6話 ラナァ、脳内で会話する
「援護します」
そう言って、イリナは即座に馬車を降りた。
風が少し吹いていて、草の香りがする。
よく晴れた空に、白い雲がゆっくり穏やかに流れている。
賊がいなければ、街道の横の草原でラナァと日向ぼっこをしてもいい。
今度そうしよう、とイリナは思った。
「聖女様、助かります」と聖騎士の1人が言った。
聖騎士たちはすでに馬から下りて、4人全員が剣を抜いて構えている。
聖騎士たちの装備は全員同じ剣と鎧。
神殿で洗礼を受けた装備なので、普通に売っている物よりは品質がいい。
洗礼というのは、聖女が神聖魔法でちょこっと強化した、という意味だ。
(さて、あたくしとラナァの楽しい馬車移動を邪魔したゴミ……おっと、聖女的ではない表現ですが……まぁゴミでいいでしょう。ゴミの顔を確認しますか)
ゴミ……賊は全部で6人。
みんな『ザ・賊』という見た目だった。
ボサボサの髪に、薄汚れた戦闘服、それから安物の剣や斧を握っている。
(有名な賊のようですが……装備は貧弱ですね……でも)
イリナは賊が連れている魔物に目をやった。
グリフォンである。
鳥のような顔に、大きな翼、そして獣の下半身。
(まさかのグリフォン!? そこそこ強い魔物ですよね!?)
少なくとも、駆け出しの魔物使いに扱えるような魔物ではない。
それが2匹もいるのだ。
さすがのイリナも驚いた。
(確か、『大蛇団』のボスが魔物使いでしたっけ?)
魔物使いの実力は3つのランクに分かれている。
弱い方から初級、中級、上級だ。
グリフォンは中級以上でなければ従えることができない。
「おぉ、聖女様じゃねぇか」
グリフォン2匹の間にいる男が言った。
(この男が魔物使い……ですよね? つまり賊のボス……)
男の見た目は30代後半ぐらい。
顔に複数の傷がある。
筋骨隆々で、見た感じ普通に強そうだった。
武器は大きな斧。
「マジだぜ!」「犯そう!」
「聖女様のおっぱい!」「襲って良かった!」
賊たちが興奮して言った。
「貴様ら! 我々の馬車を襲うとはいい度胸だ!」
騎士隊長が大きな声で言った。
「うるせぇ、グリフォンが見えねぇのか! 俺たちに襲えない馬車なんてねぇんだよ!」
賊のボスが楽しそうに言った。
実際、楽しいのだろうなぁ、とイリナは思った。
今までも彼らは人々を襲い、そして奪って犯して生きてきたのだ。
聖職者として、許すわけにはいかない。
まぁ、イリナはもうすぐ辞めるのだけど、辞める前に賊退治をするのも悪くない。
グリフォンは厄介だが、倒せない魔物ではない。
◇
グリフォンたちはイリナの胸元のお花をジッと見詰めていた。
そうすると、お花もジッと見詰め返してくる。
グリフォンたちはブルッと震えた。
自分たちの目の前にいるのが、ドラゴンよりも危険な花だと本能的に理解したのだ。
(む、無理でしょー!)
(怖いよ兄ちゃん! ちびる!)
グリフォンたちの心境である。
ちなみにこのグリフォンたちは兄弟だ。
(なぜこれほどの存在が……こんな場所に?)
あの花はヤバい。
よく分からないけれど、とにかくヤバい。
自分たちとは一線を画した魔物である。
なんなら魔王の1人である魔獣王より恐ろしい。
(こんにちは!)
花が話しかけてきた。
それもかなり元気よく。
(花が喋っただと!?)
(バカな! 言語を解する花だと!?)
グリフォンたちは驚いて飛び上がりそうになった。
(ラナァはラナァだよ!)
花は無邪気に自己紹介。
グリフォンたちはゴクリと唾を飲む。
挨拶を間違えたら、バラバラにされるかもしれない。
(高貴で素敵なラナァ様……初めまして)
(見逃して! 殺さないで! 僕はあなたの下僕ですぅう)
グリフォン弟がその場に伏せて、そしてコロッと転がってお腹を見せた。
その姿に、賊たちがギョッとした。
当然の反応だ。
グリフォンはプライドが高いのだから。
ちなみに、魔物使いに従ってはいるが、配下になったわけではない。
契約によって協力しているだけ。
交わした契約はグリフォンたちに有利なものだ。
魔物使いも魔法使いの一種で、この賊は『契約』という属性を持っている魔法使いでもあるのだ。
(何してるの? 楽しい?)
