第二十六章:欠陥ある奇跡(ディフェクティブ・ミラクル・パート)-1
アーガスの脳内で「終了」のコマンドが下された瞬間。
『試作魔導盤V2.5.1』と名付けられた醜い鉄の箱は、巨獣の鼓動のような低い駆動音を停止させた。
その余韻は、鉄床に落とされた最後の一撃のように静寂な部屋に響き、やがて完全な死寂へと帰した。
部屋は、息が詰まるような静けさに包まれた。
窓の外から、久しぶりの朝日が雲を突き抜け、優しく室内に差し込んでくる。
光は慎重な踊り子のように家具を撫で、宙を舞う塵を黄金の星屑へと変えていった。
アイリーンは安らかに横たわっていた。
その呼吸は引き潮のように穏やかで、長く続いている。
蒼白だった頬には健康的な赤みが差し、眉間に刻まれていた死相は、朝霧が晴れるように消え去っていた。
彼女はまるで、暖かい冬の朝に心地よい眠りを貪っている、ただの子供のように見えた。
サラは両手で口を覆い、嗚咽を必死に押し殺していた。涙で腫れ上がったその目には、夢のようで、触れれば壊れてしまいそうな狂喜が溢れている。
肩が小刻みに震える様は、春風に揺れる木の葉のようだ。
トールは、魔力を使い果たして脱力した小さな弟を抱きしめたままだった。
いつもなら不満や怒りが張り付いているその顔には、今、純粋な感謝だけがあった。
ブレイクがゆっくりと歩み寄る。
一歩一歩が、薄氷の上を歩くように慎重だ。
だが、彼が見ているのは娘ではない。
彼の視線は、まだ微かに熱を帯びている、廃材を継ぎ接ぎしただけの原型機に釘付けになっていた。
一生を鉄と格闘してきたこの男が、今は巡礼者のように震えている。
彼は無数のタコと火傷跡に覆われた巨大な掌を伸ばし、祈るように、赤子の肌に触れるよりも優しく、その冷たい金属の筐体に触れた。
彼の声は、喉の奥から無理やり絞り出したかのように掠れていた。
「……こいつが……本当に……やりやがったのか……」
その一言が、合図だった。
「ああ、神様ぁ――ッ!!」
サラはもう我慢できなかった。ベッドに覆いかぶさり、娘の温かい手の横に顔を埋め、泣き笑いのような祈りを捧げた。涙が真珠のように娘の手の甲を濡らす。
そしてトールは、腕の中の弟の重みを感じ、この現実の実感を噛み締めた。
彼は衝動のままに、アーガスを頭上高く持ち上げた!
「ウオオオオオオオオオ――――ッ!!!」
全身全霊の力を込めた、天を衝くような咆哮!
その雄叫びは窓を突き抜け、通りの鳥を驚かせ、近隣住民を窓辺に走らせた。
「うるせぇぞ! 朝っぱらから何事だ!」
隣の黒髭が、寝癖頭で窓から顔を出して怒鳴る。
「安眠妨害だよ!」
向かいのドワーフおばさんも負けじと麺棒を振り回す。
「まだ夜明け前だぞ!」
「黙れ!」
遠くからも抗議の声が上がる。
だがトールは、そんな雑音など意に介さなかった。
彼はただ、弟を強く抱きしめ、目には狂喜の涙を浮かべていた。
この温かく、混沌とした祝祭の中心で。
トールに高く掲げられたアーガスは、複雑で、見知らぬ感情の波に揺られていた。
母の泣き顔、父の畏敬の表情、兄の鼓膜を破るような咆哮。
かつて古井戸のように死んでいた彼の心境が、温かい海流によって洗われていくのを感じる。
奇妙な感覚だった。
長年稼働してきた精密機械に、設計仕様にない「感情」という名の潤滑油が注入されたような。
前世の記憶を持つ彼は、ずっと自分はこの世界に属さない異物であり、家族はNPC、自分はバグったプレイヤーだと思っていた。
だが今、彼ら一人一人の涙を見て、心の底からの歓声を聞いて、アーガスは認識を書き換えた。
彼らはNPCではない。
生きている、生身の人間だ。
独自の苦痛と喜びを持ち、恐怖と希望を持つ。
彼らは、僕の家族だ。
本物の、家族だ。
何か言いたかった。
兄に感謝を、母に涙を拭くように、父に何をしたかの説明を。
だが、言葉は喉で空転し、最終的に出力されたのは、硬く、消え入りそうな一言だけだった。
「僕は……ただ……助けたかっただけなんだ……」
声は小さく、表現の方法を知らない子供のように不器用だった。
まるで言葉を覚えたての子供が、初めて内なる感情を言語化しようとするかのように。
創造主としての誇りはまだある。
だが今、それはより温かいものに包まれていた。
この大切な人々を守りたいという、原始的で、真摯な渇望。
【あとがき】
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