22話 ラナァ、今日も幸せ
「いやぁ、しかしギターを弾くリッチとは珍しかったですね」
バラバラになったリッチの骨を見詰めながら、分隊長が言った。
「ええ……しかし」クラリスが首を傾げる。「何か腑に落ちない気が……」
ラナァの記憶操作は完璧だったが、なぜかクラリスは違和感を覚えたようだ。
さすが聖女ですね、とイリナは思った。
「討伐対象を討伐したわけですから」イリナが言う。「さっさと神殿に帰りましょう」
「そうですね。戻りましょう」と分隊長。
こうして、イリナたち討伐隊はリッチを打ち倒して帰還することとなった。
みんなの記憶の中では。
(これで正解のはずです。不死の魔王ホレスが生きていた、なんて知ったら大パニックでしょうし)
ホレスはずっと昔に表舞台から姿を消していて、人類の中ではすでに死亡したと考えられている。
ホレスは今でこそ陽気な骨だが、昔は違っていた。
いや、陽気ではあったが、人類とは思いっ切り敵対していたのだ。
◇
「そんなわけで、イリナもうすぐ帰ってくるよ」
本体ラナァが言った。
聖域は今日もいい天気で、空は突き抜けるように青い。
「まさか本当にあの骨がいるとは……」とアビス。
「なーんか妾、予感がしておったのじゃ!」とパメラ。
「それにしてもイリナさん……魔王ホレスにアッパーカットするなんて……」
シエルがブルブル、と身を震わせた。
「イリナも元魔王だぞ」とアビス。
「え?」
シエルは一瞬、思考を停止させる。
聖女でママで、その上、元魔王?
属性が渋滞してるぅぅぅぅ!
「妾が説明しよう」パメラがドヤ顔で言う。「聖女イリナの前世は植物の魔王で、ラナァの生みの親ってわけなのじゃ」
「ええ!? 本当にママだったんだ!?」
比喩か何かだと思っていたので、シエルは酷く驚いた。
「ラナァが端折って話すから驚いておるぞ」とパメラ。
イリナたちがホレスと会ったのは昨日のことである。
それを今さっき、ラナァはみんなに話したのだ。
詳細を話したわけではなく、こうして、こうして、こうなった、という感じで、かなり端折っていた。
しかしなぜかイリナのアッパーカットだけは丁寧に説明したラナァ。
「詳しく話そうか?」ラナァが言う。「イリナがホレスの頭蓋骨を蹴っ飛ばした時のことから」
「なんでそこ!?」とシエル。
「あれ? 人間って戦いの話が好きなんじゃ?」
「あたしは違うよぉ!」
シエルが両掌を見せて、ブンブンと振る。
「そうなの? じゃあシエルは何の話が好き?」
「……お、王子様とか……お姫様とか……そういうの」
「あ、そういえばラナァ、王子に結婚しようって言われたんだった」
思い出した、という風にラナァが葉っぱを叩いた。
「なん……だと?」
アビスがブルブルと震えながら言った。
「妾のラナァと……結婚……?」
パメラもブルブルと震えている。
妖精たちは抱き合って震え始めた。
「ゆ、許さんぞぉぉぉぉ!!」
アビスが天空に向けて吠えた。
その声は凄まじい声量で、空気を引き裂いて雲を蹴散らした。
シエルは思わず耳を塞ぐ。
「お城に火を点けるのじゃ! へいへーい! 骨も残さないのじゃぁ!」
「「へいへーい!」」
妖精たちが一致団結して拳を突き上げる。
「ちょ、ちょっと……ダメだって……」シエルがあわあわしながら言う。「お、王子様と結婚とか……ちょっと羨ましいし……それに決めるのはラナァだと思う」
「じゃあシエルはラナァが王子様と結婚してもいいと!?」
パメラが両手を腰にあてて、怒ったように言った。
ちなみにパメラはシエルの顔の前に移動している。
「ラナァが幸せなら……いいんじゃ?」シエルが言う。「ラナァだって女の子なんだから……王子様と……あれ? ラナァって女の子だっけ?」
沈黙が訪れた。
なんとなくラナァは女の子だと思っていたけれど、実際どうなのかシエルは知らない。
みんなの視線がラナァに集中する。
「ラナァは幸せだよ?」
「そこじゃなぁぁぁい!」シエルが突っ込む。「今聞きたいのそれじゃなーい!」
「妾、ラナァは女の子だと思ってたんだけども……」
「ワシもだ……」
みんながジィーっとラナァを見詰める。
「そんなに見られると照れちゃう♪」
ラナァが葉っぱで花を押さえ、茎をクネクネと動かした。
「いやーん♪ 可愛いのじゃ♪」
パメラがその場で卒倒したので、シエルは慌ててパメラを受け止めた。
妖精たちも次々に墜落していく。
さすがに助けられない、とシエルは思った。
妖精たちは地面に落ちるギリギリで正気を取り戻しているようで、特に問題はなかったけれど。
「うむ……それでラナァよ」アビスが言う。「オスなのか、それともメスなのか?」
「ラナァは繁殖しないから、どっちでもないよ」とラナァ。
「そっか! じゃあラナァは女の子ということで!」パメラが言う。「どっちでもないなら、どっちでもいいってことだしのぉ!」
(あれ? どっちでもないってそういう意味だっけ?)
