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第十四章:麻痺した看守(ナム・ジェイラー)

 それは、ありふれた夕食後の風景だった。


 庭から差し込む夕日の残滓が、リビングの石壁に長い影を落としている。

 テーブルにはシチューの香りが残り、アイリーンが冒険者ギルドでの見習い体験を興奮気味に語っていた。


「今日ね、新しい技を覚えたの! 短剣で矢を弾くのよ(パリィ)、超カッコイイでしょ!」


 ブレイクは黙ってエールを呷り、頷いた。


「悪くないな、娘よ。だが覚えておけ、冒険は遊びじゃないぞ」


 サラが食後の湯を持ってくる。その優しい瞳が、子供たちの様子を一人一人確かめるように見渡していく。


 そして突然、彼女はトールの薄汚れたノートと、アーガスの専門書記官のように整然とした練習帳を、テーブルの上に並べて広げた。


 トールのノートは端が捲れ上がり、インクの染みが散っている。

 対するアーガスの筆跡は、彫刻刀で刻んだように精密で、滑らかだった。


 サラはため息をついた。そこには「鉄は熱いうちに打てなかった」という諦めと苛立ちが混じっていた。


「ブレイク、これを見て! トールったら、もうこんなに大きいのに、ミミズがのたうち回ったような字しか書けないのよ! 弟を見てごらんなさい。こんなに綺麗で、几帳面な字を書くのよ? 少しは見習えないの?」


 トールの顔色が、瞬時に茹でダコのような赤黒さに変わった。

 フォークを握る手が震え、関節が白くなる。

 カチカチと、フォークが皿を引っ掻く不快な音が響く。


 リビングの空気が凍りついた。

 アイリーンの笑顔が強張り、ブレイクのパイプを持つ手が止まる。

 トールは反論しようと口を開きかけたが、喉に鉄塊が詰まったように言葉が出ない。


 ドワーフ文字は本来、豪快で直線の多い構造をしている。手首の安定性と空間把握能力に優れた者が書けば美しい。

 そしてアーガスの手は、数十年にも及ぶ製図ドラフティングとコーディングの経験を持つ魂によって制御ドライブされている。

 美しくて当然なのだ。


 だが、十四歳の誇り高いドワーフ少年にとって、それは理由にはならない。

 これは、ただの屈辱だ。


 彼は皿を睨みつけた。肉汁が照明を反射し、彼を嘲笑うかのように光っている。

 彼は奥歯を噛み締める。内なる咆哮が渦巻く。


(なんで……なんでいつも俺なんだ? なんで俺があいつを見習わなきゃならねぇ?)


