4話 イリナ、聖女を辞めると決める
「助ける?」
ラナァがキョトンと茎を傾げた。
「妾を!」パメラが自分を指さして言う。「助けて欲しいのじゃ!」
「えっと……?」
ラナァは逆側に茎を傾げた。
揺れるお花は可愛いなぁ、とパメラは思った。
でもすぐに、そんな悠長なことを考えている場合ではないと気付く。
「見て分からないかなぁ! 妾、今、捕まってるのじゃ!」パメラは鳥籠の中で宙返り。「この鳥籠から出たいなって!」
「そこってパメラのお家じゃないんだ?」
「うーん、全然違うのじゃ! むしろ牢獄! 出たいなぁ!」
「そっか。じゃあ広げるね」
そう言って、ラナァは葉っぱを二枚、鳥籠の格子の隙間に差し込む。
それから、「ふん!」という掛け声とともに、鳥籠の格子を左右に広げる。
「すっごーい!」
パメラは広がった格子を通って外に出た。
「ラナァは凄い!」とラナァが胸を張る。
「冗談抜きで本当に凄いのじゃ」パメラが言う。「この格子、すっごい頑丈なはず。ミスリル製と言っておったぞ」
「結構、柔らかかったよ」とラナァ。
「そ、そうであるか……」
随分と強いお花だな、とパメラは思った。
あるいはミスリル製というのが嘘なのか。
「じゃあラナァ帰るねー」
フリフリと可愛らしく葉っぱを振るラナァ。
パメラも釣られて笑顔で手を振った。
ラナァが【転移】で消える。
「って、ちょっと待つのじゃぁぁぁぁ!」パメラが叫ぶ。「そこはほら! 妾も一緒に連れて帰る場面であろうがぁぁぁぁぁ!」
パメラが大きな声を出したものだから、商人の男が部屋に駆け込んで来た。
「妖精ちゃん!? どうやって出たんだ!?」
商人の男が驚いて目を丸くしていた。
パメラは広がった格子を指さした。
商人の男が口をポカーンと開けた。
「バカな! ミスリル製だぞ!? どうやったんだ!?」
言いながら、商人の男がパメラに近寄る。
(あ、本当にミスリル製なんだ? それじゃあ、驚いて当然じゃな。妾も驚いたし。ってそんな場合じゃないっ!)
商人の男がパメラに向けて手を伸ばしたので、パメラは天井付近まで飛び上がって回避。
「ラナァ! 戻ってきてぇぇ!」
「ねぇ、今度は何?」
またまた【転移】してきたラナァは、やや面倒臭そうに言った。
「うーん、ラナァもしかして不機嫌?」
「んーん、ラナァは今日も幸せ!」
クルクルっとラナァがその場で舞う。
「そっか! ラナァはいつも幸せじゃったな!」とパメラ。
「な、なんだ!? 喋って踊る花!? 魔物なのか!?」
商人の男がビクビクしながら言った。
「あ、ラナァは……」
商人の男に挨拶しようとしたラナァに、パメラが高速で抱き付く。
「悪党に挨拶なんてしなくていいから、妾を連れて帰って! 今すぐじゃ! ほれほれ!」
「はーい」
ラナァが【転移】を使って、森へと帰還。
そこには本物のラナァが根付いていて、ラナァの背後に大きな黒い岩があった。
少なくとも、パメラには岩に見えた。
「ただまい本体ラナァ!」と分体ラナァ。
「おかえり分体ラナァ!」と本体ラナァ。
分体ラナァが本体に近づいて、右手――に見えたが実際には葉っぱ――を上げる。
その右手っぽい葉っぱに、本体ラナァが自分の葉っぱで触れる。
そうすると、分体ラナァが本体に溶けて消えた。
「パメラもお帰り」と1輪になったラナァ。
「ただいま。本当にもう、酷い目にあったのじゃ……」
パメラはフワフワと飛んでラナァの葉っぱに着地。
そしてホッと息を吐いた。
「ラナァの友達か?」
どこからか声が聞こえたので、パメラは周囲をキョロキョロと見回した。
「ここだ、ここ」
「岩が喋ったのじゃ!?」
「誰が岩だ。ワシはドラゴンだ」
ヌッと黒い岩が首をパメラに近づける。
パメラは心臓が跳ねるぐらいビックリして、すぐにラナァを盾にする位置へ移動。
「ん? ワシが怖いか?」とドラゴン。
「べ、別にぃ~」パメラは地面を見ながら言う。「全然、怖くないしぃ? 妾より、ちょぉっと大きいだけであろうが」
ブルブルと高速で震えるパメラ。
それを見て、ラナァが真似をする。
「ぶるぶる~♪」
ラナァは歌うように言った。
「安心しろ」ドラゴンが言う。「ラナァの友達はワシの友達だ」
「そ、そう? 妾のこと食べない?」
