第四章:目覚めし雷鳴
アーガスは揺り籠の中で、分厚い厚手の布に包まれた戦斧に寄り添っていた。
指先には冷たいサファイアの感触。
それは眠れる星の海のように、深淵な気配を放っている。
サラは傍らで彼の胸を優しく叩き、あの子守唄を口ずさんでいた。
月光のように柔らかな声。
ブレイクは暖炉の前で、打ち直したばかりの短剣を磨いている。
皮鎧からは煤と鉄の匂いが漂ってくる。
アイリーンは木の枝で床に何かのお絵描きに夢中だ。
トールは入り口に寄りかかり、生温かい鉄片を弄りながら、時折アーガスに視線を送っている。
この「小さなトラブルメーカー」を値踏みするかのように。
珍しく平穏な時間だった。
だが、アーガスの意識はすでにサファイアの内部へと深く潜行していた。
外から見れば、ただの赤ん坊が眠っているだけだろう。
しかし、彼の意識は不可視の稲妻となって、異世界の法則で編まれた魔法の青写真を疾走していた。
(メイン・コマンドの始点、特定)
アーガスは魔力回路を高速で辿り、あの「断裂」へと到達した。
コマンドパスを遮断する、崩落した橋。
前世で培った論理構造への直感が、一つの修復案を提示する。
(魔力が足りなくて橋を直せないなら……迂回すればいい)
アーガスの意志がコマンドとなる。
彼は魔力を水流のように再誘導し、断裂の両岸に純粋な思念で構成された「仮設橋」を架け始めた。
これは物理的な修復ではない。
論理的なバイパス手術だ。
詰まった河川に、障害物を避ける水路を掘るようなもの。
その仮設橋が接続された瞬間。
キィィン……。
サファイアが純粋な音色を奏でた。
クリスタルを爪で弾いたような音が、静寂な部屋に響き渡る。
サラの歌が止まった。
指がアーガスの毛布の上で硬直する。
ブレイクの手が止まる。
彼は勢いよく振り返った。
「今の音はなんだ?」
アイリーンの手も止まる。彼女はキョロキョロと辺りを見回した。
「どこから? 揺り籠の方から聞こえたよ!」
トールが眉を顰める。手の中の鉄片が軋んだ音を立てた。
彼の視線は疑念を帯びてアーガスに注がれている。
だが、アーガスは止まらなかった。
彼の魔力はさらに深く侵入する。
斧の柄に隠された魔法端子を発見した。
それは接続を待つインターフェースのようだった。
脳内でシンプルなスクリプトを記述する。
宝石の中で目覚めた魔力を、自分の思念をブリッジにして、これらの端子へと接続する。
(リンク、確立)
次の瞬間。
ボロボロと音もなく。
戦斧の表面を覆っていた暗い錆の塊が、乾いた泥のように剥がれ落ちた。
下から現れたのは、月光のように皎潔な白銀の金属。
冷冽な輝きを放っている。
「お父さん! 斧が……斧の皮が剥けてる!」
アイリーンが叫び声を上げ、立ち上がった拍子に木の枝を取り落とす。
彼女は揺り籠に駆け寄り、淡い金髪を揺らした。
「弟よ、何をしたの? カッコ良すぎる!」
ブレイクの顔色が変わった。
目には衝撃と、聖遺物を冒涜されたかのような怒りが宿る。
彼は大股で歩み寄る。髭の下で口元が引きつっていた。
「やめろ! 何をした!」
彼は揺り籠から戦斧を奪い取ろうと手を伸ばす。
「ブレイク、触らないで! あの子が怪我をするわ!」
サラも立ち上がり、アーガスを抱きかかえて後ずさった。
アーガスの心拍数が跳ね上がる。
今が正念場だ。
この「実験」を中断させるわけにはいかない!
彼は残るすべての魔力を、一気に宝石へと流し込んだ。
納期直前のエンジニアが、祈りを込めて「ENTERキー」を叩くように!
(起動ッ!!)
ブレイクの手が戦斧に触れようとした、その瞬間。
ドォォォォン!!
無形の風圧が、戦斧を中心に爆発した!
「ぐわっ!?」
ブレイクがたたらを踏む。
その巨体が石壁に叩きつけられ、鈍い音を立てた。
斧の刃に、失伝したはずの複雑な紋様が虚空から浮き上がる。
それは風属性の銀色の光を放っていた。
ブォン……ブォン……。
戦斧が微かに震え、揺り籠からゆっくりと浮上した。
重力を無視して空中に静止する。
低く唸るような振動音。
それは嵐の前の予兆であり、微かな雷鳴を孕んでいた。
部屋に死ごとき静寂が満ちた。
アイリーンは林檎を丸呑みできそうなほど口を開けている。
トールは入り口で立ち尽くし、手から滑り落ちた鉄片に気づきもしない。
サラの瞳には、恐怖と畏敬がない交ぜになった光が宿っていた。
ブレイクは石像のように固まり、空中に伸ばした指を動かせずにいる。
カッッ――!!!
