2話 ラナァ、火を噴く
魔王城から森に【転移】したラナァは、新しい住処を楽しんだ。
まず周囲を完全に把握して、それから伸び伸びと揺れ、踊った。
お昼は太陽が気持ち良くて幸せ。
でもラナァは別に太陽がなくても生きていける。
日光は必須ではない。
夜は月が綺麗で幸せ。
でもラナァは月がなくても生きていける。
雨の日はとっても気持ち良いけれど、ラナァは水がなくても生きていける。
周囲の魔力を吸収しながら、ラナァは生きている。
この世界に魔力が存在している限り、ラナァは存在できるのだ。
そして魔力が消えてしまっても、今度は普通の植物のように太陽と水で生きていける。
ラナァはそういうお花なのだ。
歌っている間に月日が流れ、踊っている間に昼と夜が入れ替わる。
「あ、そうだ寝よう!」
ラナァはふと思い付いて、寝ることにした。
ラナァは特に睡眠を必要としているわけじゃない。
寝るのはあくまで趣味の範疇。
スヤァ、と10年ほど眠って、また起きて揺れる。
虫を観察したり、他の植物を観察したり、毎日がとっても楽しかった。
「今日は歌を歌うね! 天まで届け、ラナァのお歌~♪」
ラナァが気分良く歌い続けていると、空から巨大な黒い塊が降ってきた。
「わぁ! 大きいトカゲ!」とラナァ。
ラナァは図鑑を見たことがあるので、沢山の生き物を知っている。
植物の魔王が、ラナァに多くの知識を与えたから。
「トカゲではない!」黒い塊が言う。「ワシは偉大なるドラゴン、冥竜帝アビス!」
「ラナァはラナァだよ!」
「……ワシは冥竜帝アビスだぞ?」
「うん。ラナァはラナァだよ?」
しばしの沈黙。
「ワシが怖くないか……?」
「どうして?」
「いや……まぁ、怖くないなら、それでいいのだが」アビスが苦笑い。「ところで、貴様……いや、ラナァの歌が気に入った。もっと歌ってくれないか?」
「いいよー!」
そうしてラナァは1年もの間歌い続けた。
アビスはラナァの隣に香箱座りして目を瞑り、ずっとラナァの歌を聴いていた。
◇
「ここからはワシが話そう」とアビス。
「え、あたくしはラナァの話がいいのですが……」
ラナァに頬ずりしているイリナが言った。
ちなみに、イリナはラナァに駆け寄った時に手帳と万年筆を落としてる。
それらをストロベリーブロンドの妖精が拾って、落書きをしていた。
「ワシがラナァの側に着地したのには、理由がある」
「あ、はい……」とイリナ。
◇
冥竜帝アビスは、人間たちとの戦いで深く傷付いていた。
心ではなく、身体の方。
心はいつも元気である。
なんなら、回復したらまた暴れてやろうとさえ思っていた。
「とはいえ、ワシはもう長くない……」
空を飛びながら、アビスは死に場所を求めていた。
強烈な呪いがアビスの身体を破壊し続けている。
人間たちが、アビスを倒すために用意した手段が、その呪いである。
「さすがはメリン……これほどの呪いを用意できるとは……」
もちろん、実際に呪いを放ったのはメリンではない。
メリンは聖女なので、呪いとは無縁だ。
ただ、人類の精鋭を率いていたのがメリンだった。
すでにあの戦いから200年ほどが過ぎ去っていて、その間、アビスはただ逃げ隠れしていた。
なんせ、呪いのせいでまったく力が出せないのだ。
「まったく、実に厄介な呪いだ。忌々しいが、これも運命か」
そう、アビスはすでに自らの死を受け入れていた。
だからこそ、隠れるのを止めて死に場所を求めて彷徨っているのだ。
と、風に乗って歌が聞こえた。
それはとっても陽気で、楽しげで、幸せな歌だった。
「ふむ……」
いい声だ、とアビスは思った。
人間の若い娘だろうか。
「ん? んんんんんんん?」
身体が変だ、とアビスは思った。
「これは、まさか……呪いが弱まっている!?」
アビスは驚いて、急停止した。
キョロキョロと歌の発生源を探す。
「どういうことだ!? このワシですら、どうにもできなかった呪いが、歌だけで!?」
森の少し開けた場所で、白い花が揺れながら歌っているのが見えた。
アビスはとっても目がいいのだ。
「行かねば! ワシ、まだ生きられるかも!? ワシ、実は死にたくなかったのだ! ひゃっほー!」
アビスはとってもいい気分――それこそ200年ぶりの――で白い花の近くに着地。
踏み潰してしまわないよう、注意した。
(さて、どう声をかけたものか)とアビスが考えていると、
「わぁ! 大きいトカゲ!」と白い花が無邪気に言った。
誰がトカゲじゃーい!
