7話 ラナァ、伸びる
聖騎士隊長は、【念話】のできる魔法道具を使って王都の警備隊に連絡をした。
賊を連れて帰るのは大変なので、回収に来てもらうためだ。
聖騎士たちが賊たちを近くの木に括り付ける。
すでに聖女イリナによる【ヒール】で、聖騎士たちは元気いっぱいの状態だ。
ケガも体力も完全に回復している。
「あの……隊長様……」
フレーチェが隊長に話しかけた。
「ん? 何か?」
「聖女様が……変なのです……」
「あ、ああ……そうだな……」
隊長とフレーチェは同時にイリナに視線をやった。
イリナは胸元の花を愛しそうに撫でながら、デレデレしている。
「あの花が……怪しいとわたしは思うのです……」
「確かに。だが邪悪さは感じない」
「わたしたちの……精神が操作されているのでは……?」
「!?」
フレーチェの推測に、隊長は驚いて目を剥いた。
もしもそんなことが可能なら、かなり危険な存在ということになる。
「待て世話係よ」隊長が冷静に言う。「まずそもそも、聖女イリナ様はかなりの強者だ。その精神を操るなど、魔王レベルでないと不可能」
聖域に単独で調査に向かう程度には、イリナの実力は抜きん出ている。
「その昔……」フレーチェが深刻な様子で言う。「植物の魔王……というのがいたそうです……」
「だがその者は当時の勇者に滅ぼされたはず……」
魔王退治は人類の栄光として語り継がれているので、誰でも知っている有名な話だ。
「ですよね……。わたしの考えすぎでしょうか……」
「いや、一応、神殿に戻ったら大聖女様に報告しておこう。イリナ様の様子がおかしいのは間違いないことだ」
こうして、大好きなラナァを愛でているだけのイリナは、その言動を大聖女にチクられることが決まったのだった。
◇
本体ラナァは歌を歌っていた。
この大地がいかに美しいか、という歌詞の歌。
ラナァの自作である。
ラナァの歌に合わせて妖精たちがハモっている。
その美しい歌声を、冥竜帝アビスがいい気分で聞いていた。
14番まで歌ったところで、ラナァは歌うのを止めて空を見上げる。
釣られて妖精たちも空を見た。
そこには2匹のグリフォンが飛んでいる。
「本体でも挨拶しなきゃ!」
ラナァはグングンと茎を伸ばして、花の部分が上空400メートルに到達。
「こんにちは! ラナァだよ!」
◇
グリフォン兄弟が巣に向かって飛んでいると、突如地上から何かが伸びてきた。
グリフォンたちは驚いて急停止。
そうすると、その何か――グラサンをかけた白い花が挨拶をした。
(ラナァ様だぁぁぁぁあああああああ!!)
グリフォン弟の全身の毛が逆立った。
(なぜここにっ!?)
グリフォン兄は目を剥いて驚き、心臓が跳ね上がった。
「こっちが本体だよ!」
ラナァが鈴のような美しい声で言った。
その声を聴くだけで、なぜか活力が湧いてくる。
あれ? よく見るとそれほど怖くないぞ、とグリフォンたちは思った。
もちろん、ラナァが超常の存在であることに変わりはない。
ないけれど、自分たちが考えていたような、恐ろしい存在ではないと感じた。
と、黒く巨大なドラゴンが舞い上がってきた。
今度こそ、グリフォンたちは涙目になって震え上がる。
存在の各が違う。
ドラゴンの吐息1つで、グリフォンたちは消滅してしまう。
「ふむ。ラナァの知り合いか?」とドラゴン。
グリフォンたちはコクコクと何度も小刻みに頷いた。
「安心せよ。ラナァの知り合いを食べたりはせん」
その言葉を聞いて、グリフォンたちは少し落ち着いた。
「ワシは冥竜帝アビス。ラナァの親友にして、まぁ保護者のようなものだ」
アビスがドヤ顔で言った。
(めめめっめめめめめ、冥竜帝アビス!?)
(あああああ、あの伝説の、史上最強の、呪われたドラゴン!?)
