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何も言わない理由 午後7時13分 ~告白

作者: 時司 龍
掲載日:2026/03/10

 居酒屋の引き戸を開けた瞬間、賑やかな声がぶつかってきた。


 金曜の夜。店内は既に満席に近い。誠は軽く店内を見回し、奥のテーブルに目を止めた。

 いた。

 すでにジョッキを半分ほど空けている美咲が、こちらに気づいて手を振る。


「遅い」

「まだ十分早いだろ」


 向かいに腰を下ろすと、彼女は笑いながら枝豆をつまんだ。


「もう一杯いっとく?」

「俺はまだ一杯目」


 そう言いながらメニューに手を伸ばした時だった。

 視線の端で、見覚えのある背中が動いた。

 誠は思わず目を細める。


 ・・・あいつか。


 少し離れたテーブル。男女混じったグループの中心で、やけに楽しそうに笑っている男。

 大樹だった。

 女の子たちに囲まれて、肩を叩かれたり、腕を引かれたり。あの独特の距離の近さで、軽く肩を寄せたり、笑いながら耳元で何か囁いたりしている。・・・相変わらずだな。


 その時。


「あ」


 大樹の視線がこちらに止まった。

 一瞬だけ驚いた顔をしてから、すぐに笑う。グラスを軽く持ち上げる仕草。

 誠も小さく手を上げて返した。

 それを見て、美咲が首をかしげる。


「何? 知り合い?」

「同僚」

「ふーん」


 ちらり、と彼女は大樹のテーブルを見る。


「そうなんだ。いつもあんな人?」


 少し心配そうな顔。

 誠はグラスを口に運びながら眉を上げた。


「何。俺が来る前に何かあった?」

「何かっていうか・・・」


 美咲は小声になって言う。


「すごい」

「何が」

「あれは勘違いする子が続出しそう」


 誠もつられて視線を向けた。

 ちょうどその瞬間、大樹が隣の女の子に何か言われて、軽く肩を引き寄せる。女の子が笑いながら腕を叩く。別の子が「ずるい」と腕に絡む。大樹は困ったように笑いながらも、わりと自然に受け止めている。

 ・・・まあ。

 あいつはそういう男だ。

 誠は小さく息を吐く。


「・・・オマエも」

「何?」


 美咲がにやりと笑った。


「言いたい事あるなら、はっきり言ったら?」


 誠は少し黙ってから言った。


「ああいうの、されたい?」


 一瞬。美咲が、ぽかんとした顔で誠を見る。


「・・・は?」

「だから」


 誠は視線を逸らしながら言う。


「手繋いだり、くっついたり」

「・・・」

「そういうの」


 沈黙。

 それから・・・。


「さあね?」


 からかうような笑み。彼女が身を乗り出して、誠の顔を覗き込む。


「気になるの?」


 距離が近い。

 誠はふと気づく。・・・ちょっと酔ってるな、こいつ。

 次の瞬間。

 ぽん。美咲の手が誠の頭に乗った。


「よしよし」

「・・・は?」


 撫でられる。

 普通に撫でられる。


「たまにはしてくれる?」


 誠の背中に冷たい汗が流れる。なんだこの流れ。

 美咲はにやりと笑う。


「手ぇ繋いで」

「・・・時々するじゃん」

「恋人繋ぎにして~」

「・・・」

「それから、歩く時とか、くっついてたり」

「・・・歩きにくい」

「ご飯食べてる時、片手繋いでたりとか・・・」


 誠はしばらく黙っていたが。

 ふっと息を吐き、そっとテーブルの上で、彼女の手を取った。

 ぎゅ。

 指を絡める。

 恋人繋ぎ。

 美咲が一瞬、驚いた顔をする。

 そして・・・


「・・・あ」


 自分の右手を見る。

 誠を見る。

 また手を見る。


「・・・ゴハン食べれない」


 誠は心の中で静かに思った。形勢逆転。箸を持つ。ポテトサラダをすくう。

 そして。


「あーん」


 美咲の口元へ。

 一瞬で。

 彼女の顔が真っ赤になった。


「ちょっ、ちょっっ・・・無理っ」


 顔を真っ赤にして、美咲が身を引いた。

 誠はポテトサラダを箸で持ったまま、少し肩をすくめる。


「じゃあ手ぇ離す?」

「それは・・・」


 美咲は一瞬迷ってから、小さく言った。


「・・・やだ」


 誠は思わず吹き出しかける。そのまま、結局ポテトサラダは自分の口へ。


「ずるい」

「どこが」

「誠、絶対楽しんでる」

「別に」


 そう言いながら、誠はグラスを口に運ぶ。

 その時だった。

 美咲がふと、また視線を横に流した。

 大樹のテーブル。ちょうど今、女の子が笑いながら大樹の肩にもたれている。大樹は困ったように笑いながらも、軽く頭を撫でている。


「・・・ねえ」


 美咲が小さく言った。


「なに」

「さっきの人」


 誠はグラスを置く。


「同僚なんでしょ」

「ああ」


 美咲はまた大樹のテーブルを見た。笑い声。男の子も近いが、女の子との近すぎる距離。


「モテそう」

「まあな」

「彼女いないの?」


 誠は枝豆を一つつまむ。


「さあ」

「さあって」


 誠は肩をすくめた。

 美咲はしばらく黙って、大樹の方を見る。


「・・・あれ」

「ん?」

「彼女いたら怒られそう」


 誠はグラスを口に運ぶ。


「怒るタイプじゃないかもな」

「え?」


 誠は答えない。

 その沈黙を、美咲が横目で見る。


「・・・誠」

「なに」

「なんか知ってるでしょ」


 誠は笑う。


「仕事の話」

「絶対うそ」

「うそじゃない」


 美咲はまだ疑う顔をしていたが、やがて肩をすくめた。

 その向こうで、大樹の笑い声がまた上がる。

 誠はグラスを傾けながら、ちらりとだけそちらを見た。

 そして。

 何も言わなかった。

読んでくださってありがとうございます(*_ _)

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