20話 ラナァ、春を作る
イリナが懺悔室に入ると、ラナァが胸からポーンと飛び出す。
そして狭い懺悔室を走り、そのまま壁を走って天井で逆さまに立ち止まる。
「ラナァに重力は関係ないようですね」
イリナが天井のラナァを見上げて言った。
「身を任せることもできるよ」
ラナァがふわぁっと落ちて来たので、イリナがそれを受け止める。
イリナはラナァをナデナデしたあと、久しぶりの懺悔室を見回す。
かなり狭い部屋で、隅の方にトイレが備え付けられている。
それ以外には、聖なる神アレクシアの小さな像が置いてあるだけ。
「さぁて、ちょっと寝ましょうかね」
早起きしたので、少し眠いイリナである。
「じゃあ子守歌、歌ってあげる~♪」
そう言って、ラナァが綺麗な声で歌った。
イリナは床に寝転がって目を瞑り、ラナァの歌に耳を傾け、そしてすぐに眠りの国に落ちた。
夜、念環からイリナを呼ぶ声が聞こえ、それでイリナは目を醒ました。
「うーん、うるさいですね……」
ぼやきながら、念環に魔力を送ってこちらの声もあちらに届くよう作動させる。
「なんですかディア様」とイリナ。
「イリナ、いつ戻るんだい?」
「あー、えっとですね……」
イリナは目をこすりながら身体を起こし、ディアに現状と今後の予定を説明。
「ふむ。ではしばらく戻らんか」
「はい。何か?」
「いや、聖女ラナァに会いたい人々がな……」
「ああ、無視しておけばいいですよ」
「まぁ、そうするしかあるまい……」ディアが溜息を吐いた。「以上だ。アンデッドの討伐、気を付けろよ」
「はぁい」
念環での会話が終了したので、イリナは魔力を送るのを止めた。
「あれ? ラナァ?」
姿が見えなかったので、イリナはキョロキョロと首を振った。
「ここだよぉ」
天井から声が聞こえたので、イリナが上を見る。
そうすると、ラナァはコウモリみたいに天井に逆さまに張り付いていた。
「天井、気に入ったのですか?」
「割と」
◇
翌日の朝。
「リッチか何かを倒せば、イリナは帰ってこれるみたい」
本体ラナァがみんなに現状を報告した。
「リッチなどワシなら秒で勝てるな」とアビス。
「ラナァなら刹那で勝てるであろう」とパメラ。
「聖女でママのイリナさん……楽しみ」
ニコニコとシエルが言った。
シエルは昨夜、自分の部屋の自分のベッドで眠ったので、とっても気分がいい。
「リッチといえば骨じゃ」パメラが言う。「実はリッチではなく、例のあの骨だったりしたら面白いのじゃ」
「あの骨は人間と敵対などせんだろう」とアビス。
「分からんぞ?」パメラが言う。「骨の方にその気がなくても、人間はアンデッドが大嫌いだからのぉ」
「あの骨って?」
シエルがキョトンと首を傾げて言った。
「あー、シエルは知らないかぁ」パメラがシエルの周囲を飛び回る。「えっとねー、妾たちの友達に骨がいるのじゃ」
「スケルトン……って魔物?」
「えーっと、まぁ似たようなもんじゃの」
「ラナァにグラサンくれた骨だよ」
ラナァが右の葉っぱを上げながら言った。
「前から言おうと思ってたけど、ラナァってグラサン似合うね」とシエル。
「ありがとう。シエルも分体ラナァの花飾り似合うよ」
シエルのポニーテールを括っているのは、サイズを小さくした分体ラナァ2号である。
「ラナァ」パメラがラナァの葉っぱに着地。「もしもあの骨だったら、たまには顔見せに来るのじゃ、って言っといておくれ」
「分かったー」
「いや、そんな都合良くあの骨が討伐対象だとは思えんが……」
アビスが大きな首をやれやれと左右に振った。
「えっと、友達が討伐対象だったら……」シエルがおっかなビックリ言う。「どうするの……?」
「討伐する♪」とラナァ。
「するの!?」
シエルが驚いて身体を仰け反らせた。
「あの骨は討伐したぐらいじゃ死なんのじゃ」パメラが淡々と言う。「心配しなくても平気じゃよ」
「そうそう! それにラナァとは討伐ゴッコしてたよ!」ラナァが言う。「ラナァが勇者役で、骨を何回も砕いた!」
「そ、そうなんだ……過激な遊びだね……」とシエルは苦笑い。
◇
イリナが懺悔室を出る日。
イリナは背伸びをしながら懺悔室を出た。
「随分と元気そうですね」
待ち構えていたマリアが言った。
「あ、マリア様。特に不自由はなかったですよ」イリナが笑顔で言う。「【クリーン】で身体も部屋も清潔に保っていましたし、食事も水も修道者が持って来てくれましたし、床で寝ることも聖女候補時代に何度も経験してますしね」
「……そうですか。アンデッド討伐隊はすでに編制を終えています。すぐに合流しなさい」
「え? 今からすぐですか?」
「そう言いましたよ?」
マリアは冷たい声で淡々と言った。
「分かりました……って、どこで合流すれば?」
「東転移門前です」
ちなみに、イリナがこの大神殿にやってきたのは西転移門からだ。
「ではすぐ行きます」
イリナはノンビリとした足取りで西転移門へと向かう。
「駆け足!」とマリアが怒鳴った。
「ひぇ……」
イリナは仕方なく走った。
(くっ、あたくし、運動能力はそれほど高くないというのにっ! てゆーか、運動嫌い!)
