14話 ラナァ、ちゃんと確認する
王城に到着して馬車を降りると、そこには王妃とメイドたちが待っていた。
「聖女様! 早く息子を治してください!」
王妃がイリナに駆け寄って、イリナの両肩を掴もうと手を伸ばした。
しかし騎士隊長がイリナと王妃の間に自分の腕を差し込み、王妃の動きを制する。
王妃は驚いて隊長を見たが、すぐにコホンと咳払い。
隊長が腕を引っ込める。
「すみません聖女様、取り乱しました」
王妃はキリッとした表情で言った。
「大丈夫ですよ。息子が病気なのですから、焦るのも仕方ありません」イリナは聖女の笑みで言う。「早速、案内してください」
ちなみに、一国の王族よりも神殿の方が遙かに大きな勢力である。
よって、王族であっても神殿の関係者を見下す者はいない。
特に聖女クラスには下手に出る者も多い。
基本的には、という注釈が必要だが。
「ではこちらへ」
王妃が踵を返して歩き始める。
王妃のメイドたちも一緒に移動を開始。
イリナ、フレーチェ、隊長、もう1人の護衛騎士の4人もあとに続く。
聖女が外に出る時は、最低でも2人の騎士が護衛として同行する決まりとなっている。
(ラナァ、ラナァ、退屈ではありませんか?)
無言のまま歩いているので、イリナは少々退屈だった。
(ラナァ退屈って分かんない)
ラナァは淡々と言った。
(あ、退屈というのはですね……)
(概念は知ってるよ)ラナァが言う。(でもラナァはそうだったことがないから)
(ほ、ほう……)
(人間ってよく分からないよねー。わざわざ退屈だなんて有り得ない概念を作っちゃうんだもん)
(人間のことは分からなくても! あたくしのことは分かってくださいっ!)
(はぁい)
ラナァは素直に返事をした。
ラナァはいつだって素直だ。
人間のことだって、分からないけど別に否定しているわけじゃない。
ラナァから見た人間はすさまじく変な生命体だが、別にそれはそれで構わないのだ。
「ここです聖女様」
王妃が大きな扉の前で立ち止まる。
合わせて他のみんなも立ち止まった。
メイドが2人、前に出て扉を開けた。
王妃が先に中に入って、続いてイリナご一行。
最後にメイドたちが入った。
(王族、って感じの部屋ですねぇ)
イリナがこの部屋を見た感想。
豪華な調度品の数々に、ふかふかのカーペット。
それから天幕付きの大きなベッド。
そのベッドに1人の少年が寝ていた。
年齢は10歳かそこら。
酷く汗をかいていて、苦しそうに顔を歪め、うめき声を上げている。
「これはっ!」
イリナはすぐに少年――王子に駆け寄った。
「酷く苦しそうなのです聖女様、何か大きな病気なのでしょうか?」
王妃は今にも泣きそうな声で言った。
「いえ、これは病気ではなく、魔法による攻撃を受けています。呪い系統に近いかと」
イリナはハッキリとそう断言した。
「の、呪い!?」
王妃がフラッと倒れそうになって、メイドたちが両側から王妃を支えた。
「あたくしの力では呪いの進行を止めるのがやっと……ディア様を呼ばなくては」
イリナは念環に魔力を送り、「ディア様! 緊急です!」と腕を持ち上げて言った。
しかし返事がない。
「……仕方ありません、とりあえず応急処置をしましょう」
◇
王子の周囲に黒いモヤが見える。
少なくとも、ラナァにはそれが見えた。
(これなぁに?)
初めて見るそのモヤに、ラナァは興味津々である。
世界図書館に行けば、きっとすぐに答えは見つかるはずだが、ラナァはそうしなかった。
まずはしばらく観察しようと思った。
ラナァがモヤを見ていると、イリナが王子のモヤに神聖魔法を放つ。
そうすると、モヤの動きが止まった。
(ほーん?)
