2話 ラナァ、みんなで魔法王国に行く
「こんなちっぽけな魔力量で大丈夫なのか?」
アビスが心配そうに言った。
現在、聖域は冬。
サラサラと雪が降っていて、空気が冷えている。
冷たくて気持ちいいなぁ、とラナァは左右に揺れていた。
「いえ、人間ならこんなもんですよ」イリナが言う。「というか、多い方なのでは?」
聖域の食べ物や飲み物は、摂取すると魔力量が増える。
なので、シエルの魔力量も人間の子供にしては多い方だ。
ただ、アビスから見たらそれでも小石程度なわけだが。
「合格基準が分からんからのぉ」パメラが言う。「増やせるだけ増やしておけばよかろう」
「しかしシエルはまだ星を1つしか作れん」とアビス。
「星1つで合格できるよ」ラナァが言う。「魔力量も大丈夫。あとは一般知識と魔法知識が必要」
「あたくしが教えたので、問題ないでしょう」ふんす、とイリナが胸を張って言う。「書斎の本の質もかなり良かったですし」
ちなみに、イリナとシエルはふわふわモコモコの冬服を着ているが、アビスとラナァは全裸のままである。
パメラは魔法で自分の周囲を暖かく保っているので、いつもと同じ服装だ。
パメラの魔法は香りを伴うので、パメラに近づくといい匂いがする。
「本当は星2つにしたかった」
シエルが胸の前で両手の平を上に向け、黒い星を浮かべる。
星が黒い理由は単純で、シエルの属性が【闇】だったのである。
「はぁ……あたしも【神聖】とか【光】とかが良かった……」
黒い星を見詰めて、シエルが溜息を吐いた。
「闇もとっても綺麗だよ!」ラナァが言う。「なんなら世界を闇で覆っちゃおう!」
ラナァがパン、と葉っぱを打ち鳴らすと、世界が暗闇に包まれた。
「ダメダメ! 止めてラナァ!」シエルが必死に言う。「見えない! 何も見えないから怖い!」
「ほい」
ラナァが再び葉っぱを叩くと、闇が晴れて世界が元に戻る。
ちなみにラナァは全世界を闇で覆ったので、昼間だった地域では軽いパニックが発生した。
しかし短い時間で元に戻ったので、混乱はすぐに収まった。
一部、神殿などで原因の調査が行われることになったけれど。
「自分すら見えない闇は」イリナが言う。「さすがのあたくしもちょっと怖かったです」
「人間ビビりすぎなのじゃ」
ガタガタガタガタ、と震えながらパメラ。
「臆病なものだな」
ダラダラと汗を流しながらアビス。
よく見ると、アビスの目はスイスイ泳いでいる。
「ふぅん。みんな闇が怖いんだね」ラナァがコクコクと頷く。「どうして?」
「えっと……あたしはよく分からないけど、とにかく怖いかな」
「危険察知能力の低下と」イリナが言う。「未知への恐怖、それから孤独感ですかね」
「なるほどなるほど」
ラナァがまたコクコクと頷いた。
ラナァはそもそも魔力で周囲を把握しているので、暗闇だろうが光の中だろうが危険察知能力が低下するということはない。
未知への恐怖もラナァにはない。
未知はどちらかというとワクワクする。
そしてラナァは孤独感を理解できない。
孤独を感じたことは一度もないし、今後も永遠にない。
世界が存在しているのに孤独だなんて、そもそも有り得ないのだから。
少なくとも、ラナァには有り得ないことだ。
「話を学園の入学試験に戻そう」アビスが言う。「シエルは現時点で合格できるのだな?」
「うん。できるよー」
ラナァは左右に揺れながら言った。
シエルがホッと息を吐く。
ちなみに、シエルが作った星はラナァが世界を暗闇で包んだ時に消えた。
動揺して星を維持できなくなったのだ。
「しかし使える魔法の種類は増やした方がよいと思うのじゃ」
パメラはまだ少し声が震えていた。
「そうですね」イリナが同意する。「攻撃魔法の種類を増やしましょう。念のために」
「うぅ……あたし攻撃苦手」
「世の中、悪い奴は多いからのぉ」パメラが言う。「妾も普通に捕まって売られかけたのじゃ」
「6星の魔法使いなのに……?」
シエルが首を傾げた。
「ふ……当時の妾はまだ3星かそこらじゃったし、それに妾の魔法は主に生活の向上と、悪戯用じゃ!」
