1話 シエル、学校に行くってよ
「シエルも来年13歳ですし、学校に行ってみますか?」
朝、ダイニングで朝食を摂っている時にイリナが言った。
ここは聖域のイリナたちの家。
イリナがここで暮らし始めて2年が経過していた。
ちなみに、この世界では新年を迎えると同時にみんな一緒に一歳年を取る。
「が、学校……」シエルがゴクリと唾を飲み込む。「行ってみたいけど……あたし、いじめられない?」
「一体どこの誰が冥竜帝アビスの娘を虐めると?」
イリナは苦笑いしながら言った。
「パパのことはでも……話さないよね?」
「そうですね。人間たちはアビスの生存を知りませんし」
「やっぱりあたし、いじめられるんだぁあぁぁぁあ!」
シエルが両手を自分の頬に当て、叫んだ。
シエルは孤児時代によくいじめられていたのだが、その時の感覚を久々に思い出した。
「ラナァがいるから平気ですよ」
イリナはシエルの髪飾りを指さした。
シエルのポニーテールを括っているのは、サイズを小さくした分体ラナァである。
「え? ラナァ一緒に学校に行ってくれるの?」とシエル。
「うーん? 行ってもいいよぉ。人間観察したーい」
ラナァが言うと、シエルがホッと安堵の息を吐いた。
ラナァがいるなら何も怖いことなどない、とシエルは思ったのだ。
「では朝食後、アビスにも相談しましょう」
イリナが微笑んだ。
ちなみに、イリナはずっとシエルに勉強を教えていた。
なので、入試があるような学校でもシエルは問題ない。
◇
「ワシの娘が通うなら世界最高の学校でなければならん」
アビスがどーんと胸を張って言った。
ここはイリナたちの家の外、本体ラナァが根付いている場所。
アビスはラナァの背後に座っていて、ラナァの前にはイリナが陣取っている。
シエルはイリナの右隣に座っていて、妖精たちはその辺をフラフラ飛び回っていた。
以前ここにいた2匹のグリフォンは、一度里帰りすると言って現在は留守。
それはそれとして、今日はよく晴れていて、白い雲が気持ちよさそうに空を泳いでいる。
ラナァはそんな雲を眺めながら、ボーッと幸せを感じていた。
「まぁ、いい学校の方がいいですよね」とイリナ。
「え……? あたしは別に普通の学校で……」
シエルが言うと、アビスがシエルを見詰める。
「ダメだ。ワシの娘ならば最高でなくては認められん」
「あ、はい」とシエル。
シエルとアビスの親子関係は、この2年でだいぶいい感じになっているけれど、やはりまだ少しギクシャクした部分もあった。
ラナァは2人の関係をずっと観察していたけれど、ギクシャクの原因は2つあると思っている。
1つは、『シエルがアビスに遠慮している』こと。
もう1つは『アビスはまったく遠慮も配慮もない』こと。
(2人を足してぐーるぐる混ぜてまた2つに分けたらちょうどいいのになぁ)
ラナァはそんな風に思った。
でもよく考えたら、ラナァは誰にも遠慮したことがない。
それで人生は上手く回っているので、問題はシエルの方だけなのかもしれない。
いやいや、とラナァは小さく花を振る。
ラナァ以外の知的生命体は、遠慮とか配慮をしながら社会を回しているらしいのだ。
じゃあ、やはり問題は2つかなぁ、とラナァは楽しく思い悩んでいた。
「でもさぁ、最高の学校ってどこなのじゃ?」
パメラが話に入って来た。
「ワシは知らぬ。イリナが知っているのでは?」
「いえ、あたくしも知りませんよ。あたくし神殿育ちなので、学校には行っていませんし」
でも神殿の教育は高度だ。
特に聖女への教育はそこらの学校をはるかに超えている、という情報をラナァは『世界図書館』でリアルタイムに取得した。
そう、ラナァは最高の学校を探しに意識だけを世界図書館に飛ばしたのだ。
「はぁい」
ラナァが可愛らしく右手……のように葉っぱを上げた。
みんなの視線がラナァに集中する。
「ラナァ調べたよ!」
「さすラナァ!」とパメラが手を叩く。
「ああ! ラナァこそ世界の叡智!」とイリナが感動の涙を流した。
「うむうむ。やはりラナァは頼りになる」とアビスが頷く。
「あはは……」
