10話 アビス、娘を育てる
「比較するとどうして不幸なの?」ラナァが言う。「あーちゃんはあーちゃんだし、ラナァはラナァだし、パメラはパメラだよ? アビスはラナァより大きいけど、ラナァもアビスも不幸じゃないよ?」
「そうだよね。ラナァは全てをフラットに見ているし、そのまま受け取るから、理解できないかも」あーちゃんが少し悩みながら言う。「人間という生物は、比較した上で、どちらが良いかを判断するのね。そして自分が良い方じゃなければ、不幸だと感じる」
ラナァはグールグルと首(茎)を捻った。
「それ故に、人間は覇権を取れたんだけどね」あーちゃんが肩を竦める。「場合によってはその比較が、もっともっと、という向上心として働くの」
それはラナァにはないものだ。
ラナァは今に満足していて、今以上これ以上を求めることはない。
「人間って複雑なんだね」
「そう。あーちゃんは世界をシンプルに創ったけど、人間たちが勝手に複雑にしちゃったってわけ。自分たちの思考すらもね」
やれやれ、とあーちゃんが両手を広げて首を振った。
「あ、本体ラナァたちが解決策を見つけたみたい。ばいばい」
ラナァは葉っぱを振って姿を消した。
「ああ! なんてアッサリしてるのラナァ! あーちゃんは寂しいよ!」
◇
少し前。
「そんな感じで、ラナァ悩んでるの」
本体ラナァが言った。
「ラナァを悩ませる人間など、ワシが滅ぼすか?」とアビス。
「妾も手伝うのじゃ! お気楽なラナァが悩むなんて! 人間死すべし!」とパメラ。
アビスはラナァの近くに伏せていて、パメラはラナァの周囲を飛び回っていた。
「ん? ラナァは悩んだことないから、悩むの楽しいよ?」
キョトンとした様子でラナァが言った。
「ラナァを喜ばせるとは、人間は繁栄するべきだな」とアビス。
「その通りじゃ! ラナァが楽しいなら妾は何でもいい!」とパメラ。
「それで女の子へのアドバイスどうしたらいい?」とラナァ。
「ふむ。ここはワシに任せよ」アビスが胸を張って言う。「要するに、その子は親が欲しいのだろう。で、あるならば、このワシが親になっても良い。ラナァを楽しませた人間だから、ワシが後ろ楯になってやろう。そうすれば、いじめられることもあるまい」
「ついでにここで暮らせるようにすればさぁ」パメラが人差し指を立てて言う。「そのうち幸せであることの意味、理解できると妾は思うのじゃ」
「分かった。一緒に暮らすか聞いてみるね!」
ラナァが活き活きとして言った。
「では迎えに行くか」
アビスは背伸びがてら翼を広げ、そして大空へと羽ばたく。
「まだ相手の了承、貰ってないのじゃ……」とパメラが呟いた。
しかしアビスはすでに飛び去っていた。
◇
同じ頃。
ラナァたちから少し離れた場所で、妖精たちにリンゴを与えられたグリフォン2匹が感動の涙を流していた。
ラナァの悩みとは関係のないことだが、グリフォンたちが食べたリンゴは、ラナァの魔力を吸収して神物と化した奇跡のリンゴだったのだ。
(魔力が増えるぅぅぅ!)
