11話 ラナァ、見つかる
ラナァは日が暮れるまで人間たちとお話をした。
アビスの登場で神殿は一時騒然としていたが、今はもう落ち着いている。
別の小屋で告解をしていた助祭や司祭は緊急会議に出かけたので、話を聞いて欲しい人たちがラナァの小屋の前に列を作った。
もちろん、ドラゴンに怯えて逃げ帰った人たちもいるので、数はそこまで多くない。
それはそれとして、ラナァは最後の1人との会話を終えた。
ラナァと話した全員が満足して小屋を出た。
出たのだけれど。
「人間の考えること、分かんねぇぇぇぇ!」
ラナァは葉っぱを2枚、ギュッと握って壁を叩いた。
壊れないように手加減して叩いたのだけど、壁にヒビが入る。
「あわわ……」
ラナァは急いで【リペア】魔法で壁を修復。
サービスで小屋に【クリーン】もかけておく。
そして「ふぅ」と息を吐き、葉っぱで額の汗を拭う動作をした。
まぁ、ラナァに額はないし、そもそも汗もかかないけれど。
「いやぁ、人間って本当に複雑だねぇ」
あるいは、物事を複雑に考える天才。
人間は研究対象としてはそれなりに面白い、とラナァは思った。
「とりあえず、かーえろっと」
ラナァは魔法で小屋の札を『クローズ』に変える。
それからパッと【転移】してイリナの部屋へ移動。
イリナはスヤスヤと眠っている。
ラナァはモゾモゾと布団の中に入って、イリナに抱き付いて目を瞑る。
正しくは、魔力感知による視界を閉じる。
そして眠りに落ちた。
◇
王都、中神殿の会議室。
「つまり、ドラゴンは少女を誘拐して去ったのだな?」
あらゆる報告を受けた大聖女ディアが、確認のために言った。
司祭が頷く。
ちなみに、会議室には大きな円卓が置かれている。
座っているのはディア、イリナではない聖女、司祭、助祭が数名と聖騎士隊の隊長と副長。
隊長はイリナの護衛を務めた彼だ。
本来なら聖女イリナもこの会議に参加するはずなのだが、残念ながら彼女は夢の中だ。
「少女について、もう一度聞かせろ」とディア。
「何の変哲もない、孤児の少女です。名前はシエル」
言ったのは聖騎士隊の副長。
この副長が、少女について調べたのだ。
ディアは長い息を吐いた。
「なぜ、ドラゴンが、孤児の少女を、攫うのだ?」
ディアは短く区切りながら、強い口調で言った。
みんなが首を横にふる。
本当に分からないのだ。
「では誰かイリナを知らないかい?」とディア。
またまたみんなが首を振る。
「念環に応じないのだよ、彼女……」
ディアは酷く疲れた様子で言った。
「自分が探しましょうか?」隊長が言う。「やはり彼女に何かあったと考える方がいいのでは?」
「例の白い花飾りか……」
ディアも気になっていたのだ。
イリナは自分を飾り立てるタイプではない。
しかし、今日のイリナは胸元に大きな白い花を飾っていた。
「ええ」と隊長が頷く。
「みなにも共有しておこう」
ディアはイリナの様子がおかしいことを説明。
「バカな……イリナが辞めると言い出すなど」と司祭。
「イリナ様は聖女の中の聖女、辞めるなど……」と助祭。
「聖域の調査中に白い花に取り憑かれた、と考えるのが妥当かねぇ」
ディアは疲れた様子で言って、円卓に置いていたキセルを手に取った。
マッチを擦って火を点けて、キセルの煙を吸う。
「まぁ、本当にあの花が原因かは不明です」隊長が言う。「あくまで可能性の1つです。世話係の報告では、イリナ様は胸元の花を愛おしそうに撫でていたとか」
「寄生生物か、そういう魔物の可能性もありますね」と副長。
「イリナの件だけでも頭が痛いというのに」ディアが首を振る。「その上、見たこともない黒いドラゴンの出現……何が起こっているというのだ」
「ひとまず、大神殿にはわたくしが報告しておきますので」司祭が言う。「ディア様はイリナの安否確認を、聖騎士たちでドラゴンの件の調査を進めてください」
◇
誰かがドアをノックしたので、ラナァは目を――魔力感知による視界を再開した。
「ふぁあ、よく寝た」
ラナァは別に寝なくても生きていけるので、どれだけ寝ても特に変化はない。
あくまで睡眠は趣味なので、時間が短かろうが長かろうが関係ない。
だから全て「よく寝た」となる。
ラナァはベッドから降りて、サササッとドアの前まで移動する。
この時のラナァは何も考えていなかった。
寝ぼけているわけではない。
なんなら、ラナァは普段から何も考えていない。
再びノックの音。
「はぁい! 今開けるよぉ!」
ラナァは根っこを伸ばしてドアノブを動かす。
開いたドアの向こうに、ディアが立っていた。
◇
ディアはとりあえず、イリナの部屋へと向かった。
そしてドアをノック。
返事はないが、何かが動いたような気配があった。
「寝ていたのか?」
呟いて、もう一度ノック。
中から返事が聞こえたが、聞き覚えのない声だった。
鈴のように美しく、爽やかな森を思わせるような雰囲気の声。
ドアが開いて、そこに立っていたのは白い花だった。
花が、立っている?
