第二十五章:創世記(ジェネシス)下-2
アーガスは顔を上げた。
枕元で固唾を飲んで見守る家族たちの顔を見る。
そこにあるのは、無償の信頼と、祈り。
空気が神聖なものに変わっていた。家族全員の心が一つになった証だ。
準備は整った(レディ)。
アイアンソーン家全員で書き上げた、新しい創世の詩を詠唱する時だ。
彼はもう、孤独な戦士ではない。
背後には、家族の力、知恵、そして愛という最強のバックアップがある。
彼は目を閉じ、雑念をパージした。
残ったのは、氷点下のロジックと、沸点の情熱。
再び目を開いた時、そこには家族が見慣れた、万物の理を見通すかのような、あの深淵な瞳があった。
だが今のその瞳には、以前の疎外感はない。
太いケーブルで家族と接続されたような、揺るぎない安心感があった。
そして。
彼は心停止しそうなほど平坦で、一切の抑揚のない声で、この世界の魔法体系を根底から覆す、地球のテクノロジーと異世界の魔法が融合した「魔導工学詠唱」を開始した。
「――『試作魔導盤V2.5.1』、統合治癒式、起動。」
「スレッド1:『神恩駆散』モジュール、常時実行。ターゲット:活性化暗黒呪詛。」
「スレッド2:条件分岐(IF)、並列トリガー。
――ターゲットが『毒素結晶』の場合、『岩石破砕』モジュール起動。出力係数0.003、実行時間0.1秒。
――ターゲットが『残留膿血』の場合、『溶断』モジュール起動。出力係数0.002、実行時間0.05秒。」
「スレッド3:『聖水洗浄』モジュール、スレッド2完了後に起動。ターゲット:全残留デブリ。」
「スレッド4:『聖癒新生』メインモジュール、スレッド3完了後、3秒の遅延を持って起動。」
「……全スレッド、無限ループ(while true)。手動停止まで継続せよ」
エンターキーが押された瞬間。
家族全員が演者となって紡ぐ、壮大な創世の奇跡が実行された!
――ループ開始。
精神的視野の中で、純白の聖光の刃が再び振り下ろされ、主要な黒い蛆虫を焼き払う。
現実の聴覚では、家族全員が息を呑む音が聞こえた。
空気が震え、常理を超えた力の覚醒を肌で感じる。
視野の中、兄から託された『破砕』モジュールが、目に見えない高周波の振動波となり、神経に食い込んだ毒素結晶をピンポイントで狙撃した!
パキィィン!
微細な破壊音。ダイヤモンドのように硬かった結晶が、瞬時に粉塵へと砕け散る!
間髪入れず、父の『溶断』モジュールが、刺繍針よりも細いマイクロ・ビームとなり、砕けた毒の粉末と粘つく膿を、一瞬で気化・蒸発させる!
同時に、現実の感覚で。
肩に置かれたトールの手から、あの高周波振動と同期した、武者震いのような振動が伝わってきた。
父の目には、炉の火のような赤い光が宿っている。
彼らは目撃しているのだ。
破壊と創造しか知らなかった自分たちの「職人の魂」が、今、「救済」という神聖な儀式の核心パーツとして機能している様を!
そして。
母の祈りが込められた『聖水洗浄』モジュールが、優しくも力強い、紺碧の奔流となって雪崩れ込んだ!
それは戦場を一掃した。
砕かれた毒の残骸、気化した膿のガス、すべての汚穢を、徹底的に、一欠片も残さず洗い流し、体外へと排出していく!
現実の耳に、母の嗚咽が届く。それは喜びと感謝の音色だった。
母から放たれる温かい聖光が、体内の青い奔流と共鳴し、奇跡を加速させる。
彼女の祈りが、息子の作ったシステムに祝福を与えているのだ。
クリーンアップ、完了。
浄化され、一点の曇りもなくなった完璧な土壌。
そこに満を持して、『聖癒新生』の金色の糸と、『水潤』の青い雫が降り注ぐ。
邪魔するものは何もない。真の「天地創造」が始まる。
見る間に肉が盛り上がり、神経が再接続され、生命力が乾いた細胞の一つ一つに染み渡っていく。
新しく、健康で、無限の可能性を秘めた肉体が、目の前で再構築されていく。
家族の表情が変わる。
それは単なる驚きではない。
誇り、安堵、そして自分たちもこの奇跡の「当事者」であるという、言葉にできない感動。
彼らはただの目撃者ではない。共犯者であり、創造主なのだ。
アイリーンの呼吸が深くなった。
熟睡する赤子のような、安らかなリズム。
死人のようだった蒼白な頬に、三月の桃の花のような、鮮やかな血色が戻ってくる。
眉間に刻まれていた死相は、朝霧が晴れるように消え去った。
どれほどの時間が経っただろう。
アーガスはゆっくりと、コマンドを停止した。
重いまぶたを開ける。
壮大な内宇宙のビジョンが退き、現実世界の温かい光景が戻ってくる。
アイリーンは眠っていた。天使に守られた眠り姫のように。
胸は規則正しく上下している。生きている。
母サラはベッドサイドに崩れ落ち、アイリーンの手を握りしめて口付けを繰り返していた。シーツは涙で濡れているが、それは歓喜の涙だ。
父ブレイクは窓辺に立ち、あのゴツゴツした手で、何度も何度も目元を拭っていた。山のように巨大な背中が、小刻みに震えている。
そして、顔を上げると、トールがいた。
兄は弟を見下ろしていた。
いつも拗ねたような、険しい表情をしていた顔。今は、憑き物が落ちたような、純粋な感謝と愧じらいが混ざった顔をしていた。
視線が絡む。時間は止まる。
その一瞬で、長年積み重なったわだかまり、嫉妬、劣等感が、炉で溶かされた不純物のように消え去った。
兄弟の間に横たわっていた見えない谷は、今夜、完全に埋め立てられた。
トールは何も言わなかった。言葉では足りない感情がある。
彼はただ、不器用に、しかし力強く手を伸ばし、家族全員を救った小さな弟を、きつく抱きしめた。
その抱擁は熱く、痛いほど強かった。
そこには、すべての感情が圧縮されていた。
ごめん。ありがとう。すごいな。そして――愛していると。
窓の外。
一晩中荒れ狂っていた吹雪は、いつの間にか止んでいた。
分厚い雲の切れ間から、久しぶりの、洗い立てのように綺麗な朝日が差し込んでくる。
黄金の光が部屋を満たし、死の淵から生還した家族を優しく包み込む。
この静かな朝。
鉄棘家はアイリーンの命を取り戻しただけではない。
もっと重要なもの――互いの心と、「家族」という言葉の本当の意味を取り戻したのだ。
この夜が、すべてを変えた。
アーガスはもう、孤独な天才ではない。鉄棘家に欠かせない末っ子だ。
トールはもう、嫉妬に狂う少年ではない。弟を認め、守る兄となった。
ブレイクとサラも知った。本当の力とは、個人の技や信仰ではなく、家族の結束の中にあることを。
ベッドで眠るアイリーンは、やがて目覚めるだろう。
そして、より温かく、より強くなった新しい「家」を目にするはずだ。
これが、鉄棘家の奇跡。
一人の英雄の偉業ではない。家族全員で勝ち取った勝利。
世界中のどんな魔法よりも、この絆こそが、最強の力だったのだ。
【あとがき:アイアンソーン工房より】
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