ラナァは無邪気に聞いたのだが、グリフォン弟は責められたと感じ、すぐにまたクルッと転がってその場に伏せる。
賊たちは困惑している。
ついでに聖騎士たちも困惑していた。
(巣に帰りたい……)
(人間なんかに協力するんじゃなかった!)
圧倒的な強者であるラナァを前に、グリフォンたちは巣を懐かしく思った。
(帰ればいいじゃん)とラナァ。
(か、帰って……いいのですか?)
(いいよぉ!)
ラナァには何も関係ない話である。
グリフォン兄弟は顔を見合わせ、そしてバサッと翼を広げた。
(では失礼しますラナァ様!)
(さよならラナァ様!)
(ばいばーい。さよならとラナァ、2つ合わせて! さよなラナァ! なんちゃって!)
グリフォンたちは急いで飛び去った。
あとに残された賊たちが、ポカーンとグリフォンが飛び去った空を見ていた。
(さよなラナァ、面白くなかったのかな?)
ラナァは首を傾げようとしたが、ラナァの首というか茎は今もイリナの胸に挟まっているのだった。
◇
「飛び去ってしまいましたが?」
イリナは賊たちに言った。
賊たちは引きつった表情を浮かべ、何も言わなかった。
これからどうするか考えているのだろう、とイリナは思った。
(なぜ突然、グリフォンたちは飛び去ったのでしょう?)
(巣に帰りたいんだって)
(なるほ……ってラナァ!?)
(はーい)
(あたくしの思考の中に、ラナァが!? まさかラナァのことが好きすぎて、脳内に幻のラナァを作り上げてしまったと!?)
イリナは驚愕したが、それも悪くないと思った。
(違うよ。ラナァが声を出さずに話しかけてるの)
(なるほど! 魔法で言うところの【念話】ですね!)
(さぁ? これ魔法なのかな?)
ラナァはよく分かっていなかった。
できるからやっている、というだけのこと。
(なんでもいいですよ! 心の中でラナァと話せるなんて嬉しいなぁ!)
(イリナが嬉しくてラナァ幸せ!)
ああ、ラナァはなんて可愛いのでしょうか!
胸がきゅんとしたイリナだった。
◇
フレーチェは馬車の扉から顔を出して、外の様子を観察していた。
ピンチになったら自分だけでも走って逃げようと思っていたからだ。
しかし、なぜか賊のグリフォンが飛び去ってしまい、微妙な空気が流れている。
激戦を覚悟していた聖騎士たちも、なんだか困惑している。
「今日のところは、許してやらぁ」
賊のボスが言った。
「ふ、ふざけるな! 拘束しろ! 1人残らず拘束しろ!」
騎士隊長が叫び、騎士たちが一斉に賊に向かって行く。
イリナはボーッと突っ立っていた。
神聖魔法で支援する様子もない。
(イリナ様!? なぜ棒立ち!? 寝てるわけじゃないでしょ!?)とフレーチェは心の中で焦った。
イリナはラナァと脳内で会話しているのだ。
その会話が弾んでしまい、現実をこれっぽっちも見ていない。
もちろん、そんなことフレーチェには分からないのだが。
賊6人と聖騎士4人の戦闘が始まる。
賊もそれなりに強いが、やはり聖騎士には敵わない。
賊の1人が戦闘不能に陥り、すぐに別の賊が両手を上げて降参した。
聖騎士たちが勝てそうなので、フレーチェはホッと息を吐いてから馬車を降りた。
そしてイリナの隣に立って、イリナの顔を見る。
(なんかヤバい顔してるぅぅぅぅぅぅ!)
イリナはなんだかデレデレしていた。
胸元の開いた服を着た娼婦を見て、鼻の下を伸ばしたオッサンみたいな表情だ。
「あ、あの……イリナ様……?」
その顔を晒すのはマズいでしょ、とフレーチェは声をかける。
聖女がしていい表情じゃない。
しかしイリナの反応がない。
フレーチェは仕方なく、イリナの腕に触った。
心境的には、思いっ切りお尻を叩いてやりたいフレーチェだが、さすがに不敬なので我慢した。
「はっ! ここは!?」
イリナがキョロキョロしてから、現状を把握したように「あぁ」という顔をした。
こいつ大丈夫か? とフレーチェは思った。
イリナが大丈夫じゃないと、自分の将来もダメなのだが。
「聖女様! ケガをした者がいますので、【ヒール】をお願いできますか!?」
騎士隊長が言って、イリナは慌てて騎士たちに駆け寄った。
どうやら、賊は全員ちゃんと拘束したようだ。
「……イリナ様……わたしが正気に戻さないと……」
やっぱりあの胸元の花が怪しい、とフレーチェは思った。




