17話 ラナァ、家を作る
「なぜ却下されたのですか!?」
イリナはディアに詰め寄った。
ディアはソファに座っているので、イリナはディアを見下ろしている。
「そんな近寄るなって」
ディアは顔を上に向け、ふぅー、とキセルの煙を吐き出す。
イリナは「ぎゃっ」と悲鳴を上げながら後退し、右手を顔の前でパタパタと振った。
「臭いです……」
イリナが涙目でそう訴えた。
「ディア様は臭いと思わん。キセル最高」
ディアがキセルを持ち上げつつ言った。
「……キセルのことはまぁいいでしょう」イリナがディアを睨みながら言う。「それでどうしてあたくしは辞められないのでしょう?」
「知らんよ。枢機卿の決定だ」
「……聖女の人事権は確か……」
「マリア様だな」
その名を聞いて、イリナは「うげ……」と苦い表情。
枢機卿マリアンジェラ・ヴィッラーニ。
6人しかいない枢機卿の1人で、聖女から大聖女、そして枢機卿と順調に出世した人物だ。
年齢は54歳で、政治的手腕に長けている、という話。
そして、元聖女とは思えないほど冷たい人間である。
少なくとも、イリナはそう思っている。
「そんな顔をするなイリナ」ディアが肩を竦める。「あの方にも可愛いところがあるのだ」
「ローブに猫の毛が付いてるところですか?」
「ああ」
有名な話である。
規律正しい冷血女は猫を飼っていて、しかも可愛がっているという噂。
「って、マリア様の可愛いところなんて、どうでもいいんですよ。なぜあたくしは辞められないのか……」
「これはディア様の予測だが」前置きしつつディアが言う。「単純にあんたが優秀な聖女だから、辞めてもらっちゃ困るって話だろ? 実際、ディア様も困るしな」
「あたくしは困らないので問題ありません」
ふんす、とイリナが胸を張って言った。
「そりゃそうだが……神殿としては痛手なんだ。そもそも、あんたを育てるのにどれだけのリソースを割いたかって話さ」
「そんなの、他の聖女だって同じでしょう?」
聖女になる前に聖女候補として3年間、厳しい教育を受ける。
ちなみに、ルートしては修道者から助祭候補に行くか聖女候補に行くか、という二択だ。
聖女候補になるには魔法使いでなおかつ属性が神聖かそれに準ずるもので、その上更に女性でなくてはならない。
しかし聖女になった瞬間に司祭と同等の立場となる。
大聖女は大司祭と同等で、その上が枢機卿だ。
「そうだが、聖女という存在そのものが特別だというのもある」ディアが言う。「今まで、60歳を過ぎて聖女を引退した者はいたが、途中で辞めた者はいない。事故や戦闘で死亡した者は除いてな」
「じゃあ、あたくし今日から60歳ということで」
「何言ってんの!?」ディアが驚いて言う。「そんなおバカなこと言う子だっけ!?」
イリナが肩を竦めた。
そして心の中で(まぁ逃げればいいか)と思った。
「いいかい? 逃亡だけは止めておくれよ?」何かを察したディアが言う。「確実に捜索隊が組まれるからな?」
「……ぐぬ……」
「頼むから止めておくれ! ディア様ももう一回掛け合ってみるから!」
「いえ。こうなったら大神殿に乗り込んで直談判してきます」
キリッとした表情でイリナが言った。
ディアは「ええぇ!?」と驚いたが、逃げられるよりはマシかと否定しないことに。
「そうと決まれば、今日はもう休みますね。明日朝一で出発します」
「あ、ああ……分かった」
ディアがやれやれと首を振った。
◇
イリナの私室に到着したので、ラナァはイリナの胸からポーンと飛び出して部屋の中を走り回った。
イリナはベッドに腰掛けて、そのままパタンとベッドに寝っ転がる。
ラナァがピョンとベッドに飛び乗った。
「ラナァ、聖域の方はどうです?」
「んーと、おうちが欲しいってシエルが言ってる」
「家ですか。確かにあった方がいいですね」イリナがウンウンと頷く。「あたくしも一緒に住めるよう、大きめの家を建てて……って、シエルって誰でしたっけ? 妖精の1人ですかね?」
「アビスの娘だよ」
「ほう!」イリナは目をまん丸くした。「あのドラゴン、娘とかいたんですね! ビックリです!」
「ビックリクリクリ♪ ラナラナァ♪」
ラナァがベッドの上でクルクルと踊った。
(ああ、なんて可愛いんでしょう! 癒やされるぅう!)