別に普通の学校でいいと思っているシエルは、複雑な表情で笑った。
「世界最高の学校はねー、『アヴァロン魔法学園』だよ!」
「聞いたことがありますね」イリナが言う。「まぁ表面的な噂だけですが、確か300年ぐらい前、対魔物、対魔王用に設立された学園だったような?」
「え? あたし魔物と戦うの……?」
シエルがウルッとした瞳でイリナを見た。
「あ、今は違いますよ、たぶん」イリナが慌てて言う。「世界は割と平和ですしね」
「んとねー」ラナァが言う。「今のアヴァロンの目的は、世界最高の魔法使いの育成が目的みたい」
「曖昧なのじゃ」パメラが言う。「世界最高の魔法使いとはつまり何ができればいいのじゃ?」
「極星を目指して、世界図書館に行けるようにすることだって」とラナァ。
「えっと……極星って?」とシエル。
「それはあたくしが説明しましょう」
コホン、と咳払いしながらイリナが立ち上がる。
そして自らの魔力を星の形に練り固め、周囲に5個浮かべた。
その星は【神聖】属性らしく、キラキラと輝いていた。
あんまり綺麗だから、ラナァの幸せ指数が上昇。
「人間たちが魔法使いのレベルを測るのに使っているのが、この魔力の星です」イリナが人差し指を立てて説明する。「魔力の星を維持するのは、意外と大変なのです。それで、この星を何個作れるかがそのまま魔法使いのレベルになるのです」
「じゃあ、イリナお姉ちゃんは星が5個だから5星ってこと?」とシエル。
「その通り。あたくしは5星魔法使いなのです」
ドンと胸を張ってイリナが言った。
実は5星魔法使いというのは、人間の中ではかなり高レベルの魔法使いである。
ちなみに人類最強の魔法使いが7星だ。
「ちなみに妾は6個じゃの」
パメラが星を6個、自分の周囲に浮かべた。
その星はとってもいい匂いがして、ラナァの幸せな気分が増した。
「いい匂い」とシエル。
「妾の属性は【芳香】での」パメラがニヤッと笑う。「香りによって様々な効果があるのじゃ」
「ふははははは!」アビスが突如高笑い。「娘よ! パパの星の数を聞くのだ!」
「えっと、パパは星何個?」
シエルがおっかなビックリ質問した。
「良かろう! 見よ! これがワシの実力である!」
アビスが格好付けて前足をバッと動かす。
そうすると、アビスの周囲に9つの黒い星が浮かんだ。
夜みたいに黒くて綺麗だな、とラナァは思った。
「9星!?」
イリナがビックリして目を丸くした。
「や、やるではないか」
パメラは少し引いた様子で言った。
「さすがパパ!」
シエルが手を叩いてヨイショした。
「ふははははは! ふははははは!」
アビスが高笑い。
それが終わったところで、シエルが言う。
「ところで、星は何個まであるの?」
「0星……つまり非魔法使いから10星までですね」イリナが言う。「10星の上が極星なのですが、歴史上そこに到達した生命体はいません。そう、ラナァ以外は!」
聖域に住む者たちは、ラナァが世界図書館に出入りしていることを知っている。
そこは極星でないと辿り着けない場所。
つまり、ラナァは極星ということになる。
「じゃあ、極星のラナァは星を何個浮かべられるの?」
「いっぱい!」
そう言って、ラナァは自分の周囲どころか聖域全体に無数の星を浮かべた。
それも、色とりどりの素敵な星々を。
「さすラナァ!!」とパメラ。
「えええええええ!? 極星どころか無限星って感じですが!?」
さすがのイリナもビックリして目を剥いた。
「これはワシもビビった……」とアビス。
「す、すごい……」
シエルは目をパチクリさせながらラナァが浮かべた星を眺めるのだった。
そしてしばらく星を眺めてから、シエルは正気に戻る。
「あの、みんな忘れてるかもだけど、あたし魔法使えないんだけど? 魔法学園は無理だよ?」
「覚えたらいいのじゃ。妾たちが教えてやるのじゃ!」
パメラがノリノリで言った。
――あとがき――
2章はシエルを中心に話を進めて行きます。
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