シエルは首を傾げたが、特に何も言わなかった。
「ラナァはラナァという至高の存在。性別など些細なことです。まぁ、あたくしは娘だと思っていますが」
聴いたことのない女の声に、シエルがビックリして振り返る。
そこには美しい聖女が立っていた。
聖女の胸には分体ラナァ。
あ、この人がイリナだな、とシエルは即座に理解。
「お、ラナァの【転移】で帰ってきたのか」とパメラ。
「一刻も早く帰りたかったので」とイリナ。
分体ラナァがイリナの胸からポーンと飛び出して、本体ラナァに近寄る。
「お帰り、分体ラナァ」
「ただいま、本体ラナァ」
2人はお互いの葉っぱでハイタッチ。
そうすると、分体ラナァが本体ラナァに吸収されて消える。
「あなたがシエルですね? 初めまして。ドラゴンの子にしては可愛いですね。変身してるんですか?」
イリナがニコッと微笑んで言った。
その笑顔は聖女と呼ぶに相応しい。
だけど、問題はそこではない。
「あたし人間だよ……?」
「ええええええ!?」イリナがビックリして言う。「でもラナァが! シエルはアビスの子だって! 言ってましたけど!?」
「うむ。シエルはワシの子だ」とアビスが胸を張って言った。
「ほら!」とイリナがアビスを指さす。
「あの……あたし……孤児で……」
シエルはどうしてアビスの養子になったのか、丁寧にイリナに説明した。
イリナの顔がだんだんと青くなっていく。
「じゃ、じゃあ……神殿に出現したドラゴンって……」
「ワシだ」
「攫われた女の子って……」
「あたしだと思います……」
「お前らかぁぁぁぁぁあああああ!」
イリナが激しく突っ込みを入れた。
「ダメだった?」とラナァ。
「ぜーんぜん! なーんにもダメじゃないです」ニヘラ、と笑うイリナ。「ちょっと神殿が慌ただしかっただけで……とりあえず報告だけ……って、念環返しちゃった……」
「神殿が何か文句でも言っているのか?」アビスが言う。「焼き払うか?」
「ダメですダメ!」イリナが言う。「あたくしが明日、ラナァと報告だけしに行きますから。気にしなくていいです」
「なんでラナァと行くのじゃ?」とパメラ。
コホン、とイリナが咳払い。
「ラナァがいないと【転移】できませんからね」
実に現実的な問題であった。
「えっと……あたし……連れ戻されたりとか……」
少し不安そうにシエルが言った。
イリナはシエルをジッと見詰める。
「シエルは今、幸せですか?」
「はい」
「では大丈夫です。ここで一緒に暮らしましょう」
その言葉を聞いて、シエルはホッと息を吐いた。
「ねぇねぇイリナ、ラナァにも聞いて」
「ん?」
「聞いて聞いて♪」
「えっと、ラナァは幸せですか?」
「お花のラナァは今日も幸せ!」
これで1章は終わりです!
2章は毎週金曜日の18時に更新していきます!




