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第一章:檻と囁き

 意識が暗闇の淵から、ゆっくりと再起動する。


 まるで、シャットダウンしたサーバーを修復しているかのようだ。

 前世におけるベテランプログラマの残滓。

 それが本能的に最初のコマンドを発した。


(現状を分析せよ)


 だが、返ってきたのは文字化けしたエラーだけだった。


 思考を言語に変換しようと試みる。

 しかし、この幼い器から出力されたのは、無力で途切れ途切れの鳴き声だけだった。


「あー……うー……」


 恐怖が津波のように理性を飲み込んだ。


 これは小説にあるような温かな転生ではない。

 紛れもない「システム非互換エラー」による破綻だ。


 手足を動かそうとする。


 だが、脳からの命令信号が神経の途中で断絶している。

 体は綿のようにふらふらで、意志による制御を全く受け付けない。


(三十年前の旧式PCで、最新のAAAタイトルを無理やり動かしているようなものだ)


 ハードウェアの性能とソフトウェアの論理。

 その絶望的な落差に、意識が悲鳴を上げた。


 無理やり目を開けた。


 視界は歪み、ぼやけた光の塊に過ぎない。

 グラフィックボードが完全に破損し、壊れた色塊だけをレンダリングしているようだ。


 だが、言葉にならない苦痛の中で、感覚データが徐々に同期を始めた。


 鼻をつくのは、濃い煤の匂いと、冷えた金属の血生臭さ。


 遠くからハンマーを叩く音が響く。

 リズムは一定で、古めかしいメトロノームのようだ。


 彼は揺り籠の中にいた。

 原木の香りがする。


 木目には凹凸のあるルーン文字が刻まれていた。


 異界の魂である彼には、それが芸術的な装飾には見えなかった。

 コンパイルされていない、論理破綻したソースコードの羅列に見える。


 体の下にある羊毛の毛布は厚手だが、赤ん坊の柔肌には刺激が強すぎる。

 繊維の一本一本が、まるで紙やすりのように感じられた。


 部屋は重厚な灰色の石で造られている。

 暖炉の炎がパチパチと音を立てて薪を貪っていた。


 揺らめく火光が、壁に掛けられた黒ずんだ戦斧を照らす。

 傷だらけの斧は、頑固に赤い光を反射していた。


 ギィィ――。


 耳障りな蝶番の音が、観察プロセスを中断させた。

 騒々しい言い争いが室内に流れ込んでくる。


「アイリーン! 何度言ったらわかるんだ。市場へ勝手に行くなと!」


 雷のように太い声。

 鼓膜が痛むほどの音量だ。


 暖炉の光を遮るように、巨大な影が立っていた。


 逞しい男だ。

 手には作りかけの短剣が握られている。

 体からは汗と鉄鉱の混じった塩辛い匂いが漂ってきた。


 その対面では、十歳くらいの少女が怯むことなく顔を上げている。

 瞳には不服そうな光が宿っていた。


「勝手に行ってないもん! 私は……ただ、山麓に珍しい鉱石がないか見に行っただけで!」


 少女は腰に手を当てた。

 吊るされた小さな短剣が、その動きに合わせて揺れる。


 揺り籠の中の魂は、この「システム競合コンフリクト」を冷ややかに見つめていた。


 コードの世界なら、これは無限ループに陥る致命的なバグだ。

 だが、この現実世界では――。


(これが「家族」というやつか)


「いい加減になさい、二人とも」


 優しくも、疲れを帯びた声が響く。


 一人の女性が揺り籠に近づき、嵐を鎮めようとした。


「ブレイク、アイリーンは好奇心が強いだけよ。アイリーンも、お父さんを怒らせるようなことは控えて」


「姉貴、外に出たいならバレないようにやれよ。俺を見習えって」


 扉のそばに寄りかかった少年が、揶揄うように鼻を鳴らした。


 言い争いの最中、少女が勢いよく振り返り、揺り籠へと駆け寄ってきた。


「あっ! 弟が起きてる!」


 彼女は顔を近づけ、豆だらけの人差し指で赤ん坊の頬をつつく。


「見て、すごく可愛い! お母さん、この子はきっと家で一番賢くなるわ!」


 女性が微笑んだ。

 優しく赤ん坊を抱き上げる。


 包み込まれるような体温。

 前世で孤独なエンジニアだった彼にとって、それは未知の体験だった。


「ふん、こいつは色が白すぎる。俺には似てねえな」


 ブレイクと呼ばれた男が振り返る。

 その目は、規格外の鉱石を選別するかのように鋭い。


「我ら『ストーム・アイアンソーン』家の男は、生まれながらにハンマーを握っているべきだ」


「お父さん! 生まれたばかりじゃない!」


 少女が胸を張る。


「大きくなったら、きっとお父さんより強くなるわ!」


 少年も顔を覗き込んできた。

 指先に残る金属の匂いが、赤ん坊の鼻腔をくすぐる。


「こいつの目、なかなか面白いな。随分と落ち着いてやがる」


 その時、赤ん坊の注意は壁の戦斧に釘付けになっていた。


 彼の目には、斧の柄に刻まれたルーンが脈動して見えたのだ。

 紅い光が血管のように走っている。


 魂の奥底で囁き声が聞こえた。

 まるで、深層プロトコルが覚醒していくかのように。


 彼は全身の力を振り絞り、震える小さな手を戦斧へと伸ばした。


「あー……うー!」


 女性は一瞬きょとんとして、息子の視線を追った。


「あら? あれを見ているの?」


「あれはアイアンソーン家の象徴、ストームアックスだ」


 ブレイクの声色が少し和らぐ。


 彼は大股で壁際へ歩き、戦斧を取り外すと、赤ん坊の目の前に掲げてみせた。


「この小僧、手もまともに動かせねえくせに、これに触りたいのか? ふん……肝が据わってやがる」


「ほら! アーガスは見る目があるって言ったでしょ!」


 少女が興奮して手を叩く。


「将来は凄い戦士になるわ!」


 アーガス。


 魂が微かに震えた。


(アーガス・アイアンソーン)


 この雑然とした環境データの中で検出された、最初の重要なタグ。

 この肉体の名前。

 そして、この世界における識別ID。


 彼は悟った。


 あの戦斧は単なる冷兵器ではない。

 そして、赤ん坊の体に閉じ込められた異界のエンジニアである自分こそが、それを解読できる唯一の存在なのかもしれない。


 硝煙の匂いと、家族の温もりが満ちる石造りの家。


 アーガスの人生は、今ここで正式に『起動ブート』した。


 今回、彼はモニター越しの観測者ではない。

 この伝説の、心臓ハートなのだ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

台湾出身の作者です。


職人が伝説級の道具アイテムを鍛え上げるためには、

技術だけでなく、赤々と燃える「炉の火」が不可欠です。


私にとって、皆様からの応援と☆☆☆☆☆評価こそが、

この物語(アイアンソーン工房)を燃え上がらせる最高の燃料となります。


ぜひ下にある【★★★★★】をタップして、

アイアンソーン工房に火をくべてやってください!


それでは、次の章でお会いしましょう!

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最後まで読んでいただき、ありがとうございます。 台湾出身の作者です。 職人が伝説級の道具(アイテム)を鍛え上げるためには、 技術だけでなく、赤々と燃える「炉の火」が不可欠です。 私にとって、皆様からの応援と☆☆☆☆☆評価こそが、 この物語(アイアンソーン工房)を燃え上がらせる最高の燃料となります。 ぜひ下にある【★★★★★】をタップして、 アイアンソーン工房に火をくべてやってください! それでは、次の章でお会いしましょう!
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