多分明日寝不足や
「ちょっと手貸してや」
「手? 別にええけど……」
薄暗い二人部屋のそれぞれのベッドの上。寝る前に向かい合って話しとったふうやが、不意にそう言った。
何してんやろ。そう思って、僕の手を握ったり手と手を合わせたりしとる、ふうやを見つめる。
「ありがと。もうええよ」
「あ、そう。……何しとったん?」
返してもらった手をベッドに置く。
「手触っとった」
「それは分かるて」
「なつき手小さいなあ思て。それ気になって触っとっただけよ」
「なんやそれ。ふうやもそこまで手大きないやろ」
「お前より大きけりゃ上等よ」
ふへっと、ちょっと顔を持ち上げて奴は言う。
「ばかにしとるんか?」
「ちゃうちゃう。もっかい手貸してみ」
「……ん」
「ありがとさん。じゃあ言うけどな、手が大きいと……」
彼はそう話しはじめ、僕の手と自分の手とを合わせると、そのまま恋人繋ぎの格好にした。
「こうやって指絡ませた時に、より意識してもらえるやろ」
ふうやの声にエコーかかったような気して、繋がっとる手の温もりに心臓がどくどく言ってくる。僕はちょっとだけ目を逸らした。
「……やっぱばかにしとるやろ」
「してないって」
「ていうか、手の大きさだけやないやろ、ドキドキは」
「じゃ、なんなん?」
「絡ませ方とか……。ムードやろ、ムード」
「ほな、やってみいや」
ぱっと手を離したふうやが若干挑発してくるので乗ってやる。
「えーと……じゃ手出して」
「ムード大事やったんとちゃうん?」
くすくすっと笑いながら言ってくる。
「うっさいわ、こっからやるんやて」
僕は苦し紛れの言葉を吐いた。
手の平を上に差し出された右手を握って、ゆっくり、優しく、指を絡めていく。
薄暗い部屋の中、手の感触がより伝わってくる。
「……どう? 中々上手いんやない……」
そう言う途中、握り返してきた彼の手にドキっとしてしまい、僕の語尾は消えていった。
「せやな、なんかびっくりした。……ん? どしたん?」
「っべ、別に何でもない」
今一瞬、目の前のこいつをめちゃくちゃに意識してしまったことに気づき、すごく恥ずかしくなる。バレとらんやろか。
「なんや、やっといて恥ずかしくなったん?」
「ちゃ、ちゃうわアホ」
「じゃ、この手は暫く離さんとこ」
「んぇっ!」
それは困ると出した声が、あまりにも分かりやすすぎて、また恥ずかしくなった。
「ははっ。……恋人繋ぎってええなあ。恋人できたら毎日一緒に登下校したりして、デートとかもしたりして……ルンルンなんやろなあ」
僕の手の甲をなぞるように指を絡めて彼が言う。
「別れなきゃ今も彼女おったやん」
「そやけど、あの子ちょっとアカン子やったんやって。……なつきが女の子なら普通に付きおうとったかもしれへん」
「なんで自分なん」
「かわええから」
「……そう」
普段言わないくせにスッと出てきた奴の返答に、少し困る。
「なあ」
僕の目をじっと見つめる彼は言う。
「なに?」
「お前が女の子やったらさ、俺と付き合えた?」
「何でそんなこと聞くん」
「気になるやん」
「えー……」
まだ繋いだままの手を見つめて、少し考える。何て答えるのが正解なんやろう。元気に「もちろん」とか言えるわけはないし、かと言って「絶対嫌や」とも言えん。迷って出た答えは……
「うーん……嫌ではない」
「なんやそれ」
「絶対にお前ってわけやないけど、嫌悪感もない、みたいな」
「……ほんならさ、一回、してみる?」
その言葉に僕はちらりと奴を見た。どくんと心臓が鳴って、何か期待のような感情が湧いてくる。
「……何を、するん?」
「キスとか」
お付き合い、でもなく飛び抜けた突然の申し出に一瞬脳みその回路が止まった。
「っえ、何……えっ? キス? えっ、はっ……」
奴のことを何とも思っとらんかったら「やめろや、きっしょいなぁ」とか言えとったんかもしれん。でも今こんなに真っ赤んなって慌てとる時点で丸分かりやろな。そうでなくても、これまで散々そういう雰囲気になってきた。どっちも告白せんかったけど。
慌ててのけ反ったせいで奴の手を引き寄せてしまい、半ば倒れ込むような形で見つめ合う。ベッドの間にあるランプの橙色の光が、ふうやの後頭部に遮られた。その瞳は相変わらず僕を見つめとって、熱を帯びて……空調のおかげで暑くないのに、熱い。
「落ち着けや」
体制的にいつ押し倒されてもおかしくない。そんな中、奴はそんなことを言ってくる。
「お、落ち着けるわけないやろ。いきなりそんな事言われて落ち着いとる方が怖いわ!」
誤魔化したい。ただの友達やって言っとるみたいに。だって、そうでもせんと僕はこのまま発火してまう。
