9話 ラナァ、相談を受ける
「うぅ……今となっては、あーちゃんに心から感謝してくれるのはラナァだけだよぉ……」
あーちゃんは涙を拭いながら言った。
ラナァは葉っぱであーちゃんの頭をナデナデ。
「そういえば、神殿にあーちゃんの像があったよ」ラナァが言う。「でも羽がなかった」
「この羽は飾りだから」
あーちゃんが言うと、背中の白い翼が消失。
「そうなんだ?」
「そうなんです」
2人は顔を見合わせ、そして「ふふっ」と笑った。
「ラナァはどうして神殿に?」
あーちゃんが聞いて、ラナァは事情を説明。
「ふむふむ」あーちゃんが頷く。「転生した植物の魔王に会えたわけね。良かったねラナァ。嬉しい?」
「うん! ラナァはとっても嬉しい!」
「ラナァが嬉しいとあーちゃんも嬉しい!」あーちゃんは花が咲いたように笑った。「世界がまだ残っているのは、ラナァがいるからだよ! 全ての生命体はラナァに感謝するべき!」
あーちゃんが言うと、ラナァはドヤァと胸を張って左右の葉っぱを腰に当てた。
ついでに補足すると、張ったのは胸ではなく茎である。
「あ、ラナァそろそろ戻るね! またね!」
「ああ! ラナァのそのアッサリした感じ大好き! だけどもう少し名残惜しんで欲しいな!」
あーちゃんが言い終わる頃には、すでにラナァの姿はなかった。
◇
ふあぁ、とイリナは大きな欠伸をした。
ここはイリナの自室。
物の少ないシンプルな部屋。
花瓶に黄色い花を飾っている以外、装飾品はない。
あとは必要最低限。
別に清貧を好んでいるわけではない。
単純にイリナは物欲が薄いのだ。
「ラナァ、もう普通に話しても、お胸から出てもいいですよ」
「はぁい」
スポン、とラナァはイリナの胸から抜けて床に降り立つ。
根っこを器用に動かして、部屋の中をグルグルと走り回る。
なんて可愛いのだろう、と思いながらイリナはベッドに腰掛けた。
そうすると、急に睡魔が襲ってきた。
「ああ……ラナァ、あたくし少し眠るので……子守歌を……」
「いいよぉ!」
ラナァは鈴のような美しい声で、眠気を誘う歌を歌った。
それを聴いたイリナは、すぐに深い眠りに落ちた。
ラナァはしばらく歌い続け、1番が終わったところで歌うのを止める。
そしてベッドに飛び乗って、イリナに布団をかけてあげた。
「ラナァどうしようかな?」
顎に手を当てるように、花に葉っぱを当てて考えるラナァ。
そして考えること2秒。
「そうだ、探検しよう!」
ラナァはベッドから降りて、ドアの前に移動。
根っこを伸ばしてドアノブを握り、カチャッと開けて外へ。
ササササッ、とあまり音を立てずに移動するラナァ。
魔力感知の範囲を広げ、神殿全域を把握。
「人がいっぱいのところ、行ってみよぉっと」
ラナァは一度神殿の庭に出て、人々が集まっている場所を目指す。
途中、誰かが歩いていたので、ラナァは普通のお花のフリをする。
そうやってごまかしつつ、目的地へと移動を続けた。
ラナァが普通のお花のフリをすると、立ち止まって愛でる女性が割といた。
なので少し時間がかかったけれど、ラナァは目的地へと到着。
そこでは人々が列になっていた。
列は全部で4つ。
列の前には小さな小屋がある。
どうやら、人々は順番に小屋に入っているようだ。
小屋は1人ずつしか入れないようで、なかなか進まない。
ちなみに小屋は5つあるのだが、1つは「クローズ」の札が立てかけてあった。
「なんだろう?」
ラナァは興味が湧いたので、小屋の裏側に回って、クローズの小屋に侵入した。
小屋の裏口には鍵が掛かっていたのだけど、ラナァは根っこで器用にピッキング。
壊すことなく解錠したのだった。
中は小部屋になっていて、真ん中に仕切りがある。
椅子があったので、ラナァはとりあえず座ってみる。
仕切りの向こう側にも椅子がある。
隣の小屋の中を魔力感知で覗くと、どうやら仕切りのあっちとこっちで話をしているようだ。
