第一章:揺り籠のデバッガー
【システム再起動……】
【ハードウェアスキャン……深刻なエラー。】
意識が暗い深淵から再起動する。まるでサーバーがオーバーヒートした時のような、激しい眩暈と共に。
前世のベテランエンジニアとしての残存記憶が、本能的に最初のコマンドを発した。
(メモリステータス? 環境パラメータ? 実行ログ?)
しかし、返ってきたのはノイズだけだった。
その思考を言語化しようと試みる。
だが、明らかにスペック不足なオーディオデバイス――声帯――からは、力のない、砕けた泣き声しか出力されなかった。
「オギャ……ア……」
津波のようなパニックが、一瞬にして理性を飲み込む。
これは小説にあるような温かな転生ではない。災害レベルの「システム互換性の欠如」だ。
手足を動かそうとするが、脳からの指令は神経伝達の過程で莫大なレイテンシ(遅延)を発生させている。
この体は解れた綿のように脆弱で、意志による制御を完全に無視していた。
この違和感は、まるで30年前の旧式PCで、8K画質のAAAタイトルを無理やり動かそうとしているかのようだ。
CPU(魂)はフル稼働しているのに、ハード(肉体)は冷却ファンすら回らない。
無理やり目を開ける。
視界は壊れたGPUがレンダリングしたかのように、ぼやけた光と色の塊として映る。
だが、言葉にできない苦痛の中で、感覚データが徐々に同期し始めた。
空気には濃い煤と、冷えた金属特有の酸っぱい匂い、そして微かな、温かいミルクの香りが漂っている。
遠くから槌の音が聞こえる。そのリズムは重く、単調で、まるで古臭く頑固なメトロノームのようだ。
ここは病院でも、天国でもない。原始的な工業の匂いが充満する「異世界」だ。
「ギィィ――」
重い摩擦音がデータ解析を中断させた。冷たい風と共に、騒がしい言い争いが室内に流れ込んでくる。
「アイリーン! 市場へ勝手に行くなと何度言った!」
雷のように荒々しい声が、赤ん坊の鼓膜を痛烈に震わせる。
暖炉の光を遮るように立つ魁偉な影。
それは作りかけの短剣を握りしめた、屈強なドワーフの男だった。全身から汗と鉄鉱石の塩辛い匂いを漂わせている。
その向かいには、十歳ほどの人間の少女が、物怖じすることなく顔を上げていた。その瞳には不屈の光が宿っている。
「勝手に行ってないもん! ただ……山麓に変な鉱石がないか見てきただけ!」
少女は腰に手を当てる。帯に吊るされた小さな短剣が、毛を逆立てた子猫のように揺れた。
揺り籠の中のエンジニアは、この「ロジックの衝突」を冷ややかに見つめていた。
コードの世界なら無限ループだが、このリアルな世界では、これを「家族」と呼ぶらしい。
「いい加減にしなさい、二人とも」
優しくも、疲労のにじむ声が響いた。
人間の女性が揺り籠に歩み寄り、嵐を鎮めようとする。
「ブレイク、娘は好奇心が強いだけよ。それからアイリーン、お父さんを怒らせるようなことは控えて」
「姉貴、出かけるならバレないようにやれよ。俺を見習えって」
ドア枠に寄りかかったドワーフの少年が、からかうように鼻を鳴らした。
トール、俺の兄だ。指先で鉄屑を器用に回している。
言い争いの最中、少女がふと振り向き、揺り籠の異変に気づいた。
「あ! 弟が起きた!」
煤で少し汚れた顔が目の前で拡大される。タコだらけの人差し指が、俺の頬を優しくつついた。
「見て、お母さん! この子、絶対うちで一番賢いよ!」
女性が微笑み、そっと俺を抱き上げる。
奇妙な感触だった。
包み込まれるような体温。前世、冷めたデリバリー飯を食いながらモニターと向き合っていたエンジニアにとって、それは定義されていないデータストリームだった。
温かく、そして高周波だ。
「ふん、痩せっぽちだ。俺には似てない」
ブレイクと呼ばれた男が背を向け、規格外の鉱石を品定めするような目で俺を見た。
「我ら『ストーム・アイアンソーン』家の男なら、生まれながらにハンマーを握ってるべきだ」
「お父さん! まだ生まれたばっかりじゃない!」
アイリーンが胸を張る。
「大きくなったらお父さんより強くなるもん!」
「目つきは面白いな。冷静で、泣き虫じゃなさそうだ」
トールも顔を近づけてきた。
だがその時、赤ん坊の注意リソースは、すでにこれらNPCから完全に外れていた。
俺の視覚フォーカスは、壁に掛けられた「ある物体」に釘付けになっていた。
それは一振りの戦斧だった。
黒ずんで巨大で、刃には歳月を物語る刃こぼれがある。
だがエンジニアの目には、そんな物理的外観はどうでもよかった。
重要なのは、柄と刃の接合部に埋め込まれた、ひび割れたサファイアだ。
俺の網膜上では、それが発光していた。
いや、単なる光学的反射ではない。データの流動だ。
その宝石の内部で、スリープ状態のPCのように、微弱だが規則的なランプが点滅している。
魂の奥底で低い唸りが響く。まるで深層のプロトコルが覚醒するように。
エンジニアとしての本能が、赤ん坊の生理的限界を凌駕した。
深刻な遅延を起こす体に鞭打ち、震えるピンク色の小さな手を、その戦斧へと向けた。
「あ……うー!」(よこせ……それを!)