◇
「どんなおうちが欲しいの?」
本体ラナァは茎を傾げながら聞いた。
「えっと……隙間風が入ってこなくて……冬は暖かくて……」シエルが指折り要望を伝える。「あ、暖炉とかあったら嬉しい。あとは……高級だけどガラスの窓があって……2階建てで、ベランダがあって……」
「ふむふむ」とラナァが頷く。
「そ、そんな感じ……」
シエルが上目遣いでラナァを見詰める。
「分かった。じゃあ作るね!」
そう言って、ラナァが弧を描くように茎を揺らした。
そして葉っぱを持ち上げ、更にその葉っぱもくーるくる。
次の瞬間、少し離れた場所に木造の家が出現した。
「ええええええええ!?」シエルが驚いて言う。「本当に家が出たぁぁぁぁ!!」
「これだからラナァ初心者は」パメラが偉そうに言う。「ラナァに不可能はないのじゃ!」
「うむ。ラナァに不可能などない」
アビスが強く肯定した。
「す、すごい……ラナァは神様みたいなお花だね!」
シエルがパッと笑顔になって言った。
「ふふふん♪ ラナァは神様じゃないけど、すごいお花♪」
ラナァが謎の踊りを開始。
「おうち、見てきていい!?」
「いいよぉ、てかラナァもいくぅ」
ラナァは分体ラナァ2号を作って、シエルの頭の上に乗っかった。
「あう……ちょっと重い……」とシエル。
「じゃあ小さくなるね」
分体ラナァは髪飾りサイズに縮んだ。
「ラナァは分体を何体出せるのじゃ?」とパメラ。
本体ラナァはうーんと少し考えたあと、こう言った。
「世界がラナァで埋まるぐらい?」
◇
シエルはまず家の周囲をグルッと回ってみた。
木造2階建てで、煙突のある家。
広々とした玄関ポーチにはベンチとテーブルが置かれていて、そこで食事を摂ることも可能だ。
「すごい……本当にすごい……」
感動しながら、シエルは玄関を開ける。
そうすると、かなり広い空間が広がっていて、要望通りに暖炉もある。
「リビング&ダイニングってやつだと思う!」
ラナァが元気よく言った。
実はラナァも家についてはよく分かっていない。
だいたいこんな感じだろう、で作ったのである。
「わぁ、大きなガラスの窓!」
シエルは窓に駆け寄って、窓を開けてみた。
外から優しい風が入って来てシエルの髪を揺らす。
「あっちがバスルームで、そっちがトイレ」
ラナァが葉っぱで指さすが、シエルからは見えない。
なんせ、ラナァはシエルの頭の上にいるのだから。
「キッチンもある!」
シエルは嬉しそうにキッチンに移動し、そこにある調理道具などを見て楽しそうに言った。
パメラたち妖精も家の中に入ってきて、ワイワイと騒いでいる。
「こっちの部屋は……あ、書斎っていう部屋!?」
扉を開けたシエルがキラキラした瞳で言った。
「そう。勉強ができるよ」とラナァ。
書斎には色々な本が置いてある。
「次は2階!」
シエルはタタッと走って階段を上る。
2階には部屋が2つあった。
1つは大きなベッドが置いてある大きな部屋で、もう1つの部屋は小さなベッドの置いてある小さな部屋。
「小さい方がシエル! 大きい方がイリナ!」
ラナァがウンウンと頷きながら言った。
「わぁ! あたしの部屋……あたしの部屋ぁ!!」
シエルは嬉しすぎて小さい部屋を駆け回った。
そしてピタッと立ち止まる。
「イリナって誰?」
「イリナは聖女で、ラナァのママだよ」
「聖女でママ!?」
それはもう凄まじくママ味に溢れた人なんだろうな、とシエルは思った。
「イリナの部屋にはバルコニーもあるよ」
「わぁ! 見たい見たい!」
シエルはイリナの部屋へと駆けて行った。
今日が人生で一番幸せな日だ、とシエルは思った。




