第二十六章:欠陥ある奇跡(ディフェクティブ・ミラクル・パート)-4
カッ!
アーガスは目を見開いた。
(ありえない)
即座に再スキャンを実行。魔力の解像度を最大まで引き上げ、あの「消失点」を執拗に検証する。
あの小さな神経節を、顕微鏡レベルまで拡大して観測する。
だが、何度やっても結果は同じ(再現性あり)。
部品はすべて直した。回路もすべて繋いだ。
物理構造は完璧だ。
なのになぜ……なぜ命令が届かない?
これは彼の知るすべての法則に違反している。
A=B。入力=出力。それが宇宙の基礎のはずだ!
脳裏に、あの運命の夜が蘇る。
魔力粒子が胸の上で暴走し、核分裂を起こしかけた夜。
彼は見た。粒子たちが「生命磁場」の影響下で、エントロピー増大の法則を無視して自発的に再構築される様を。
あの日、彼の地球物理学的な世界観は一度崩壊した。
だが、今……。
(この世界の法則は……僕が思うより遥かに複雑なのか?)
地球の法則と同等、あるいはそれ以上に不可解な力が働いている。
見えざる手が、彼の観測できない次元において、「歩行」という概念そのものを削除してしまったかのように。
彼の誇り。彼の論理。
高度文明由来の物理学の上に築かれた堅牢な世界観が、この瞬間、再び無慈悲に粉砕された。
彼はゆっくりと、手を離した。
力なく、その場にへたり込む。
つい先ほどまで神の御業を成し遂げたその両手が、今は制御不能なほど激しく震えていた。
だがその震えは、理論が敗北した悔しさからではない。
すべての知識と技術を動員しても、取り返しのつかない事象があるという事実を、突きつけられたからだ。
彼は姉の、美しくも動かない足を呆然と見つめた。
胸に広がるのは、科学者の困惑ではない。
姉の苦しみを前にした、一人の弟としての絶望だった。
「ごめん……」
ようやく漏れた声は、幼く、震えていた。
「ごめんね、姉さん……僕……分からなかった……理論は完璧なはずなのに……」
言葉は途切れ途切れで、謝り方を知らない子供のようだ。
だが一語一語に、魂の底からの悔恨が滲んでいた。
命は救った。
だが、彼女の完全な未来を取り戻すことはできなかった。
この矛盾した苦痛が、彼に初めて「愛」の重さを教えた。
この瞬間、アーガスは再び残酷な真理を学習した。
この世界の神秘的な法則は、地球の物理法則よりも遥かに複雑怪奇で、予測不能だということ。
彼の科学体系では触れられない聖域があること。
今の彼の技術では修復不可能な欠陥が存在すること。
自分は「地球のトップデザイナー」を気取っていたが、この未知なる世界の前では、まだ何も知らない子供に過ぎなかったのだ。
奇跡にも、届かない境界線がある。
それは今のアイアンソーン家の運命そのものだった。
アイリーンは生き残った。だが、二度と走ることはできない。
命を得て、夢を失った。
奇跡を手に入れ、同時に、別の形の呪いを受け取ったのだ。
かつて山野を自由に駆け回った少女にとって。
その代償は、死ぬことよりも残酷なものかもしれなかった。
【あとがき】
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