ワシは泣く子も黙る冥竜帝アビス様だぞ!?
あと、トカゲに羽は生えてないぞ!
アビスは心の中で矢継ぎ早に突っ込みを入れた。
◇
「やっぱり冥竜帝アビスなんですね……」
イリナが少し怯えたように言った。
「お主、前世は魔王であろう? ワシにビビってどうする」
「前世は前世です」イリナが言う。「こう、なんと言うか、夢のような感じで、ラナァのこと以外はあまり実感がないんですよね」
「そうか。まぁよかろう」アビスが言う。「とにかく、ワシはラナァの歌を聴き続け、そして超健康体になったのだ! ふははははは!」
「ふははははははは!」
アビスの笑い方を真似してラナァが笑った。
「ラナァの癒やし効果は超最強なのじゃ♪ へいへい♪」
ストロベリーブロンドの妖精が寄ってきて言った。
「ええ。ところで、あなたは……」
「ん? 妾はパメラ。見ての通り、可愛い妖精女王じゃ」
「妖精女王!?」
イリナは素っ頓狂な声を上げた。
冥竜帝だけでも驚きなのに、妖精女王までいるなんて。
「妾とラナァの出会いも、あとで話してやるのじゃ」
「ええ。楽しみです」微笑み、イリナはラナァに視線を向けた。「それで、ラナァはずっとアビスと暮らしていたんですか?」
「そんな感じだよ」ラナァが言う。「アビスはラナァに色々なことを教えてくれたの」
「たとえば?」
「火の噴き方!」
元気よく言って、ラナァが空に向けて猛烈な火を噴いた。
イリナはポカーンと口を半開きにして、空を見ていた。
(今の火炎魔法、普通に国一個ぐらいなら消し炭ですが……)
それは恐ろしいほどの威力だった。
ハッと正気に戻ったイリナが、アビスに視線を向ける。
(こいつ、可愛いラナァに何を教えてやがるんですか!)
しかしアビスは自慢気にドヤ顔を披露していた。
◇
ラナァは今日も幸せだった。
久々に噴いた火はとっても綺麗で見応えがあった。
「どう? ラナァは火を噴くお花だよ!」
ラナァはいい気分で言った。
「ええ。すごかったです!」イリナが右手でラナァの花びらをナデナデ。「やっぱりラナァは世界最強になりましたね!」
「ラナァは最強!」
ラナァが茎をクネクネと動かした。
嬉しくて身体を動かしたい気分だったのだ。
「ところで気になっていたのですが」言いながら、イリナがラナァのグラサンを取った。「これは……?」
「それはグラサンっていうんだよ」
「ええ、ええ。知ってますよ!? どうしてお花のラナァがグラサンかけてるのかなって! そう思いまして!」
「オイラには太陽は眩しすぎる」急にハードボイルド風な言い方をするラナァ。「そう、オイラのような、闇に生きる者には、な」
「誰の台詞ですか!? 誰ですかラナァに変な台詞教えたのは!?」
「変だった?」
「全然、超可愛い」
イリナはグラサンを持っていない方の手で、ラナァをちょんちょんと突いた。
「今の台詞は闇に生きるあいつじゃの」とパメラ。
「うむ。あの愉快なスケルトンだな」とアビス。
「愉快なスケルトン!? スケルトンって愉快な奴いますぅ!?」イリナが驚いて言う。「奴らってそもそも知性とかないのでは!?」
「あいつは賢いのじゃ」とパメラ。
「小賢しいとも言うな」とアビス。
「……ふふ……事実だとしたら、ここでは人間の常識は捨てた方が良さそうですね」
イリナが苦笑いしつつ首を横に振った。
「グラサンも彼がくれたの」ラナァが言う。「彼の話する?」
「ちょっと待ったぁぁ!」パメラが割り込む。「次は妾! 妾がラナァとの出会いを話すのじゃ!」
20時に3話を更新します。