え?
しばらくの間、ディアは白い花と見詰め合う。
不思議だ。
花に目はないはずなのに、なぜか見詰め合っていると感じた。
そして。
「……白い花ぁぁぁああああああああああああ!」
ディアは仰天して叫んだ。
やはり魔物か何かだったのか、と。
「ラナァはラナァだよ」
「喋ったぁああああああああああああ!」
ディアは再び仰天して、大袈裟に飛び上がった。
ススッと白い花――ラナァが2歩ほど前進。
「動いたぁぁぁぁぁぁああああ!」
ディアは勢いよくバックステップして、廊下の壁に背中から貼り付いた。
ちょっと背中が痛かったけれど、気にしている場合ではない。
最悪、戦闘になるかもしれないとディアは思った。
「ラナァは喋るし動くよ」
言いながら、ラナァは葉っぱを振った。
「なんか可愛いいいぃぃぃぃぃぃい!!」
ディアは素直にそう思った。
思ったのだけれど、警戒は解かなかった。
まだ正体が分からないのだから当然だ。
「大聖女のディアでしょ?」とラナァ。
「ディア様を知っているのか?」
「うん。イリナと話してたでしょ、今日の昼間」
「……やはり、お前はイリナの胸元の花か」
「そう。ラナァだよ。お前じゃないよ」
「……どういう存在なのだ、ラナァは」
「お花だよ」
沈黙。
そんなのは見たら分かる。
ラナァが花でなければ、何が花なのか。
「魔物なのか?」
「分かんない。でも元気な花だよ」
確かにとっても元気がいい、とディアは思った。
「なんです、騒がしい……」
眠そうに目を擦りながら、イリナが歩いて来た。
「ディアが来たよ」とラナァ。
「なんですかディア様。あたくしの進退が決まりましたか?」
「いや、お前、それより、ラナァとどういう関係だ?」
ディアはイリナを見て、ラナァを見て、またイリナに視線を戻した。
「親子ですが?」とイリナが真面目に言った。
ディアは一瞬、呆けた。
イリナが何を言ったのか理解できなかったのだ。
というか、誰も理解できなくね? とディアは思った。
「あ、てゆーかラナァ、ディア様に見つかっちゃったんですね」
「うん。ダメだった?」
「いいえ」イリナが首を横に振る。「ディア様はアホですけど、非道な方ではありませんので問題ないですよ。説明が面倒ですけど」
「お前、今、ディア様のことアホって言ったのかい?」
「言ってません」
イリナがキリッとした表情で言った。
ああ、ディア様の気のせいか、と一瞬だけ思い直してしまう程度にはキリッとしていた。
「お前、辞めるとなったら急に口が悪くなったじゃないか」
苦笑いのディア。
肩を竦めるイリナ。
「それで、何の用です?」
「色々と聞きたいことがある」
ディアはラナァをジィーっと見ながら言った。
「ダメです! ラナァはあげません!」
イリナは急いでラナァを抱き上げた。
「……別に取らないから……中に入っても?」
「……いいですけど」
イリナは警戒したままだったが、ディアを室内に入れた。
さて何から聞くべきか、とディアは思い悩んだ。




