第二十六章:欠陥ある奇跡(ディフェクティブ・ミラクル・パート)-3
数秒後、アイリーンが顔を上げた。
つい先ほどまで、死地からの生還に輝いていたその翠玉の瞳から、今、すべての喜びが消失していた。
嵐に打たれた篝火のように、光が吹き消されたのだ。
そこには、迷子になった子供のような純粋な困惑と、そして――死よりも恐ろしい「理解」だけが残っていた。
彼女の視線が、救いを求めて家族の間を彷徨い、最後に母サラへと縋り付く。
それは、恐ろしい真実に直面した子供が、本能的に親を頼る目だった。
唇が微かに震える。
砕けたガラスのような声が漏れた。
「母さん……足が……足の感覚が、ないの……」
その恐怖に満ちた訴えは、アーガスの心に芽生えかけていた温もりを、瞬時にして深淵の冷気で飲み込んだ。
家族の歓声は、見えない刃物で断ち切られたように途絶えた。
空気が、再び凍りつく。
「どういう……こと?」
サラの声は震えすぎて、言葉の形を保てていなかった。
彼女は反射的に娘の足をさすった。そこには恐怖と、信じたくないという拒絶、そして子が苦しむ姿を目の当たりにした母親の絶望があった。
ブレイクの顔色から血の気が引く。コップを持つ手が滑りそうになる。
トールは雷に打たれたように直立不動のまま動けない。
アーガスは一瞬驚愕したが、即座に思考を切り替えた。
生と死の境界線を踏み越えた経験は、彼の精神を柔軟にしていたが、この緊急事態においては、冷徹な「エンジニア・モード」が優先された。
彼は弾かれたように、アイリーンのベッドサイドに跪いた。
「トール兄さん、毛布をめくって」
声は静かだったが、拒絶を許さない響きがあった。
トールは一瞬呆けたが、すぐに従った。
アイリーンの足が露わになる。
かつて野山を駆け巡り、どんな険しい道も踏破した、しなやかで力強い両足。
それらは今、静かに、何の生気もなく、ただそこに「置かれて」いた。
見た目は完璧だった。
肌は滑らかで、筋肉のラインは美しく、傷一つない。
まるで芸術家が丹精込めて彫り上げた彫像のように。
だがその完璧さが、今は何よりも皮肉で、残酷に見えた。
アーガスは手を伸ばし、そっとアイリーンのふくらはぎに触れた。
目を閉じる。
膨大な魔力が再び指先から溢れ出し、彼の知覚は目に見えない精密な網となって、姉の体内の深淵へと潜航した。
最も徹底的なシステム診断の開始だ。
精神的視野の中で、姉の下肢はもはや血肉の塊ではなかった。
無数の精密部品で構成された、至高の芸術品だった。
彼は感じ取った。
筋肉繊維の束の一つ一つが、張り詰めた赤い絹糸のように震え、脳からの号令を待ちわびている生命力を。
……完璧。ハードウェアに異常なし。
彼は視た。
蜘蛛の巣のように張り巡らされた血管網の中を、温かい真紅の大河が淀みなく奔流し、末端組織まで酸素と栄養を送り届けている様を。
……完璧。循環システムは無傷だ。
知覚はさらに深くへ潜る。
支柱である骨格へ。それは純白の翡翠で彫られた完全なフレームであり、強靭で、艶やかで、健康的な微光を放っている。
……完璧。構造強度と整合性は、受傷前をも凌駕している。
最後に、彼の知覚は核心へ到達した。
最も精密なシステム――神経網。
それは億万本の、微光を放つ極細の水晶繊維で織り上げられたネットワークだ。
すべての回線は物理的に完璧に接続され、中枢からの信号を待っている。
場違いなほどの誇りが、彼の胸に湧き上がった。
(見ろ! 僕の作品は完璧だ! すべてのパーツが、最高のステータスにある!)
そして彼は、「歩行」を司る最重要コマンドの追跡を開始した。
彼は視た。
脳から発せられた、稲妻のような意志の光流を。
それは脊髄というメイン・ハイウェイを猛スピードで南下し、何の障害もなく胸椎を抜け、腹腔を通過し……。
そして。
腰椎のある神経節に到達した瞬間。
プツン。
唐突に、消滅した。
衝突したわけではない。遮断されたわけでもない。エネルギーが減衰したわけでもない。
それはまるで、灼熱の砂漠に落ちた一滴の水のように。
一瞬で蒸発し、霧さえ残さずに「無」になったのだ。
【あとがき】
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次の章も、全力で鍛えます。




