第二十四章:創世記(ジェネシス)上-1
「アーガス! なんとかしてくれ!」
トールの怒号が、焼け付いた鉄槌のようにアーガスの混乱した脳髄を叩いた。
兄は激しく痙攣するアイリーンの身体を抱きしめ、その顔は涙と恐怖でぐしゃぐしゃになっていた。
室内の空気は凝固し、暖炉の炎さえも、この絶望に圧されて縮こまっているようだった。
アーガスの視線は、自ら創造し、無理やりアップグレードした『試作魔導盤V2.5』に釘付けになっていた。
それは忠実に命令を実行していた。
冷たい銅線を通じて、数十個の微弱な聖属性と水属性の魔法を、彼独自の「並列処理」と「多重積層」モードで、同時に、絶え間なく、姉の肩の深傷へと注ぎ込んでいる。
これは「量」で「質」を凌駕するための完璧な数式だった。
大量の低位魔法の総和で、高位の呪いを押し流す。理論上は、失敗するはずがない。
だが現実は、彼の自信を嘲笑っていた。
「やめて……姉さん……やめてよ……」
アーガスの叫びは枯れ、深い絶望の色を帯びていた。
なぜ、彼の完璧な数学モデルが、姉により深い苦しみを与えているのか?
なぜ、科学の力がこの世界ではこれほど無力なのか?
その時。
アイリーンの身体が、限界まで引き絞られた弓のように、猛烈に反り返った!
顔は激痛で歪み、血管が浮き上がり、地獄の責め苦を受けているかのような形相となる。
「ゴボッ!!」
大量の、腐敗臭を放つ漆黒の血液が、彼女の口から噴水のように吐き出された。
白いシーツの上に、地獄で咲いた墨色の花が広がる。
鼻が曲がるような悪臭が、瞬時に部屋を制圧した。
その光景は、アーガスの理性を支えていた最後の一本の柱をへし折った。
強がっていた冷静さも、エンジニアとしての論理思考も、すべてが崩れ落ちる。
彼は飛びついた。
再び、すべての愛と恐怖を込めて、引き裂くような慟哭を上げた。
その瞬間。
制御を失い、極限まで精製されていた膨大な魔力が、決壊したダムのように、姉の腕を掴む彼の手を通して、狂ったようにアイリーンの体内へ逆流した!
ドクンッ!!
アイリーンの体内で起きた劇的なエネルギー反応が、巨大な「魔力の逆流」を引き起こし、アーガスの知覚防壁を強引にこじ開けた!
魂が見えない巨人に掴まれ、現実世界から引き剥がされ、無数のデータストリームで構成された、血塗られた体内世界へと引きずり込まれる感覚!
現実の彼は、涙を流し、無力に泣き叫ぶ弟のままだった。
だが、スーパーコンピュータ並みの処理能力を持つ彼の精神的視野の中では、ついに「真実」が映し出されていた。
彼は見た。
姉の体内で上演されている、最も残酷なホラーショーを。
(エネルギーじゃない……!)
あの暗黒の呪いは、抽象的な魔力などではなかった。
それは、神経繊維の中に巣食う、億万の、貪欲な「黒い蛆虫」の群れだった!
一匹一匹が肥え太り、ねじれ、無数の小さな口を開けて、生きた組織を貪り食っている。おぞましい咀嚼音が聞こえてくるようだ。
そして魔鋼蠍の毒は、煮えたぎる酸となって血管を浸食し、通る場所すべての肉を溶かし、硫黄のような悪臭を放っている。
そして。
彼が誇らしげに稼働させているV2.5が放つ、大量の「聖癒新生」魔法。
それは、蛆虫に占領された土地に、馬鹿な庭師がせっせと肥料を撒いているようなものだった!
魔法が新しい肉を芽吹かせる。
だがその温かい新肉は、敵を追い出すどころか、黒い蛆虫たちにとっての「最高のご馳走」となっていた!
奴らは新鮮な肉の中で嬉々としてのた打ち回り、さらに爆発的に繁殖していく。
(僕は……救世主じゃない。処刑人だ!)
(僕が、敵に餌を与えていたんだ!)
彼は呆然自失となり、うわ言のように呟いた。
「違う……そうじゃない……順番が違う……まずは『神恩駆散』が先だ……その後に『聖癒新生』で肉を再生させて……最後に『水潤』で生命力を……同時にやっちゃダメだ……」
その言葉が口をついて出た、その瞬間。
混乱を極めるエネルギーの嵐の中で、「聖癒新生」と「水潤」を担当する魔力の流れが、ほんのわずか、ためらうように「遅延」したのを観測した。
彼は息を呑んだ。
幻覚ではない!
彼の「言葉(音声コマンド)」が、魔法陣の挙動に干渉したのだ!
狂喜と希望が、絶望の氷を割ってマグマのように噴出した。
なぜ自分の声が魔法陣に影響を与えるのか、その物理法則も原理も全く分からない。
だが、そんなことはどうでもいい!
重要なのは一つだけ――効く(ワークする)! この方法は有効だ!
アイリーンの呼吸がさらに弱まる。胸の起伏が止まりそうだ。
命が砂時計のように落ちていく。
疑っている時間はない!
アーガスは溺れる者が藁を掴むように、原理の考察を放棄し、本能的に、より大きな声で、先ほどの言葉を繰り返した。
遅延、再確認! さっきより明確だ!
彼は即座に指令を精錬した。
異世界から持ち込んだ、正確無比な概念――「数値」と「論理」を混ぜ込んで。
彼は深く息を吸い込んだ。
かつてない、絶対的な理性が支配する冷徹さと、激情のような愛が混ざり合った奇妙なトーンで、彼は人生で初めての、真の「詠唱」を行った。
「『神恩駆散』、常時展開。」
「『聖癒新生』、遅延実行……二秒。」
「処理完了後、『水潤』注入。」
「……以上、全工程完了後、再始動。無限循環!」
詠唱が終わった刹那。
激しく痙攣していたアイリーンの身体が、ピタリと止まり、次の瞬間、糸が切れたように脱力して平穏を取り戻した!
苦痛に歪んでいた眉間が、春風に吹かれた花のように緩んでいく。
「き、効いたの……?」
母サラが驚喜の嗚咽を漏らし、ブレイクの腕にしがみついて感謝の祈りを捧げ始めた。「ああ、光明神様……感謝します……娘を見捨てないでくださって……」
「ハハ……ッ」
ブレイクが窒息しそうなほど押し殺した笑い声を上げた。タコだらけの手で顔を覆うが、指の隙間から涙が溢れて止まらない。「そうだ……そうだ! 鉄棘の子が、そう簡単にくたばるもんか!」
「よかった……」
トールの声も震えていた。彼はアーガスの肩を強く掴んだ。その力は感謝であり、安堵だった。
家族の歓喜が、温かい波となってアーガスの張り詰めた神経を洗う。
【あとがき】
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次の章も、全力で鍛えます。