「俺も意味分からんこと自分で言ってもて困っとるんやって。察してや」
そんなことを言う割に、いつまでも僕の左手と奴の右手は繋がったままだ。
「察せるかアホ……」
それに、ちっとも僕の上から退かんくせして。
「ていうか、手、いつまで繋いどるん?」
「あ、忘れとった」
絶対嘘や。
「……ほんで、するん?」
手を離されたはいいものの、なぜか余計近くなったその距離でふうやは聞いてくる。
「な、何を?」
「スキンシップ」
諦めとらんかったんか。僕は半ば呆れた目で奴を見る。
「言い方変えても内容変わっとらんから。……じゃ逆に聞くけど、お前、したいん?」
「したい」
ド直球。
想定外……いや、想定はしとったけどそんなハッキリ言ってくるなんて思っとらんくて、心臓がドクンと脈を打つ。そんなん言ってきたこと、一回もないやろ。大体、告白だってまだやん。でも、断れる訳ない。目の前のふうやは今まで僕が見てきた中で一番本当の言葉を言っとって、可愛くて、かっこよかったから。
「……あかん?」
ねだるみたいに弱く、優しく、ふうやは尋ねてくる。
「あかんとか……聞くなや」
僕は目を逸らす。彼との距離はもう鼻先が付きそうな程やった。耳が熱い。
「してええ?」
ギシ、とベッドが音を鳴らす。ふうやがベッドに膝を乗せて、さっきより近付いた距離。熱い眼差し。
「ん……」
返事をすると、ふうやはそっと僕の背を抱いてきて、そのまま彼の体に飲まれるようにベッドへと倒れ込んだ。唇と唇が重なる。柔らかい。
心臓の音が大きくなる。
再び目を開けて、大好きな顔が近くて……。僕はもう一回キスした。
「好きや」
初めてハッキリ言われた。まだ頭を持ち上げればキスできる距離にある顔が、僕の瞳を捉えて離そうとせん。……やっとや。やっと聞けた。ずっと聞きたくて、知りたくて、仕方なかった言葉。
お互い好きなんをほんのり分かっとりながらも関係を進めんかった僕達は、変化がずっと怖かったんやろう。でも、今言われた言葉は変化そのもの。僕はもうそれを恐れるつもりはない。
「ほんまやろな? 嘘やったら許さんで」
「嘘やない」
彼の瞳は真剣だ。いつも適当な奴のこういう目はあんまり見ん。
「信じる。……けど、女の子と付き合うとったんは何やったん?」
ずっと気になっとったけど、実は聞けんでおった。僕がふうやの一番である証拠がなかったから。
「お前に告白するん諦めよ思て。それで他の子と付き合うた」
奴でもそんな考えをするんは意外やった。
「でもそんな理由やったからバチが当たったんか知らんけど、ほんまにえぐい子やって。おにぎり握ってきた言うから食べたらやけに舌触り悪いっちゅうか変な感じしてん。刻んだ髪の毛入っとったからね⁉︎」
「うわ、えぐ。それは別れて正解やわ」
「やろ?」
さっきまでの熱っぽい空気はどこへ行ったのやら。ふうやは笑い話にして、僕の左に寝転がる。二人で笑っとったけど、不意にふうやの声が落ち着いた。
「それで、別れてん。暫くして修学旅行来て、お前とおんなじ部屋んなって。これはもう行けって神様が言うとるんちゃうか思て。……ちゃう?」
奴は少しいたずらっぽい顔で笑う。
「そうかもしれんな? それで、その神様のお告げ通り僕にアタックしたっちゅうわけや?」
「そ。……そういえば聞いとらんかったけど、お前俺んこと好きなん……?」
流石にここで言わんかったら漢が廃るってもんよ。僕はしっかり横になってふうやの顔を見つめた。
「大好きや」
「えーっほんまー⁉︎」
今日一番嬉しそうな声で奴は言う。
「嘘とちゃうからな」
「うん。嘘やったら許さん」
そう言った彼はぎゅうと僕を抱きしめる。
「今日一緒に寝えへん?」
「調子乗ってんとちゃうぞ」なんてツンできん。抱きしめられて、ふうやの胸の中。ふうやの匂いに包まれて、上から降るあったかい声。こんなん、幸せ以上になんて言うん?
「ええよ」
「やったー!」
ふうやが腕解かんから、抱かれたまま二人で芋虫みたいにもぞもぞ移動して、布団に入る。
「ふうや、もう寝るやろ? 電気消すで」
「うん。ありがと、なつき」
奴は嬉しそうに笑って、一層強く僕を抱きしめた。……なんか、今まで告白躊躇っとったんがほんまアホみたいや。
……でも、どうしよ。寝ようと思っとったのに「好きや」とか「やっと恋人なれた」とかちょくちょく話しかけてくるから全然眠れん。ただでさえ、横にいるだけでドキドキして目冴えるんに。
「めっちゃ言うやん」
「やって嬉しいんやもん。明日またみんなと一緒やから、二人っきりの内に言うとこ思て」
「……っ」
思わずくらって、真っ暗な部屋の中で僕は少しだけ目を逸らした。
読んでくださりありがとうございます(*꒡ ꒡ )




