第二十三章:試作魔導盤(プロトタイプ・マトリクス)V2.5 -2
場の空気が反転する。
怒りと絶望が、畏怖と期待へと書き換わる。
アーガスは、この千載一遇の好機を逃さなかった。
彼は家族の拘束を抜け出し、しゃがみ込み、散らばった部品を慎重に回収した。
その手つきは熟練しており、かつ優しかった。聖遺物を扱う僧侶のように。
そして、再構築された『V2.1』を抱き上げる。
恐怖と疑念の混ざった視線を向ける家族を無視し、ゆっくりとアイリーンの枕元へ歩み寄る。
一歩一歩が重く、揺るぎない。
彼は機械を、神聖な儀式を行うように慎重にサイドテーブルに置いた。
指先が、自ら施した粗雑な溶接跡を撫でる。
すべての配線、すべての接点に、姉への想いが込められている。
彼はポケットから、用意していた厚紙のカードを取り出した。
そこには、見よう見まねで書き写した『聖癒新生』、『神恩駆散』、『水潤』のルーンが描かれている。
彼は古代魔法の深遠な原理など知らない。
だが、どうすればそれを複製し、増幅できるかは知っている。
楽譜が読めなくても、名曲を演奏できる奏者のように。
彼はカードを、マトリクスのスロットに次々と差し込んでいく。
カチッ、カチッ、カチッ。
正確無比な動作。
そして、深く息を吸う、目を閉じた。
あの「特異点」で変質し、純化された魔力を、ゆっくりと機械へ注入する。
ブォォォォン……。
低く、重い唸り音が響いた。太古の神の寝息のように。
直後、金色の聖光と青い水属性の光が混ざり合った、柔らかなオーラが機械から放射され、優しくアイリーンを包み込んだ。
V2.1、起動。
毎秒5サイクルの周波数で安定稼働。三種類の魔法を重ね合わせ、急速かつ安定的にアーガスの魔力を消費していく。
アーガスはアイリーンの傷を凝視する。心臓が痛いほど脈打つ。
肉を侵食していた闇の拡散速度が落ちた。紫黒色の毒の進行が、明らかに抑制されている。
効いている! 間違いなく効いている!
狂喜が込み上げるが、彼は理性を総動員してそれを抑え込む。
彼は徐々に魔力出力を上げた。
毎秒5サイクルから10、20、そして30へ。
光のオーラは輝きを増し、部屋全体を温かな輝きで満たしていく。
――だが。
問題はすぐに露見した。
どれだけ出力を上げても、その光は薄い膜のように、呪いと毒を「封じ込める」ことしかできていない。
血肉や神経の奥深くまで浸透し、「根絶」することができないのだ。
これがV2.1の致命的なハードウェア欠陥――指向性の欠如。単なる広範囲散布しかできない。
アイリーンの呼吸が再び弱まる。命の灯火が揺らぐ。
時間は砂のようにこぼれ落ちていく。一秒がダイヤモンドよりも貴重だ。
(表面を撫でるだけじゃダメだ……! 傷の深部へ、ピンポイントで注入しなければ!)
アーガスの目に、狂気じみた光が走った。
それは絶境におけるサバイバーの、野蛮な決断の光だ。
彼は弾かれたように工房へダッシュした。
呆気にとられるブレイクたちの横をすり抜け、材料の山から、精錬途中の柔らかい真鍮線の束を掴み取る。
まだ余熱を持っているそれは、純度は低いが柔軟性が高く、この緊急改修(即興ハック)には最適だった。
彼はベッドサイドへ戻る。説明している時間はない。
彼は真鍮線の一端を、V2.1の粗末な出力端子に押し当てた。
もう片方の手で、掌サイズの『火炎』魔法を爆発させる。
高熱による、強引な溶接!
ジュッッ!!
鼻を突く金属の焦げ臭さと、青白い煙が立ち上る。目に染みて涙が出る。
火花が散り、闇の中に美しくも危険な弧を描く。
家族は悲鳴を上げそうになったが、あまりの気迫に声を飲み込む。
アーガスは火傷した指先の痛みなど無視した。
冷徹な外科医のように、彼は真鍮線のもう一方の先端を掴んだ。
まだ煙を上げているその鋭い先端を。
彼はそれを、アイリーンの致命的な傷口へ――呪いに侵された左肩、腹を貫通した大穴、黒い血を流す無数の裂傷へ――直接、次々と突き刺していった!
プツッ、プツッ、プツッ。
肉を穿つ嫌な音がする。
瞬く間に、アイリーンは無数の輝く銅線に繋がれた、痛々しくも荘厳な「人造の針鼠」へと変貌した。
「なんてことを……」
サラが恐怖で呻く。ブレイクとトールは棒立ちになり、その異様な光景に戦慄している。だが、そこから発せられる神々しいまでの光に圧倒され、動くことができない。
アーガスは全ての疑念と恐怖を無視した。
彼は両手を、今誕生したばかりの、未テストの『V2.5』の上に置いた。
深く、息を吸う。
(頼む……動いてくれ……!)
祈りを込めて、彼は全開で起動させた。
今度は、金色の破邪の聖光と青い治癒の魔力は、周囲へ拡散しなかった。
それらは銅線という物理的な導管を通り、小川が大河に注ぐように、正確に、強烈に、アイリーンの肉体の最深部――病巣の核へと直接流し込まれた!
ドクン!!
次の瞬間。
アイリーンは見えない雷に打たれたように、激しく背中を反らせて海老反りになった!
「カハッ……!!」
喉の奥から、乾いた空気が押し出されるような音が漏れる。
それが断末魔の苦しみなのか、それとも蘇生への産声なのか。
誰にも判別できない音が、静まり返った部屋にこだました。
【あとがき】
応援や★★★★★評価、ブックマークが、この物語の火力になります。
次の章も、全力で鍛えます。