母のサラが少し驚いたように瞬きする。
「あら? あれを見ているの?」
「あれは鉄棘家の象徴、ストームアックスだ」
ブレイクの声色が少し和らいだ。大股で壁に歩み寄り、戦斧を手に取る。極めて重いはずの斧が、彼の手には羽のように軽い。
彼は戦斧を赤ん坊の目の前に掲げ、自嘲気味に口角を上げた。
「こいつ、手もまともに上げられんくせに、これに触りたいのか? ふん……面白い」
「ほら! やっぱりアーガスは見る目がある! すごい戦士になるよ!」
アーガス。
魂がわずかに震えた。
この雑然とした環境データの中で、俺が検索した最初の重要タグ。
アーガス・アイアンソーン。
この体の名前、そしてこの世界における俺の識別ID。
近い。
父が戦斧を近づけると、ついに宝石の全貌が見えた。
表面には蜘蛛の巣のような細かい亀裂が走っている。
だがその幽玄な青の奥底で、光が緩やかに流動していた。千年の眠りについた血流のように、あるいは……入力指令を待っているかのように。
俺は指を伸ばし、それに触れた。
その瞬間、世界が変質した。
温かい細流がアーガスの体内から本能的に湧き出す。それは俺の魔力だ。
だが、この赤ん坊の体にはまだ制御できない、未知のエネルギーソースに過ぎない。
その未知のエネルギーが指先を通じて宝石に注入された瞬間、目の前の光景が解体された。
俺が見たのは魔法元素ではない。俺が見たのは……回路図!?
いや、それに酷似したものだ。
亀裂はランダムな破損ではなかった。それは無数の魔力回路によって編み上げられた、立体的なネットワークだ。
層を成して重なり合い、整然としていて、幾何学的な美しさに満ちている。
魔力はラインに沿って流れ、分岐点に達する――それは論理ゲート(ロジックゲート)だ。入力がAなら出力B、そうでなければC。
これはオカルトじゃない。
魔法じゃない、論理だ!
アーガスの魂が戦慄した。
この剣と魔法の世界で、俺は最下層のロジックとプログラミング言語の驚くべき同型性を発見してしまった!
つまり、前世の知識は無用なゴミデータではなく、この世界における最高レベルの管理者権限だということだ!
