第十五章:プライドの灰(アッシュ・オブ・プライド)-2
翌日。深火溶院の教室。
高いドーム天井の反響孔が、巨獣の喉のように音を飲み込んでいる。
ステンドグラス越しの光が、教壇に立つ『砕顎』・グラベルを照らしていた。
厳格を絵に描いたような老ドワーフ。白髭を蓄え、眼光は鋭い。
彼は採点を終えた羊皮紙の束を手に、重々しい足取りで教壇に上がった。
教室は重苦しい空気に包まれ、生徒たちは緊張を隠すように俯いている。
「トール・アイアンソーン」
教師の声が響く。反響孔がその名を三回繰り返し、審判の鐘のように教室を揺らした。
トールはビクリと震え、狩人に狙われたウサギのように、ゆっくりと顔を上げた。
怒号を覚悟して。
だが、彼が見たのは。
あの鉄仮面のようなグラベルの顔に浮かぶ、隠しきれない驚愕と、賞賛の輝きだった。
教師はくるりと背を向け、チョークを手に取った。
巨大な黒板に、一筆一筆、あの『台形ホゾ』と『スナップフィット』の構造図を完璧に書き写していく。
カッカッカッ、というチョークの音が、鉄床を叩くハンマーのように響く。
書き終えると、彼は解剖学的な狂熱を宿した目で、教室全体を見回した。
「諸君、よく見ろ」
その声は単なる称賛ではない。新大陸を発見した探検家のような、冷たい情熱が宿っていた。
「君たちの大半は、トール自身も含めて、最初の解答として『楔ホゾ』を提出した。よろしい。伝統的だ。だが、あれは何だ? あれは『手技』だ。その成否は、職人の勘と、長年の研鑽に依存する。あれは芸術であり、完全な模倣は不可能だ」
彼はチョークで『台形ホゾ』を激しく叩いた。粉が舞う。
「だがこれは! これは手技ではない! 『理』だ! 数学だ! 寸法通りに切り出しさえすれば、百年の熟練工だろうが、今日入った見習いだろうが、ほぼ完全に同一のロック効果を得られる! 『人の手』への依存を排除しているのだ!」
チョークが『スナップフィット』へと移動する。彼の目の炎はさらに燃え上がる。
「そしてこれだ! こいつはさらに怪物だ! 職人の技巧ではなく、材料そのものの『性質』を利用している! 我々ドワーフが最も研究すべき、物質の本質だ! これが何を意味するか分かるか?」
教師の視線が全生徒を刺し貫く。教室は水を打ったように静まり返った。
彼は一言一言、トールの魂を串刺しにするような判決を下した。
「これは、『規格』と『再現性』だ。……これこそが、我々ドワーフ工芸の、真の未来なのだ」
教室がどよめいた。
クラスメートたちがトールに向ける視線。
嫉妬、畏敬、そして畏怖。
トールは席で、顔を灼熱させたまま硬直していた。
心臓が早鐘を打つ。
周囲のざわめきも、教師の絶賛も、遠い世界の出来事のように聞こえる。耳鳴りだけが鋭い。
喉が見えない手に締め上げられている。呼吸ができない。
視界の端が黒く霞む中、黒板に描かれた――弟が落書きのように描いた――二つの図形だけが、悪魔の紋章のように鮮明に見えた。
文字、歴史、言語学……自分の苦手な分野でアーガスに負けるのは、まだ許容できた。
自分には鉄床がある。戦鎚がある。血に流れる職人の誇りがある。
そう自分を慰めてきた。
だが今、ドワーフの大師が宣告したのだ。
お前が守ってきたものは、時代遅れの「手芸」に過ぎない。
未来は、お前が「教育」しているはずの弟が定義した、「複製可能な原理」にあるのだと。
何も、残らなかった。
「トール!」
グラベルの声が、再び弔鐘のように響く。
「立ちなさい。みんなによく顔を見せるんだ! 今日から、君たちが目指すべき手本は彼だ!」
トールは衆人環視の中、操り人形のようにゆっくりと立ち上がった。
視線は黒板の図形に釘付けになったまま。
拳を握りしめ、爪が掌に食い込む。
その鋭い痛みだけが、彼がその場で崩れ落ちるのを防ぐ唯一のアンカーだった。
彼は自分が、裸で舞台中央に立たされたピエロのように感じていた。
自分のものではない王冠を戴くための、戴冠式。
放課後。
トールは生ける死人のように帰路についた。
