に手を回し、初めに着いてたチャームネックレスに琥珀石を着けた。
「ありがとな、聖奈・・・。」
「節ちゃん、私節ちゃんと付き合う。今までと違う日々になってくかもしれないけど、でも友達だったころ忘れないでれば大丈夫だと思うから。」
「あぁ。俺も、頑張るからさ。前みたいに聖奈のこと困らせないように。」
「他の人にもだよっ!」
「・・・うん。」
節は苦笑した。その体を離して、聖奈は逞真のほうを向いた。
「兄ちゃん、これでも節ちゃんのこと許せないわけ?」
逞真は二人の瞳を見た。
「・・・・いや。」
答えは意外にもあっさりだった。
「そんな姿を魅せられて、許さない奴はいないと思う。・・・・好きにしなさい。それがお前の幸せなんだな。」
聖奈は思わぬ言葉に逞真に抱き着いた。
「ありがとっ!兄ちゃん大好き♡」
「おいおい、抱き着く相手を間違っていないか?」
「んっ??」
逞真は聖奈をはがすと、その背中を押して、節とくっつけた。ノリで二人は抱き合ってしまう。
「ちょっ、兄ちゃんなにやってんの!」
「そのほうがお似合いだぞ。もう子供じゃあるまいしな。」
二人は顔を見合わせて、はにかんだ。
「あの・・・さ。」
今度は節が口を開く。
「俺、アンタのことなんて呼べばいいんだよ。流石にフルネームじゃまずいから・・・。」
「んー・・・・」
逞真は俯いて考え、馬鹿にするような表情でこう言った。
「兄貴でいいや。節君に”お兄さん”だの言われたら気色が悪い。」
節も負けぬとこういう。
「そっちこそ、いきなり節君って気色悪いんですけど。」
「一応教師だし君付けのほうがいいかななんて思ったが、間違いだったな。面倒だから節と呼んどくか。」
「____ま、いっか。」
この二人が微笑み合ったのはこれが初めてかもしれない。
月曜日・・・・・
「美和オッハー♪」
「聖奈よぉ♪」
世間話をしながら学校に行くと、いつものように賢明がさきに着席していた。
「賢明おはよー!」
「よっ。」
「あれー、節は??」
「また遅刻じゃねぇの?」
「もー仕方ないな節ちゃんは。ま、いつものことかww」
賢明と美和は呆然とした。
「うそ・・・聖奈が節の話題ふれるなんて・・・・。」
「もしかして、仲直りしたとか・・・?」
聖奈はいつものニコニコ顔で頷いた。
「うん!ごめーわくお掛けしヤした☆」
「そっかそっか。」
「よかった!」
「あ、それとー・・・私たち、付き合うんで♪」
それには驚かないわけがない。
「マジで!?おめでとさん!!」
「やっぱりかー。ま、しょうがないよね、賢明。」
「だな。」
その時、くしゃみをして節が入ってきた。
「はよ。なぁ、今俺の噂してただろ?」
美和と賢明がにやけて、二人を見た。
「な、なんだよ。」
「べっつにぃ?」
「そうそ!」
聖奈たちは平和な生活に戻った。
今までと違うことがあるかもしれないけど、それも高校生活での楽しみだと聖奈は思うのだった。
仲直りしました!これも逞真のおかげ・・・?
とにかく↓
次回も宜しくお願いいます☆