グリフォンたちは少しだけチビった。
と、今度は妖精たちが大挙して押し寄せてきた。
「わー、グリフォンだ!」「尻尾引っ張ろう!」
「見て見て、翼が大きい!」
妖精たちはグリフォンたちの毛を引っ張ったり、周囲をハエみたいに飛び回ったりした。
本来なら、グリフォンは妖精などに好きにさせないのだが。
グリフォン兄弟は何も言えなかったし、何もできなかった。
なんせ、アビスとラナァが見ているのだから。
僅かでも敵対行動を取ってはならないのだ。
「妾は妖精女王のパメラである」パメラが言う。「ラナァの友達なら、一緒に歌うことを許可しよう。妾たち今、14番まで歌っていたところなのじゃ」
わぁ、何番まであるんだろう、とグリフォンたちは思った。
「いいね! 一緒に歌おう!」とラナァ。
グリフォンたちはコクコクと頷いた。
◇
数日後。
分体ラナァはイリナの胸に挟まったまま、王都に到着した。
(ラナァ、ここが王都ですよ。都会は初めてでしょう?)
イリナが馬車の窓から外を見た。
道が広く綺麗で、歩道と車道が別れている。
歩道には人々が歩いていて、表情も明るい。
(見たことあるよぉ)とラナァ。
(なぜに!?)
(んーと、この世界を見て遊ぼうと思って、隅々まで見たことある。だからここも知ってる)
(んんんんん!? ラナァ、もしかして世界中全てを見るだけの魔力があるのですか!?)
ラナァは目で見ているわけではない。
魔力を展開して、全てを把握しているのだ。
(うん。そうだよー)
とはいえ、いつも全てを見ているわけではない。
普段は自分の住む森だけを把握している。
もちろん、上空から地下まで含めて。
(す、すごい……)
イリナは心から感動した。
ラナァはいずれ世界最強になると前世で思っていたが、まさかこれほど成長するとは。
と、馬車が神殿に到着した。
イリナが馬車を降りる際、騎士の1人がエスコートした。
イリナに続いて降りたフレーチェのことも、騎士はエスコート。
「とりあえず大聖女様に会いに行きます。みなさんは休んでいいですよ。フレーチェも」
イリナが言うと、フレーチェはすぐに「はい」と言って自分の部屋へと向かった。
フレーチェもイリナも、神殿に自分の部屋がある。
もちろん、2人の部屋の大きさは全然違うけれど。
修道者のフレーチェは4人部屋で、聖女のイリナは1人部屋である。
「同行しましょう」と騎士隊長。
「1人で平気ですが」
「今の自分はあなたの護衛が役目。報告が済むまでは任務中です」
隊長が姿勢を正して言った。
イリナは溜息を吐き「分かりました。ではよろしくお願いします」と言った。
イリナが歩き始めると、隊長が2歩ほど離れて付いて来た。
「聖女様!」「イリナ様!」
すれ違う修道者がイリナに挨拶し、イリナも全てに笑顔を返した。
そうこうしているうちに礼拝堂に到着。
今日は一般開放の日ではないので、祈っている人はいなかった。
(あの像はなぁに?)
ラナァは礼拝堂の奥に設置されている像を見ながら聞いた。
(あれは聖なる神アレクシア様です)
答えつつ、イリナは礼拝堂の奥へと進む。
(へぇ。神様なんだ?)
(そうです。この世界を創造した神様、という設定です)
(設定?)
(ふふっ、神様なんて本当にいるわけないでしょう?)
イリナは聖女だが、神の存在を信じていなかった。
なぜなら一度も会ったことがないし、神様に会った人も知らないからだ。
(そうなんだ)
(そうなんです)
会話している間に、イリナは礼拝堂奥の関係者専用通路に入った。
そこを抜けると、大聖女の部屋がある。
ちなみにこの神殿に教皇と枢機卿はいない。
彼らはもっと大きな国のご立派な神殿に住んでいる。
まぁ、この国も小国というわけではないのだが。
「大聖女様、イリナです」
言いながら、イリナは大聖女の部屋をノックした。
「ああ、入りな」
落ち着いた声が部屋の中から聞こえ、イリナはドアを開けて中に入った。
部屋の中では、大聖女がキセルをふかしていた。