通り過ぎる学友たちの賞賛や嫉妬の視線は、彼には意味のない雑音として処理された。
足取りは重い。一歩一歩が、自分の残骸を踏みしめているようだ。
遠くでアイアンピーク山脈が低く唸る。彼の無力を嘲笑うかのように。
夕日が石畳を血の色に染め、彼の影を長く伸ばす。引き裂かれた魂の痕跡のように。
家のドアを開ける。居間には誰もいない。
暖炉の残り火。シチューの匂い。
アーガスは不在だ。机の上には、あの開きっぱなしの『魔力回路概論』だけが残されている。
トールは入り口で立ち止まり、その本を一瞥した。胸に走る激痛。
彼は泥のような足取りで自室へ入り、ドアを閉めた。
バタン。
その音は、棺の蓋が閉じる音に似ていた。
彼は鞄から、満点の評価を受けた羊皮紙を取り出した。
『台形ホゾ』と『スナップフィット』の図面が目に痛い。
教師の赤い称賛コメントは、彼を嘲笑う鞭の跡のようだ。
怒りはない。
彼は無言で、几帳面に、その虚飾の栄光が記された紙を折り畳んだ。
小さく、小さく。
彼は暖炉に近づき、しゃがみ込み、その紙屑を残り火の中へと放り込んだ。
ボッ。
炎が紙を舐め、二つの「天才的設計」と教師の賛辞を、等しく飲み込んでいく。
ゆっくりと黒く丸まり、灰へと変わるのを見つめる。
彼は立ち上がった。その目は空洞だ。
魂が空っぽになった者の目。
彼は部屋を出て、寝室には戻らず、夜の闇に沈む工房へと潜入した。
炉は消えている。煤と錆の冷たい匂い。
トールは火を点け、ふいごを引いた。炎が彼の死んだような顔を照らし出す。
彼は棚から、八歳の誕生日に父から贈られた「最初の鍛造ハンマー」を手に取った。
手汗で磨き上げられた木の柄。彼の全ての夢と誇りを支えてきた相棒。
彼は鉱石を手に取らなかった。
ただの無意味な鉄クズを鉄鋏で掴み、燃え盛る炉心へと放り込んだ。
鉄が赤熱する。
トールはそれを鉄床に置き、そして、ハンマーを振り上げた。
ガァァァァン!!
鼓膜を破るような打撃音。
彼は全身全霊の力で、全ての苦痛、屈辱、絶望を、その哀れな鉄塊に叩き込んだ。
ガァン! ガァン! ガァン!
彼は疲れを知らず叩き続けた。
汗が雨のように滴り落ち、熱い鉄床の上で白い蒸気となって消える。
これは創造ではない。
これは、彼自身の誇りに対する、炎と汗にまみれた野蛮な火葬式だ。
やがて体力の限界が訪れ、ハンマーを振り上げられなくなるまで。
炉の熱と激しい衝撃を受け続けたハンマーの頭部は、すでに高熱を帯び、赤く変色していた。
彼は夢遊病者のように、その灼熱し、全ての絶望を吸い込んだハンマーを持って、冷却用の井戸へ歩いた。
手を、離す。
ジュウウウウウウウ――――ッ……。
水面が悲鳴を上げ、濃密な白煙が立ち昇る。
不本意な魂の嘆きのようだ。
蒸気が晴れた後、トールは井戸の底に沈んだハンマーを見下ろした。
極端な熱衝撃により、ハンマーの表面には、新しい、微細な亀裂が走っていた。
その亀裂の形は。
皮肉にも、今日の午後、黒板に描かれていたあの『台形ホゾ』の形に、酷似していた。
トールは背を向け、闇の中に消えた。
背後で、工房の静寂がかつてない重さで降りてきた。
炉の爆ぜる音さえ消え失せた真空のような死寂。
今夜。
アイアンソーン家の工房で、一人の職人の誇りが死んだ。
墓標はない。
ただ、余熱を残す鉄床だけが、すべてを無言で見つめていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
台湾出身の作者です。
職人が伝説級の道具を鍛え上げるためには、
技術だけでなく、赤々と燃える「炉の火」が不可欠です。
私にとって、皆様からの応援と☆☆☆☆☆評価こそが、
この物語(アイアンソーン工房)を燃え上がらせる最高の燃料となります。
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アイアンソーン工房に火をくべてやってください!
それでは、次の章でお会いしましょう!




