表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/37

第十五章:プライドの灰(アッシュ・オブ・プライド)-2

 翌日。深火ディープファイア溶院の教室。

 高いドーム天井の反響孔が、巨獣の喉のように音を飲み込んでいる。

 ステンドグラス越しの光が、教壇に立つ『砕顎』・グラベルを照らしていた。


 厳格を絵に描いたような老ドワーフ。白髭を蓄え、眼光は鋭い。

 彼は採点を終えた羊皮紙の束を手に、重々しい足取りで教壇に上がった。

 教室は重苦しい空気に包まれ、生徒たちは緊張を隠すように俯いている。


「トール・アイアンソーン」


 教師の声が響く。反響孔がその名を三回繰り返し、審判の鐘のように教室を揺らした。

 トールはビクリと震え、狩人に狙われたウサギのように、ゆっくりと顔を上げた。

 怒号を覚悟して。


 だが、彼が見たのは。

 あの鉄仮面のようなグラベルの顔に浮かぶ、隠しきれない驚愕と、賞賛の輝きだった。


 教師はくるりと背を向け、チョークを手に取った。

 巨大な黒板に、一筆一筆、あの『台形ホゾ』と『スナップフィット』の構造図を完璧に書き写していく。

 カッカッカッ、というチョークの音が、鉄床を叩くハンマーのように響く。


 書き終えると、彼は解剖学的な狂熱を宿した目で、教室全体を見回した。


「諸君、よく見ろ」


 その声は単なる称賛ではない。新大陸を発見した探検家のような、冷たい情熱が宿っていた。


「君たちの大半は、トール自身も含めて、最初の解答として『くさびホゾ』を提出した。よろしい。伝統的だ。だが、あれは何だ? あれは『手技わざ』だ。その成否は、職人の勘と、長年の研鑽けんさんに依存する。あれは芸術であり、完全な模倣は不可能だ」


 彼はチョークで『台形ホゾ』を激しく叩いた。粉が舞う。


「だがこれは! これは手技ではない! 『ことわり』だ! 数学だ! 寸法通りに切り出しさえすれば、百年の熟練工だろうが、今日入った見習いだろうが、ほぼ完全に同一のロック効果を得られる! 『人の手』への依存を排除しているのだ!」


 チョークが『スナップフィット』へと移動する。彼の目の炎はさらに燃え上がる。


「そしてこれだ! こいつはさらに怪物だ! 職人の技巧ではなく、材料そのものの『性質タチ』を利用している! 我々ドワーフが最も研究すべき、物質の本質だ! これが何を意味するか分かるか?」