(リンゴを食べただけで、レベルが上昇した……)
グリフォンたちはしばらくここにいれば、超強くなれるのでは? と思った。
なんせ、呼吸するだけで身体中に魔力が満ちるのだ。
小川の水はまるで聖水のようだし、草木の1本までもが活力に満ちている。
ここは聖域の中の聖域。
いや、神域と呼ぶに相応しい場所だ、とグリフォンたちは思った。
◇
「お花の聖女様……?」
ラナァが沈黙していたので、少女は少しビクビクした様子で言った。
「うん。アビスがお父さんになってくれるって」
「え?」
「アビスじゃダメ?」
「あ、いえ、その、アビス様とは一体……」
少女は酷く困惑していた。
「アビスはドラゴンだよ」
「ドラゴン!?」
少女はビクッと身を竦める。
「親がいないのが嫌なんでしょ?」ラナァが言う。「だからアビスが親になるって言ってるけど、どうする?」
「あ、あたしはドラゴンになるんですか……?」
「んーん、あなたは人間でしょ? ドラゴンにはなれないよ?」
ラナァは淡々と事実を述べた。
「あの、えっと、お花の聖女様は、ドラゴンとお友達なのでしょうか?」
「そうだよー。一緒に住んでる」
「一緒に!?」
少女は目を丸くした。
「あなたも一緒に住む予定」
「ええ!?」
「嫌なら別にいいよ。ただ、ラナァはこれ以上あなたに助言できないかも。人間は複雑すぎて、ラナァちょっと理解できない」
分からないものは分からないのだ。
それはいつか、ラナァの成長とともに理解できるかもしれないし、永遠に納得できないかもしれない。
でも、そんなのはラナァにとってはどっちでもいいことなのだ。
どっちにしてもラナァは幸せなのだから。
「聖女様は、まるで自分が人間じゃないみたいに言うんですね……」
「ラナァ人間じゃないよ? お花だよ?」
「……はぁ……」と少女。
小部屋は仕切られているので、ラナァと少女はお互いの姿を確認できない。
まぁ、ラナァは魔力感知で少女の容姿を認識しているけれど。
と、外が騒がしくなった。
「アビスが来たよ」ラナァが言う。「外に出て手を振って」
「え? 本当にドラゴンが来たんですか!?」
「うん。どうする? 帰ってもらう?」
ラナァが言うと、少女は目を瞑って少し考えた。
それから、小さく息を吸って、吐いて、そして目を開く。
「行きます。どうせあたしは、今のままじゃ不幸ですから」
言って、少女は小屋の外へと出た。
そうすると、空に巨大な黒いドラゴンが滞空していた。
ぶっちゃけオシッコ漏れるぐらい怖い、と少女は思った。
周囲の人間たちも、座り込んでガクガクと震えていた。
聖騎士たちが集まってきたけれど、みんな武器を持つ手が震えている。
(こ、怖すぎるんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉ!!)
少女は心の中で叫んだ。
黒いドラゴンは本当に、本当に凶悪な見た目をしているのだ。
パッと見て感じたのは、「こいつ人類とか平気で滅ぼしそう」である。
ドラゴンは下を見ながらキョロキョロしている。
(あたしを探してるんだ……手を振らなきゃ……)
ビビりながらも、少女は右手を上げて大きく振った。
それを見たドラゴンが満足そうに頷き、前足の指を少女に向けた。
そうすると、少女の身体が宙に浮く。
(ひぃぃぃぃぃ!)
少女は心から怖いと思ったけれど、不幸から脱却するためなら耐えてみせると拳を握った。
「お主がラナァの言っていた少女か?」
少女がドラゴンの顔の前まで浮くと、ドラゴンが言った。
少女はコクコクと頷いた。
「いいか、今日からワシがパパだ」
ドラゴンは真剣な様子で言った。
「どうした? パパと呼ばんか」
「……パ、パパ?」
「うむ。我が娘よ、よろしく頼むぞ。まずはお前をいじめた連中を滅ぼしに行くか?」
ドラゴンが邪悪な笑みを浮かべる。
少女は超高速で首を横に振った。
そんな恐ろしいことは望んでいない。
これっぽっちも望んでいない。
「ふむ。では早速、レアに戻るぞ」
「……あ、あの……レアって何ですか?」
「ワシの住んでいる場所のことだ。竜の巣のことをレアと呼ぶのだ」
ドラゴンが言うと、少女はドラゴンの背中へと移動。
少女の意思ではなく、ドラゴンが移動させたのだ。
「ゆっくり飛ぶが、しっかり掴まっていろ」
言って、ドラゴンが飛翔。
少女は泡をふきながら気絶したいぐらい怖いと思ったけど、耐えた。
でも漏れた。
それは仕方ない。
そして。
「やっほー! ラナァだよぉ!」
ドラゴンの住処に到着すると、グラサンをかけた白い花が葉っぱを振っていた。
「ラナァ様!?」
少女は酷く驚いた。
だって、その白い花の声は聖女ラナァの声とまったく同じだったから。
ああ、もう何がなんだか分からない、と少女は思った。
「まずは【クリーン】じゃ」生意気そうな妖精が言う。「この子は薄汚れておるし、漏らしておるのじゃ」
(ノンデリ!)と少女は思った。
生意気そうなノンデリ妖精が【クリーン】魔法を少女にかける。
そうすると、少女はあっという間に綺麗になった。
全ての汚れが落ちて、ボロボロだった肌がツヤツヤになって、ボサボサだった髪がしっとりなめらかに。




