1話 ラナァ、大地に根付く
1話 ラナァ、大地に根付く
聖女イリナは森を進んでいた。
そこはとっても美しい森だった。
空気は澄んでいて、花の香りがして、風で揺れる葉っぱの音さえ心地よい。
ほどよく涼しく、まるで森林浴をしている気分になる。
だけど残念なことに、イリナは仕事で来ているのだ。
「確かに空気は清浄ですね」
いつの間にかこの森が聖域と化していて、その調査に訪れたのだ。
この森は人間を拒む……という話だったのだが、なぜかイリナは中に入ることができた。
どんな選別方法なのか分からないが、とりあえずイリナは森に入れる。
なので、イリナは一人で森を探索しているわけだ。
「それにこの森……歩いているだけで魔力が増えていきますね……」
イリナは金髪ツインテールの少女で、年齢は17歳。
白と水色を基調とした聖服を着ている。
聖服の形はロングワンピース。
袖の小さなリボンが可愛らしい。
靴は茶色のブーツで、とっても頑丈。
聖女は色々な所に赴くので、ブーツの品質はかなりいい。
そして腰には茶色のウエストバッグを装備。
薬草やポーション、手帳などの小物が入っている。
と、少し開けた場所に出た。
出たのだけど、イリナは自分の目を疑った。
なんせ、
そこでは、
グラサンを装備した白い花が歌って踊っているのだ。
「んんんんんん!?」
イリナは二度見した。
やっぱりグラサンを装備した白い花が歌って踊っている。
更に、白い花の周囲でたくさんの羽虫……もとい妖精たちがクルクルと踊っている。
「おおおおおおおおん?」
イリナは自分が何を見ているのか理解できなかった。
更に更に、黒い大きなドラゴンが天に向けて火を噴いた。
(なんでいきなり火を噴いたんですぅぅぅぅ!?)
イリナは心の中で激しく突っ込みを入れた。
イリナは普段は丁寧に、そして穏やかに喋るよう心がけているが、咄嗟の時にはやや乱暴なこともある。
(何これどういう状況です!? ねぇこれどういう状況ですかって!? あ、それを調査に来たんですよ、あたくしは!)
イリナが困惑していると、妖精の一匹が寄ってくる。
ストロベリーブロンドのロングヘアが美しい妖精。
まるで絵画のようだ、とイリナは思った。
「へいへい♪ お花のラナァの庭へようこそなのじゃ♪」
かなりノリノリな様子で、妖精が言った。
「お花のラナァ?」とイリナが首を傾げる。
「はーい! ラナァがラナァだよ!」
グラサンを装備した白い花が手を……もとい葉っぱを上げた。
ラナァと名乗った白い花の背の高さは、だいたい1メートルぐらい。
見た目は薔薇の花によく似ている。
でも茎に棘はない。
「あ、えっと……ラナァ……さん?」とイリナ。
「呼び捨てでいいよ! ラナァとあなたの仲だし!」
「どんな仲!? 今日、初めて会ったと思いますけれど!?」
「記憶喪失なの?」とラナァ。
「違いますが!?」とイリナ。
「そっかぁ、ラナァのこと忘れちゃったかぁ」ラナァが左右に揺れる。「それならそれで、初めまして! お名前教えて!」
「あたくしはイリナ・ラシムスと申します」
イリナは釈然としないまま自己紹介。
(会ったことないですよね? あたくし、喋るお花なんて見たら絶対に忘れないと思いますけど……)
「イリナに会えて、ラナァは幸せだよ!」
「え、あ、そ、そうですか……」
イリナは少し照れた。
視線が泳ぎ、頬が熱くなる。
「ラナァはいつだって幸せであろうに」
ストロベリーブロンドの妖精がニコニコと言った。
ラナァがフワフワと前後に揺れる。
「歓迎しよう、聖女よ」
ドラゴンが厳かな声で言った。
声の感じから、まぁまぁ年寄りのドラゴンなのだろう、とイリナは思った。
「聖女ってよく分かりましたね」
「ん? 貴様の服は聖服であろう?」ドラゴンがイリナを見下ろしながら言う。「ならば聖女だ。あの聖女……誰だったか、メリンは元気か?」
「え? 誰です? うちとは所属が違うのかも?」
イリナの所属する神殿には複数の聖女が所属しているが、メリンという名の者はいない。
「それか引退した可能性もあるか。400年ほど前に戦ったことがあるのだが……」
「え?」
イリナは目を丸くした。
400年前に戦った黒い竜?
(まさか、最強ドラゴン冥竜帝アビス……なわけないですよねぇ! アビスは強烈な呪いを受けて、すでに消滅しているはずですしね)
アビスとの戦いは、人類史に残る大きな戦いだった。
「人間は400年も生きんのじゃ」とストロベリーブロンドの妖精。
他の妖精たちがコクコクと頷く。
「む? そういえば、そうだったか。ワシも200年はここにおるし、色々と忘れておったわ」
「あの、ドラゴンさん」イリナが言う。「ここを聖域にしたのは、あなたですか?」
ドラゴンが目を丸くして、それからククッと笑った。
「ここが聖域と化したのならば、それはラナァが存在しているからであろう」
ドラゴンが言って、イリナは視線をラナァに向ける。
ラナァは暢気に揺れていた。
いや、これは、
踊っている!?