「小さすぎて、食べても腹は膨れんだろうな」
ガッハッハ、とドラゴンが笑う。
「まぁ、それはそうじゃな!」
パメラは納得した。
「ワシはアビス。冥竜帝と呼ばれておったな」
「ふぅん、なんだか、カッコいいのじゃ」パメラはアビスを見上げて言う。「妾はパメラ。妖精女王にして、天下一の美少女じゃ!」
「ラナァはラナァだよ! お花だよ!」
なぜかラナァも自己紹介に交じった。
「ねぇラナァ、一緒に住んでいい?」とパメラ。
「いいよ」とラナァ。
「じゃあ、他の妖精たちを連れてきても?」
「いいよー!」
ラナァは特に何も考えずに頷いた。
◇
「そして現在に至るってわけじゃ」
パメラが両手を腰に当てて、偉そうに言った。
「喋り方が古風なのか若いのかよく分かりませんね」とイリナ。
「ん? 妾は特に意識したことないのじゃ」
「まぁそうでしょうね。あくまで、あたくしの感想です。それはそうと」聖女イリナが言う。「パメラは200年近く、ラナァとここで過ごしていると?」
「そうなるのぉ」とパメラ。
「あたくしもここで暮らすぅぅ!」
イリナが地面を転がる。
まるで駄々をこねる子供のように。
「暮らそうよ!」とラナァ。
「暮らす!」とイリナ。
「いや、お主」アビスが言う。「聖女であろう? 仕事があるのではないか?」
「あーあー、聞こえないですぅ、何も聞こえないですぅ」
イリナが両手で自分の耳を塞ぎ、目を瞑って嫌々と首を振る。
ちなみにイリナはまだ地面に転がったままである。
「大丈夫? 病気?」とラナァ。
「違いますぅ! ただのイヤイヤ期ですぅ!」
言いながら、イリナが跳ねるように立ち上がった。
「とにかく、あたくしはもう聖女を辞めます。辞任です辞任」
「辞めちゃえ辞めちゃえ!」
イリナが真面目に言って、ラナァがノリノリで葉っぱを握って何度も突き上げる。
「うぇーい! 辞めればええのじゃぁ!」
パメラも右手を握って、何度も突き出す。
それを見ていた妖精たちも、「辞めちゃえ」の大合唱。
(ほらやっぱり若いのか古風なのか分からないっ! でもそれも個性ですね。あたくしも常に丁寧に喋るわけじゃありませんし)
イリナはそんなことを考えたが、口には出さなかった。
代わりにというわけではないが、拳を握って強い口調で言う。
「では早速、辞めると伝えるため神殿に戻りますね!」
「いってらっしゃーい!」とラナァが葉っぱを振る。
「ラナァの分体も一緒に来て欲しいです! あたくし、もうラナァと離れたくありませんから!」
「はいはーい」
ラナァがスッと【分身】し、本体ラナァの隣に分体ラナァが誕生。
分体ラナァは根付いていないどころか、根っこを足のように動かして移動できる。
「分体も可愛いですね!」
言いながら、イリナは分体ラナァを抱き上げた。
「それでは皆さん、またすぐ会いましょう!」
イリナが言うと、アビスが前足を振った。
本体ラナァは葉っぱを振って、パメラと妖精たちは手を振った。
イリナはルンルン気分で森の出口へと歩き始めた。
もちろん、ラナァを抱いたままである。
ラナァはとってもいい匂いがしますねぇ、とイリナは思った。
そしてしばらく進んだ時。
「ふふ……二人きりですね、ラナァ」
「そうだね」
「またラナァに会えて、本当に嬉しいです」
「ラナァも嬉しいよ」
◇
心が暖かいな、とラナァは思った。
お日様とはまた違う、人の肌の温もりが心地いい。
かつて植物の魔王と呼ばれ、今は聖女と呼ばれている大切な人の温かさ。
「もう魔王様じゃないんだよね?」とラナァ。
「そうですね。それはもう、今のあたくしには夢のようなものですから」
「でも、会ったら言おうと思ってたことがあるの」ラナァが言う。「ラナァは幸せだったよ。今もずっと幸せ! この世界にラナァを創造してくれてありがとう!」
イリナが立ち止まり、ギュッとラナァを抱き締める。
そして、静かに涙を流した。
その涙が、悲しいからではないとラナァは知っている。
人は嬉しい時も泣くのだ。
ラナァは泣いたことがないけれど、多くのことを知っているから。
「ラナァが幸せでいてくれて、あたくしも嬉しいです……」
イリナが嬉しくて嬉しいな、とラナァは思った。
毎日18時に更新します!