パメラが腰に手を当てて、小さな胸を反らした。
「妖精は攻撃的な魔法が苦手なんですよ」とイリナが補足した。
「ワシは得意だぞ?」アビスが言う。「今度街を破壊する魔法を……」
ギロリとイリナがアビスを睨み、アビスは口を噤んだ。
◇
新年が訪れ、シエルは13歳に、イリナは20歳になった。
そして入試の前日。
「では、我が娘をアヴァロンのある魔法王国まで送っていくか」
人間の姿に変身したアビスが言った。
アビスの見た目は60歳前後の男性で、白髪混じりの黒髪をリーゼントにしている。
筋骨隆々で、どう見ても武闘家という感じだった。
服装も動きやすそうな黒い道着だ。
「き、緊張するぅ」
身を縮めているシエルの服装は、綺麗な黄色のドレス。
髪型はいつものポニーテールで、括っているのは小さい分体ラナァ。
「アビスさんだけでは不安なので、あたくしも行きますよ」
イリナが言った。
イリナは普段は村娘のような服装だが、今日は少しだけ綺麗な服を着ていた。
そして肩から鞄をかけている。
ちなみに聖女の聖服は神殿に返却している。
「行ってらっしゃーい、なのじゃ」
パメラが手を振って、それに合わせて妖精たちも手を振った。
パメラは以前のように外の世界に出たいとは思っていなかった。
なぜなら、幸せはここにあると知ったから。
「それじゃ、【転移】させるね」とラナァ。
次の瞬間、シエルたちは魔法王国の王都の路地裏に移動していた。
「……【転移】すごっ」とシエル。
「本来の【転移】は行ったことのある場所にしか移動できません」イリナが解説する。「使用する魔力量も莫大ですし、単独で使うには7星以上の能力が必要です」
「そっか……やっぱラナァってすごいね」
言いながら、シエルは分体ラナァを撫でた。
「ラナァはすごいっ!」
分体ラナァが嬉しそうに言った。
「はい。ラナァはすごいのです」イリナがヘラヘラと言った。「とりあえずホテルに向かいましょう」
イリナが歩き始めて、シエルとアビスが続く。
この世界の宿泊施設は大きく分けて2つ。
1つは宿。
こちらは安い代わりサービスはよくない。
部屋もあまり綺麗でない場合が多い。
そしてもう1つがホテル。
こちらは値段が高く、サービスが良い。
主に上級国民用で、かつてのシエルなら一生縁のない場所。
「ええっと、こっちですかね」
イリナは鞄から地図を出して、それを見ながら歩いている。
この地図はラナァが世界図書館で書き写してきたもの。
一行は特に問題なくホテルを発見し、ラナァが創造した金貨を使って宿泊。
初めてのホテルにテンションが上がったシエルは、ベッドで飛び跳ねたりしていた。
そんなシエルを、イリナとアビスが温かい気持ちで見ていた。
「さてシエル」イリナが言う。「明日、試験会場には1人で入らなければいけません」
「うん。でもラナァがいるから」
シエルはそっと、ポニテの根元の分体ラナァに触れる。
「そうですね。でも筆記テストでラナァに答えを聞いてはいけませんよ」
「あたし、そんなズルしないよぉ」
「ええ。そう思います。一応、言っただけです。ぶっちゃけ、落ちてもいいので気楽に試験を受けてくださいね」
「いやワシの娘が落ちるはずがない」
「アビスさん、そういうのはプレッシャーになるからダメだと……」
イリナが苦笑い。
「大丈夫!」シエルが笑顔で言う。「あたし、いっぱい勉強したし、みんなが魔法を教えてくれたし、自信あるよ!」
「その意気です!」
言いながら、イリナはシエルの頭を撫でた。
イリナにとって、シエルは可愛い妹のような存在になっていた。
ラナァも葉っぱを伸ばしてシエルの頭をナデナデ。
「ワシも撫でたい」
アビスがそう言ったので、イリナとシエルが固まった。
初めてのことだったから。
少しの沈黙を挟んでから、シエルが言う。
「うん……撫でて欲しい」
サササッ、とシエルがアビスに寄って行き、頭を差し出す。
アビスはおっかなビックリ、シエルの頭を撫でた。
2人の関係が深まったっぽいぞ、とラナァは思った。