 教師の視線が全生徒を刺し貫く。教室は水を打ったように静まり返った。

 彼は一言一言、トールの魂を串刺しにするような判決を下した。


「これは、『規格きかく』と『再現性』だ。……これこそが、我々ドワーフ工芸の、真の未来なのだ」


 教室がどよめいた。

 クラスメートたちがトールに向ける視線。

 嫉妬、畏敬、そして畏怖。


 トールは席で、顔を灼熱させたまま硬直していた。

 心臓が早鐘を打つ。

 周囲のざわめきも、教師の絶賛も、遠い世界の出来事のように聞こえる。耳鳴りだけが鋭い。


 喉が見えない手に締め上げられている。呼吸ができない。

 視界の端が黒く霞む中、黒板に描かれた――弟が落書きのように描いた――二つの図形だけが、悪魔の紋章のように鮮明に見えた。


 文字、歴史、言語学……自分の苦手な分野でアーガスに負けるのは、まだ許容できた。

 自分には鉄床がある。戦鎚ウォーハンマーがある。血に流れる職人の誇りがある。

 そう自分を慰めてきた。


 だが今、ドワーフの大師マスターが宣告したのだ。

 お前が守ってきたものは、時代遅れの「手芸」に過ぎない。

 未来は、お前が「教育」しているはずの弟が定義した、「複製可能な原理」にあるのだと。


 何も、残らなかった。


「トール!」


 グラベルの声が、再び弔鐘のように響く。


「立ちなさい。みんなによく顔を見せるんだ! 今日から、君たちが目指すべき手本は彼だ!」


 トールは衆人環視の中、操り人形のようにゆっくりと立ち上がった。

 視線は黒板の図形に釘付けになったまま。

 拳を握りしめ、爪が掌に食い込む。

 その鋭い痛みだけが、彼がその場で崩れ落ちるのを防ぐ唯一のアンカーだった。

 彼は自分が、裸で舞台中央に立たされたピエロのように感じていた。

 自分のものではない王冠を戴くための、戴冠式。


 放課後。

 トールは生ける死人のように帰路についた。

 通り過ぎる学友たちの賞賛や嫉妬の視線は、彼には意味のない雑音として処理された。


 足取りは重い。一歩一歩が、自分の残骸を踏みしめているようだ。

 遠くでアイアンピーク山脈が低く唸る。彼の無力を嘲笑うかのように。

 夕日が石畳を血の色に染め、彼の影を長く伸ばす。引き裂かれた魂の痕跡のように。


 家のドアを開ける。居間には誰もいない。

 暖炉の残り火。シチューの匂い。

 アーガスは不在だ。机の上には、あの開きっぱなしの『魔力回路概論』だけが残されている。


 トールは入り口で立ち止まり、その本を一瞥した。胸に走る激痛。

 彼は泥のような足取りで自室へ入り、ドアを閉めた。

 バタン。

 その音は、棺の蓋が閉じる音に似ていた。


 彼は鞄から、満点の評価を受けた羊皮紙を取り出した。

 『台形ホゾ』と『スナップフィット』の図面が目に痛い。

 教師の赤い称賛コメントは、彼を嘲笑う鞭の跡のようだ。


 怒りはない。

 彼は無言で、几帳面に、その虚飾の栄光が記された紙を折り畳んだ。

 小さく、小さく。

 彼は暖炉に近づき、しゃがみ込み、その紙屑を残り火の中へと放り込んだ。


 ボッ。


 炎が紙を舐め、二つの「天才的設計」と教師の賛辞を、等しく飲み込んでいく。

 ゆっくりと黒く丸まり、灰へと変わるのを見つめる。


 彼は立ち上がった。その目は空洞だ。

 魂が空っぽになった者の目。


 彼は部屋を出て、寝室には戻らず、夜の闇に沈む工房へと潜入した。

 炉は消えている。煤と錆の冷たい匂い。

 トールは火を点け、ふいごを引いた。炎が彼の死んだような顔を照らし出す。


 彼は棚から、八歳の誕生日に父から贈られた「最初の鍛造ハンマー」を手に取った。

 手汗で磨き上げられた木の柄。彼の全ての夢と誇りを支えてきた相棒。


 彼は鉱石を手に取らなかった。

 ただの無意味な鉄クズを鉄鋏ヤットコで掴み、燃え盛る炉心へと放り込んだ。

 鉄が赤熱する。

 トールはそれを鉄床に置き、そして、ハンマーを振り上げた。


 ガァァァァン!!


 鼓膜を破るような打撃音。

 彼は全身全霊の力で、全ての苦痛、屈辱、絶望を、その哀れな鉄塊に叩き込んだ。


 ガァン! ガァン! ガァン!


 彼は疲れを知らず叩き続けた。

 汗が雨のように滴り落ち、熱い鉄床の上で白い蒸気となって消える。

 これは創造ではない。

 これは、彼自身の誇りに対する、炎と汗にまみれた野蛮な火葬式だ。


 やがて体力の限界が訪れ、ハンマーを振り上げられなくなるまで。

 炉の熱と激しい衝撃を受け続けたハンマーの頭部は、すでに高熱を帯び、赤く変色していた。


 彼は夢遊病者のように、その灼熱し、全ての絶望を吸い込んだハンマーを持って、冷却用の井戸へ歩いた。

 手を、離す。


 ジュウウウウウウウ――――ッ……。


 水面が悲鳴を上げ、濃密な白煙が立ち昇る。

 不本意な魂の嘆きのようだ。


 蒸気が晴れた後、トールは井戸の底に沈んだハンマーを見下ろした。

 極端な熱衝撃により、ハンマーの表面には、新しい、微細な亀裂が走っていた。


 その亀裂の形は。

 皮肉にも、今日の午後、黒板に描かれていたあの『台形ホゾ』の形に、酷似していた。


 トールは背を向け、闇の中に消えた。


 背後で、工房の静寂がかつてない重さで降りてきた。

 炉の爆ぜる音さえ消え失せた真空のような死寂。


 今夜。

 アイアンソーン家の工房で、一人の職人の誇りが死んだ。

 墓標はない。

 ただ、余熱を残す鉄床だけが、すべてを無言で見つめていた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

台湾出身の作者です。


職人が伝説級の道具アイテムを鍛え上げるためには、

技術だけでなく、赤々と燃える「炉の火」が不可欠です。


私にとって、皆様からの応援と☆☆☆☆☆評価こそが、

この物語(アイアンソーン工房)を燃え上がらせる最高の燃料となります。


ぜひ下にある【★★★★★】をタップして、

アイアンソーン工房に火をくべてやってください!


それでは、次の章でお会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。 台湾出身の作者です。 職人が伝説級の道具(アイテム)を鍛え上げるためには、 技術だけでなく、赤々と燃える「炉の火」が不可欠です。 私にとって、皆様からの応援と☆☆☆☆☆評価こそが、 この物語(アイアンソーン工房)を燃え上がらせる最高の燃料となります。 ぜひ下にある【★★★★★】をタップして、 アイアンソーン工房に火をくべてやってください! それでは、次の章でお会いしましょう!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