「面白そう! ラナァもみんなとお話ししたい!」
ラナァは魔力を飛ばして「クローズ」の札を引っくり返し、「オープン」に変更。
少し待つと、男性が入室して椅子に座る。
ラナァは隣の小屋を観察していたので、作法はなんとなく理解していた。
「あなたの罪を告白しなさい」とラナァ。
「はい司祭様……」
「司祭じゃなくてラナァだよ」
「おお、聖女ラナァ様……俺の罪を聞いてください」
聖女じゃなくてお花だよ! と思ったけれど、ラナァは言わなかった。
男が話を続けているので、遮るのも悪いと思ってそのまま流したのだ。
「俺は妻も子もありながら、酒場のウエイトレスを好きになってしまいました……」
「ふむふむ」
ラナァは頷いたけれど、何が罪なのかサッパリ分からなかった。
ラナァは妻も子もいないけれど、好きな相手はたくさんいる。
アビスも、パメラも、骨のあの人も、イリナも大好きだ。
もちろんあーちゃんも。
「うぅ、俺はどうしたらいいでしょうか?」
「ラナァはいつも幸せだよ。あなたは?」
ラナァが言うと、男は少し考え込む。
「そう、ですね。ええ。俺は今、幸せです。妻は口うるさいけど、料理の上手ないい女で、ガキは生意気だけど、畑仕事を手伝ってくれる。俺は、今、幸せだった……。この幸せを壊すような愚かな行為は、できねぇ」
男は涙ぐみ、そして立ち上がる。
「ありがとうございました聖女ラナァ。俺は危うく、幸せを壊すところでした」
男は満足して小屋を出た。
ラナァはキョトンと首を傾げた。
話が終わってしまった。
「まぁいっかぁ」
ラナァが気持ちを切り替えると、今度は10歳ぐらいの少女が入って来た。
「司祭様……」
「ラナァは司祭じゃないよ、お花だよ」
「……え? ああ、お花の聖女ラナァ様……聞いてください」
「聞いてるよ」
「あたし……どうしてこんなに不幸なんですか?」
「不幸なの?」
「はい。あたしは孤児で、ずっと孤児院で暮らしています。あたしは見た目も小汚いから、養子にしたいって人も現れず……」
「ふむふむ」
「お腹いっぱい食べたことはないし、普通の子たちに『親なし』ってバカにされて……」
少女は両手をギュッと握って、涙を流した。
ラナァはまたキョトンと首を傾げた。
「それは状況であって、幸せとは何も関係ないと思うけど?」
「え?」
「自分の外側の状況は、幸せとは何も関係ないよね?」
「ど、どういう意味ですか?」
少女は戸惑っている様子だった。
ラナァも戸惑った。
「んーと、ラナァはいつも幸せだよ。植木鉢にいた時も、大地に根付いてからも、雨の日も雪の日も晴れの日も、昼も夜も、パメラがいる日も、いない日も、幸せだよ?」
ラナァにとっては当然のこと。
外で何が起きようが、ラナァの幸せは揺るがない。
「……それは有名な、悟りの境地というやつでしょうか? 聖女様はその領域に達しているのかもしれませんけど、普通の子供には難しいです」
「幸せであることが難しい?」
ラナァは首を傾げた。
ただ幸せであればいいだけなのに、どうして難しいのだろう?
人間という種族がそういう特性を持っているのかも、とラナァは思った。
「はい。だから、何かもっと具体的なアドバイスが欲しいです」
「少し待ってね」
ラナァは急いで世界図書館へと意識を飛ばす。
「あーちゃぁぁぁぁぁん! 人間を創ったあーちゃぁぁぁぁん!」
「どうしたのラナァ! 人間にいじめられたの!? 滅ぼす!?」
あーちゃんはすぐに姿を現した。
「違うよ! ちょっと聞きたいんだけど、『幸せであることが難しい』って人間の子が言ってるんだけど、どうしてか分かる!?」
ラナァが言うと、あーちゃんは目を丸くして、それからクスクスと笑った。
「人間は比較をする生物なの」とあーちゃん。
「ほうほう」
「たぶんこの世界において、人間ほど外側と比較する生命体はいない。それは人間を今の地位に押し上げたけど、同時にそれが不幸という名の幻想の始まりでもあるのよね」