しかし、俺の「探針」が宝石のコアに達した時、滑らかだったデータストリームが突然途絶えた。
青い光は最も深く、暗い亀裂の箇所で壁に衝突し、明滅し、そして消えた。
アーガスは眉をひそめた。問題箇所を「視認」したからだ。
その最深部の亀裂が、メイン回路を切断している。
基板のメインバスが焼き切れ、エネルギー供給が遮断されている状態だ。
これは神秘的な呪いでも封印でもない。ただの忌々しいハードウェア故障だ! このラインさえバイパスできれば……。
「このチビ……本気で触ってやがる」
ブレイクの声がアーガスの思考を中断させた。父は息子の集中した表情を、複雑な目で見つめていた。
傍らでしゃがみこんでいたトールが、爪の間の錆をほじりながら、場違いな嘲笑を漏らした。
「親父、からかうなよ。その斧、俺がガキの頃からあるけど、何にもなりゃしねえ。刃も鈍らだしな。それに魔力も通さない、ただの鉄屑だろ!」
その言葉は焼き入れされた鉄槌のように、ブレイクの胸を強打した。
空気が凍りつく。
ブレイクは弾かれたように手を引いた。戦斧が彼の手の中で鈍い音を立てる。
「鉄屑だと?!」
雷鳴のような怒号が、暖炉の炎さえも揺らした。
「これは鉄屑ではない! 『ストーム・サンダーアックス』だ! 我ら『ストーム・アイアンソーン』家の象徴だ!」
アーガスは父の怒りの中に、深く重いデータの波動を感じ取った。
それは絶望だ。起動しないスーパーコンピューターを抱えながら、周囲からは「レンガを抱いている」と嘲笑される無力感。
母サラの顔色が変わり、無意識にアーガスを抱く腕に力がこもる。爪が肌に食い込むほどに。
「ブレイク、やめて!」
彼女の声から優しさが消えた。
「どうしてもその名前を叫ばなきゃいけないの? 過去はもう終わったことでしょう!」
「終わっただと?」
彼は一歩踏み出し、太い指で戦斧を握りしめた。
「お前たちがそうやって『過去』にするから、ドワーフの誇りが土に埋もれるんだ! 俺の先祖は、この斧でドラゴンの首を落とした! ストーム・アイアンソーン家は、ドワーフ山王配下の大将軍だったんだ! この斧は嵐と雷を呼び、無敵だった!」
彼の声は次第に低くなり、老成した重みが混じり始めた。
「……だが今は、確かに基礎的な魔力すら通さない。トールの言う通りだ。目覚めさせられない者の手にあっては、ただの廃品だ」
彼は背を向け、戦斧を壁に戻そうとした。その動作には諦めが満ちていた。
違う! アーガスは心の中で叫んだ。
持って行くな! 解析はまだ終わっていない! エラー箇所は特定したんだ!
もう少し時間をくれ、代替案をテストさせてくれ……!
これは廃品じゃない、修復待ちの精密機器だ! この世界に来て初めて出会ったタスクであり、俺が俺であることの唯一の証明なんだ!
焦燥の中、彼にはこの赤ん坊の肉体しかない。元エンジニアの怒りを表現するには、最も原始的な手段しかなかった。
彼は小さな手を虚空へ伸ばした。
「ウワァァァァ――!!!」
その泣き声は大きく、悲痛で、「プロジェクトの強制終了」に対する抗議に満ちていた。
空腹でも、オムツの不快感でもない。純粋な焦燥。
サラの手が止まった。彼女はアーガスの涙に濡れた大きな瞳と、頑固に戦斧へと伸ばされた小さな手を見つめた。
「あの子……本当にあれが欲しいみたい」
アイリーンが小声で言った。
ブレイクはその場に立ち尽くし、手の中の重い戦斧と、張り裂けそうな声で泣く末息子を交互に見た。
「こいつ、この……鉄屑が欲しいのか?」
「あげてちょうだい、ブレイク」
サラはため息をつき、しかし断固とした口調で言った。
「包んであげて。あの一番分厚い布を使って」
――
少しして。
家族の誇りであり恥辱でもある家宝、ストーム・サンダーアックスは、厚手の綿布で幾重にも包まれ、不格好な綿の塊と化した。唯一、あの青いコアだけが露出している。
それは揺り籠の中に、アーガスに寄り添うように置かれた。
アーガスの泣き声がピタリと止む。
彼の小さな手が冷たい宝石に触れる。胸の中に巨大な安堵感が広がった。これは単なる玩具ではない。俺のワークベンチだ。
サラが身をかがめ、優しく彼を叩きながら、古いドワーフの子守唄をハミングし始めた。
「眠れ、眠れ、小さな火種……最初の種は、お前の手の中で芽吹く……」
その優しい歌声の中で、アーガスは目を閉じた。だが、思考はかつてないほど覚醒していた。
彼の意識は、形なきデータストリームとなって、再びあの青いサファイアの内部へとダイブしていく。
周囲には温かい家族。耳には父の重い寝息。
そして彼の魂は、あの断裂した論理ゲートの前に立ち、袖をまくり上げていた。
(プロジェクト:ストームアックス修復)
(ステータス:再起動)
この狭い揺り籠の中で、世界から忘れ去られた片隅で。
異界の工匠の伝説は、正式に最初の一行を打ち込んだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
台湾出身の作者です。
職人が伝説級の道具を鍛え上げるためには、
技術だけでなく、赤々と燃える「炉の火」が不可欠です。
私にとって、皆様からの応援と☆☆☆☆☆評価こそが、
この物語(アイアンソーン工房)を燃え上がらせる最高の燃料となります。
ぜひ下にある【★★★★★】をタップして、
アイアンソーン工房に火をくべてやってください!
それでは、次の章でお会いしましょう!