そして正直に言うと、イリナは戦闘も苦手だったりする。
あー、しんどいぃ、と思いながらも、イリナは目的地まで走った。
イリナが東転移門前に到着した時、すでに聖騎士の分隊と聖女1人が待機していた。
分隊というのは10人前後の部隊のこと。
今回集まった分隊はピッタリ10人だった。
「マリア様の命令で討伐隊に加わることになりました、ヴェルテール王国、王都神殿のイリナです」
「聞いています」分隊長が言う。「聖女の中の聖女、イリナ様とご一緒できて光栄です」
「「光栄です!」」
聖騎士たちが声を揃えて言った。
「こちらこそ、大神殿の聖騎士たちとご一緒できて嬉しく思います」
イリナは優雅にお辞儀しながら言った。
「イリナさん、わたくしは大神殿所属の聖女、クラリスと申します」
「よろしくお願いします、イリナです」
クラリスとイリナはお互いに聖女スマイルを浮かべた。
クラリスの年齢は20歳前後で、イリナより年上に見えた。
「では早速、現地に向かいましょう。転移門の調整は済んでいます」
分隊長が言うと、転移門の周囲に立っていた助祭たちが転移門に魔力を注ぐ。
起動した転移門を分隊長が最初に潜って、続いて聖騎士たち。
イリナとクラリスは並んで転移門に入った。
転移した先は、小さな廃村だった。
ほとんどの家はところどころ崩れていて、謎の蔦植物が壁を侵食している。
かつて畑だった場所は、好き放題に伸びた雑草が天下を取っていた。
生活感はまったくないし、そもそも人の気配がしない。
「ここは……」とイリナ。
「ベルン王国の片隅ですわ」とクラリス。
イリナは頭の中で大陸の地図を広げて、ベルン王国の位置を確認。
北方の小さな国だ。
(なるほど、少し寒いわけですね)
(暖めてあげよーか♪)とラナァ。
その台詞にキュンキュンしてしまうイリナ。
(よろしくお願いします!)
(はぁい)
ラナァは周囲を春にした。
気温が上昇し、花が咲き乱れ、優しい風が吹く。
(や、やりしゅぎぃぃぃぃぃぃぃ!!)
イリナは思わず突っ込んでしまった。
イリナ以外のメンバーが動揺している。
当然だ。
いきなり春が訪れたのだから。
(あれ? ダメだった?)
(んーん! ラナァにダメなことなんてなぁぁい! けど! もう少しこう! ラナァは手加減を覚えよう!)
(分かったー)
(これは! 『分かった(分かってない)』というやつなのでは!?)
聖域に帰ってからでもいいけど、ゆっくり手加減について教えようとイリナは思った。
「これは……一体どういうことだ?」と分隊長。
「分かりませんが、邪悪な感じはしませんね」とクラリス。
「そそそ、そうですね」イリナが言う。「邪悪などころか、かか、かなり神聖な感じが、ががが、します! 気にしなくて、平気ですよ! ええ!」
「大丈夫ですか? 酷く動揺しているようですが?」
クラリスがイリナの顔を覗き込む。
「大丈夫! あたくし元気です! さぁアンデッドを探しましょう!」
イリナはズンズンと歩き始める。
「聖女様、危ないので1人で先に行かないでください」
分隊長に制止され、「あ、はい。すみません」とイリナは頭を下げた。