 この公開処刑は、もはや日常茶飯事となっていた。

 トールの怨嗟は、炉で叩き続けられる鉄塊のように、何度も折り畳まれ、圧縮され、密度を増していく。

 そしてそれは、熱を失い、冷たく硬い殺意へと変わっていった。


 半年後。


 リビングの気圧は、暴風雨の前触れのように低く安定していた。


 アーガスは分厚い歴史書を静かにめくっている。ページは古く黄ばんでいる。

 トールは対面に座り、腕を組み、虚ろな目で窓の外を凝視していた。

 サラの編み棒が立てるカチッ、カチッという硬質なリズムだけが、部屋の時間を刻んでいる。


 トールは教科書を放り出したまま、魂が抜けたように座っていた。

 対話はない。会話は途絶えている。

 彼の怒りは摩耗し尽くし、そこには「無感覚」だけが残っていた。


 目を閉じ、嗅覚を研ぎ澄ませて、遠くの工房から漂う石炭と鉄錆の匂いを探す。

 そこだけが、彼が生きていると感じられる唯一の場所だった。

 この授業は、とっくの昔に魂の抜けた儀式へと成り下がっていた。


 一年後。アーガス、七歳。


 彼は読んでいた典籍を軽やかに閉じ、即座に次の本――より難解な『古代錬金術概論』――を引き抜いた。

 ページを開き、口元に微かな笑みを浮かべる。

 それは彼にしか理解できない、学者の(アカデミックな)笑み。


 その笑みは、細い針のようにトールの眼球を刺した。

 彼は無意識に弟を見た。

 その視線から怨恨の色は消え、代わりに困惑と不安が走った。


 弟が何を読んでいるのか、全く理解できない。

 ページに踊る図表とルーンの羅列は、彼にとって異国の言葉のようだ。


 冷たい疎外感。

 まるで、この家に属さない「異物」を見ているような感覚。


 二年目。アーガス、八歳。


 授業中。


 彼は机に向かい、木炭ペンを高速で走らせていた。

 書いているのは文字ではない。

 一見すると毛糸が絡まったような、しかし幾何学的な美しさを持つ、複雑怪奇な魔力回路設計図スキーマ


 線の一本一本が、機械製図のように正確だ。

 ルーンの配置レイアウトには、トールには決して解読できない高度な論理ロジックが働いている。


 トールはふとそれを覗き込み、蠍に刺されたように視線を逸らした。

 背筋を駆け上がる、氷のような悪寒。


 この知性は、学校の最優秀な教師たちを遥かに凌駕している。

 彼は悟った。

 自分が監視しているのは、ただの子供ではない。

 急速に進化を続ける、正体不明の怪物なのだと。


 また別の日。


 アーガスは『孤山千年史』を閉じ、顔を上げた。

 そのあまりに澄み切った瞳は、深い井戸のように静かに兄を見つめた。


「兄さん」


 声は幼い。だがその問い(クエリ)は、氷ののみのように鋭かった。


「本にはこう書いてある。三百年前、僕たちの先祖はたったの七日間で、不落の門と謳われる『西境要塞門』を建造したって」


 トールは心ここにあらずといった様子で頷く。

 それはドワーフの子供なら誰でも暗唱できる、英雄的な叙事詩だ。


 アーガスは続ける。


「でも、『百錬精金アダマンタイト・リファイン』の記述によると、門の素材である『黒鉄岩ブラック・アイアン』は、一度の溶解ごとに十五日間の自然冷却クーリング期間を置かないと、内部構造の絶対強度が保証されないとある」


 彼は小首をかしげた。

 その目に挑発の色はない。純粋な好奇心(デバッグ精神)のみ。

 だがその純粋さは、どんな尋問よりも残酷だった。


「……なら、彼らはどうやって、冷却に十五日かかる素材を使って、七日間で門を完成させたの? 計算が合わないよ(ロジック・エラーだ)」


 トールは絶句した。

 ドワーフの栄光の礎石に、初めて無視できない亀裂が入った音がした。


 彼は記憶を探ったが、答えは見つからなかった。


 これは弟からの質問ではない。

 接触不可能な場所から、冷徹な物理法則ルールを用いてドワーフの歴史全体を監査オーディットしている「異物」からの指摘だ。


 彼は俯いた。

 声は喉に鉄錆が詰まったように乾いていた。


「……本に……本にそう書いてあるんだ」


 彼は初めて感じた。

 目の前にいるのは、世話が必要な弟ではない。

 世界そのものを解体デコンストラクションしようとしている、理解不能な観測者なのだ。


 トールの心を覆っていた麻痺という名の分厚い氷。

 その下で、恐怖という名の種子が、静かに、しかし確実に発芽していた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

台湾出身の作者です。


職人が伝説級の道具アイテムを鍛え上げるためには、

技術だけでなく、赤々と燃える「炉の火」が不可欠です。


私にとって、皆様からの応援と☆☆☆☆☆評価こそが、

この物語(アイアンソーン工房)を燃え上がらせる最高の燃料となります。


ぜひ下にある【★★★★★】をタップして、

アイアンソーン工房に火をくべてやってください!


それでは、次の章でお会いしましょう!

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最後まで読んでいただき、ありがとうございます。 台湾出身の作者です。 職人が伝説級の道具(アイテム)を鍛え上げるためには、 技術だけでなく、赤々と燃える「炉の火」が不可欠です。 私にとって、皆様からの応援と☆☆☆☆☆評価こそが、 この物語(アイアンソーン工房)を燃え上がらせる最高の燃料となります。 ぜひ下にある【★★★★★】をタップして、 アイアンソーン工房に火をくべてやってください! それでは、次の章でお会いしましょう!
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