サファイアが突如として、目が眩むような光を放った!
最初は微弱な青。
だが即座に、直視不能な極彩色の奔流へと変わる。
血のような赤。
海のような蒼。
大地のような黄。
真昼のような白。
夜のような黒。
新緑のような翠……。
ステンドグラスを通したような光彩が、壁に掛けられた工具を染め上げ、家族たちの驚愕の表情を明滅させた。
この無音の嵐は、狭い子供部屋を蹂躙し――。
やがて安定し、淡い白銀の光暈へと収束した。
「こ……これは、一体……!?」
ブレイクの声が震えている。
視線はアーガスと、浮遊する戦斧の間を激しく行き来していた。
まるで、生まれたばかりの息子を初めて認識したかのように。
怒りは消え失せ、ただ圧倒的な衝撃だけが残っていた。
口はパクパクと動くが、言葉にならない。
最初に我に返ったのはアイリーンだった。
彼女は矢のように飛び出し、戦斧が巻き起こす風を物ともせず、アーガスと母を脇へ避難させた。
「弟よ! これ、弟がやったの!? 凄すぎる!」
興奮に満ちた叫び。
トールは石像のように入り口で固まっていた。
近づこうとするが、見えない風の壁に押し返される。
「これ……うちの家に伝わる……ストーム・サンダーアックス?」
独り言のように低い声。
「親父、お伽噺じゃなかったのかよ……」
「ブレイク、まさか……」
サラの顔面は蒼白だった。
アーガスを抱く腕に力が入り、指先は枯れ葉のように震えている。
夫と息子を交互に見るその目は、未知のものを見る目だった。
戦斧がゆっくりと降下する。
音もなく揺り籠へと戻り、光暈が収まると、宝石の輝きは穏やかで長く続くものへと変わった。
それはもはや、薄汚れた鉄屑ではない。
かつて竜の鱗を引き裂いた、伝説の「風暴雷霆戦斧」。
刃に浮かぶ銀の紋様が脈動する。
蘇生した血管のように、風と雷の気配を放っている。
ブレイクがおずおずと歩み寄る。
震える手で斧の柄を握った。
指の関節が白くなるほど強く。
彼の瞳に複雑な感情が去来する。
衝撃、畏怖、そして長く抑圧されていた希望。
「……この子が……目覚めさせたのか?」
彼は勢いよく顔を上げ、サラの腕の中のアーガスを見た。
その厳格で無骨な顔から、二筋の熱い涙が溢れ出した。
数十年の感情が決壊したかのように。
「あぁ……ご先祖様……!!」
サラの唇が震え、何か言おうとして、嗚咽だけが漏れた。
彼女はアーガスを見下ろす。
その慈愛に満ちた瞳の奥に、純粋な恐怖が走った。
この恐怖は戦斧に対するものではない。
母親としての原初的な本能だ。
我が子が、自分の理解を超えた、人智を超越した力に触れてしまったことへの恐怖。
(これは祝福じゃない……警鐘だ)
彼女は反射的にアーガスを強く抱きしめた。
自分の体で、この突然の奇跡から彼を遮断するかのように。
「ブレイク!!」
恐怖で裏返った声。そこには絶対的な拒絶があった。
「あの子に、二度と触らせないで!」
アイリーンが顔を出し、興奮気味にアーガスの頬をつついた。
「弟よ、天才じゃん! 伝説の戦斧だよこれ!」
彼女はトールにウィンクする。
「ほらね、私が言った通りでしょ! 特別な子なんだって!」
「まあ……確かに只者じゃねえな」
トールは肩をすくめ、動揺を隠そうとしながら鉄片を拾い上げた。
だがその視線は、渇望を帯びて戦斧に注がれていた。
「本当に嵐を切り裂けるなら、俺も見てみてぇよ」
アーガスはサラの腕の中で、彼女の優しい揺れを感じていた。
鼻先にはまだ、戦斧の金属臭が残っている。
あの低い唸り声が耳の奥で響いている。
実行が完了していないコードのように。
魔力が足りず、システムを完全に修復することはできなかった。
だが彼は確信した。
この世界で、自分だけがこれを解読できるのだと。
この戦斧は、そしてこの眠れる古代コンピュータは、アイアンソーン家の伝説よりも深い秘密を隠している。
瞼が重い。
身体の奥底から疲労が押し寄せてくる。
サラはそれに気づき、彼の胸を優しく叩いた。
再びあの子守唄を歌い始める。
声は震えていたが、星の彼方から響くような神秘さは変わらない。
「眠れ、眠れ、小さな灯火よ」
「世界はまだ夜明け前。万物はまだ、歌うことを知らない」
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台湾出身の作者です。
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