(なんでまた踊り始めたのでしょう!?)
花の考えることは分かりませんねぇ、とイリナは思った。
「てか、聖女は何の用事で来たのじゃ?」とストロベリーブロンドの妖精。
「あたくしはこの聖域の調査に来ました。ラナァさんが原因なら、ラナァさんのお話を聞きたいのですが」
「ん? いいよ」
ラナァがピタッと踊るのを止めた。
イリナはウエストバッグから手帳と万年筆を取り出す。
「ではラナァさん、いつ頃からここに?」
「220年前!」
「その時に生まれたということですかね?」
聖域と化したのは最近の話なので、誕生と同時に聖域ができたわけではない、とイリナは手帳に記入。
「んーん」ラナァが首を横に振る。「生まれたのはもっと前だよ。ラナァがここに根付いたのが220年前」
「えっと、ラナァは元々、違う場所で育ったのですか?」
「そうだよ。ラナァはね、魔王城で育ったの!」
「魔王城!?」
イリナは素っ頓狂な声を上げた。
魔王城とは、即ち魔王の住んでいる城である。
現在、魔王と呼ばれる存在は全部で3人。
昔は6人いたけれど、人間がコツコツと排除していったのだ。
まぁ、人間が排除したのは2人で、1人は行方不明という話だが。
◇
220年前。
ラナァは植木鉢に根付いていた。
ここは『植物の魔王』が住む魔王城、魔王の寝室。
ラナァは窓際の、日当たりのいい場所に置かれていた。
「お日様ポカポカ、気持ちいい」
ラナァはいつものように、日光浴を楽しんでいた。
すると、植物の魔王が【転移】でやってくる。
「あ、魔王様、今日は早いね」
魔王の見た目は30歳前後の男性で、長い緑の髪がよく目立つ。
ちなみに、ラナァは魔王の容姿を理解しているが、目で見ているわけじゃない。
ラナァに目はない。
ラナァは魔力を展開して、それで周囲を把握している。
見る、聞く、感触、匂いまで全て把握できる。
「ラナァ、僕はこれから勇者たちと戦わなくてはいけない」
「そうなの? 頑張ってね!」
「ああ。でもきっと僕は負けてしまう。だからラナァ、君を安全な場所に逃がそうと思う」
「分かった、ラナァ逃げるね!」
ラナァはいつも素直で純粋。
魔王は柔らかく微笑んだ。
「君が大好きだよラナァ。僕の最高傑作。願えるなら、君の成長を見届けたかった」魔王は寂しそうに言う。「君はきっと世界最強になるだろう。新たな神にだってなれる。でも今じゃない。可愛い僕のラナァ」
魔王は右手でラナァの花の部分を撫でた。
「どうか幸せに」
「ラナァが幸せだと、魔王様は嬉しい?」
「うん。最高に嬉しいよ」
「大丈夫、ラナァは幸せだよ!」
生まれたその瞬間から、今日、この瞬間まで。
そして、これから先の、全ての瞬間において。
「ありがとうラナァ。さぁ、もう君を送ろう。さようなら。もし転生できたら、必ず君に会いに行くよ」
「うん、待ってるね」
「もし僕が君を忘れていても、悲しまないで。初めましてで、また始めよう」
魔王はラナァを【転移】させた。
そうしてラナァは、今の場所に根付いたのだ。
◇
(なぜあたくしは泣いているのでしょう?)
ラナァの話を聞いて、イリナは涙が止まらなかった。
「あれ? もしかしてイリナ、思い出したの?」
ラナァがそう言った刹那。
イリナの頭の中に知らない記憶が流れ込んだ。
(ああ、これは、前世の……あたくし……植物の魔王として生きて、ラナァを作ったあたくしの記憶……)
ああ、だから、ラナァは「記憶喪失なの?」って聞いたのか、とイリナは思った。
そして。
「ラナァ! 会いたかったよラナァ!」
懐かしさと愛しさが溢れて。
イリナはラナァに駆けより、優しくラナァの花を両手で支え、自分の胸に押し当てる。
「会えたよ」とラナァ。
「うん、うん! そうだね、そうだねラナァ! ねぇ、ラナァの人生を聞かせて! あたくしと離れてからの220年、どう過ごしたのか聞かせて欲しいです!」
前世の口調と今の口調が混じって、変な感じになったけれど、イリナは気にしなかった。
そして当然、ラナァもそんな細かいことは気にしない。
「いいよ。じゃあまずは――」
19時に2話、20時に3話を更新します。