なぜイリナがモヤを停止させたのか、ラナァには分からない。
(えっと、呪いって言ってたっけ?)ラナァは思考する。(えっと、確か……)
ラナァは今までの人生で、一度も何かを呪ったことがない。
当然、呪われたこともないので、パッと概念が出てこなかった。
(よく分かんないから、本人に聞こうっと)
◇
王子は精神の中で、激しい炎に焼かれ続けていた。
その炎は確実に王子の生命を蝕んでいた。
具体的には、王子の命はあと2日ほどで尽きる。
どうして僕がこんな苦しい目に……。
王子は絶望しながら焼かれ続け、泣き続け、世界を恨んだ。
そして思うのだ、早く死なせて、と。
自分は苦しむために生まれてきたのか、と神様に対して呪いの言葉も吐いた。
それは本当に酷い呪いなのだ。
ジワジワと数日かけて生命を奪う凶悪で強力な呪い。
この精神の中の王子は、右も左も上も下も分からない黒い場所にいた。
「こんにちは!」
突然、鈴のように美しい声が聞こえた。
ああ、僕はいよいよ幻聴まで……と王子は死が近いことを感じた。
それは王子にとっては苦しみからの解放であり、歓迎するべきことだった。
早く終わらせて欲しい。
もうそれしか願っていないのだ。
「ねぇ聞こえてないのかな!?」
さっきよりも大きな声量で、美しい声が聞こえた。
あれ?
幻聴じゃない?
そう思った瞬間、目の前に白い花が出現した。
「わあ!?」
王子は驚いて飛び跳ねた。
床がない場所なので、気分だけ。
「あ、ラナァはラナァだよ!」
白い花が言った。
「花が喋った!?」
王子は再び驚いて飛び跳ねる。
「ねぇどうして燃えてるの? 趣味?」
白い花、ラナァがキョトンとした様子で言った。
「そんな趣味の奴がいるもんか!」
王子は勢いよく否定。
「そうなの? じゃあなんで燃えてるの?」
「燃やされてるの! 僕は!」
「へぇ」
ラナァは葉っぱを顎に当てて深く頷いた。
しつこいようだがラナァは花なので顎はない。
あくまでそう見えるというだけ。
「感心してないで助けて!」
「いいけど、どう助ければいいの?」
「炎を消して!」
「はい」
ラナァが葉っぱをパンと打ち合わせると、炎が消滅。
「え?」
王子はポカーンと目を丸くした。
あれほど自分を苦しめていた業火が、一瞬で消えてしまったのだから当然だ。
「消したよ」
「あ、うん……ありがとう……」
王子はまだ色々と理解できないでいた。
でも、今はもう苦しくない。
「それで聞きたいんだけど」ラナァが言う。「どうして燃やされてたの?」
「それは僕が聞きたいかな!」
王子が言うと、ラナァは茎を傾げた。
「いや、あのね、僕も何がなんだか分からないんだよ」
「そっかぁ、分からないかぁ。じゃあもう用ないから帰るね」
そう言って、ラナァが消える。
消える時、律儀に葉っぱを振った。
そしてラナァが消えたその瞬間、再び激しい炎が王子を包み込んだ。
「ぎゃあああああああああ! 待って待って! ラナァ待って! もう一回来て!」
王子が切実に叫ぶと、再度ラナァが登場。
「なぁに?」
「なぁに、じゃなくない!? 僕、助けてって言ったよね!?」
「んっと、助けたよね?」
ラナァが茎を傾げる。
「また燃やされてるけど!?」
「どうして欲しいの?」
ラナァは両手を腰に当てるみたいに葉っぱを茎に当てて、やれやれという雰囲気で言った。
「消して消して! この炎を永遠に消して!」
王子が必死の形相で言った。
ラナァは素直に頷こうとして、だけど止めた。
こういう時(何かが永遠に失われる時)は、確認した方がいいと前にアビスが言っていた。
素直さはラナァの長所だが、多くの生命体は勢いで言ってしまうこともあるのだ、とアビスは話していた。
そう、本気じゃないのにその場のノリで言ってしまうことがあるらしい。
「永遠に消しちゃうの? 本当にいいの?」
ラナァはアビスに教わった通り、確認作業を行った。
「いいに決まってるよね!? 好きで焼かれる奴なんていないよね!? ってか僕めっちゃ苦しんでるよね!?」
「苦しいのが好きな人間も割といるって前にパメラが……」
「いいから消して!」
王子が叫び、ラナァは少し強めに葉っぱを叩き合わせた。
そうすると、王子を包んでいた炎が消える。
同時に、世界が一瞬にしてお花畑に変貌した。
青い空に、優しい風。
揺れる色とりどりの花たち。
「あれ? 天国? 僕死んだ?」
「死んでなーい。じゃあラナァ戻るね」
そう言って、ラナァはパッと消えてしまう。
ラナァを探し出してお礼をしなくちゃ、と王子は思った。
そう、たとえ人生の全てを費やしてでも、またラナァに会いたい。
てか呼べば来るのでは? と思った瞬間に、王子は現実世界で覚醒した。




