第九章:傲慢の黄金時代(ゴールデン・エイジ)
アイアンソーン家の庭は、明媚な午後の日差しを浴びていた。
灰色の石畳に光が落ち、斑な影を映し出す様は、まるで温かな絵画のようだ。
ブレイクが地面にしゃがみ込み、その巨躯が大きな影を落としている。
彼は粗削りな鉱石を指先で摘まみ、アーガスに差し出した。その太く荒れた指は、息子の柔肌を傷つけないよう、微かに震えていた。
「見ろ、これが銅の輝きだ。いいか息子よ、鉄棘の職人は、乳離れする前から金属の『顔』を覚えなきゃならん」
その声は粗野だが、稀に見る優しさが滲んでいる。まるで戦いに勝利したかのような誇らしさだ。
父から子への継承。古く、素朴な温もりがそこにあった。
アーガスは鉱石を受け取る。小さな手が、その冷たい石を包み込んだ。
彼は一瞥した。
魔力が走査し、石の内部に異質な手触りを感じ取る。
(この石には……何か特殊な成分が隠されている?)
彼はあえて、幼児らしく無邪気に瞬きをして見せた。
そして小さな小指を伸ばし、鉱石の一角を指し示す。
「パパ、このいし、なんかヘン!」
声は甘ったるい幼児のものだが、その指摘は小刀のように正確で鋭かった。
ブレイクが呆気に取られ、粗野な顔に衝撃が走る。
彼は鉱石に顔を近づけて目を細め、やがて庭の石壁が震えるほどの大爆笑を轟かせた。
「ガハハハハ! 坊主、どうやって分かった!? こいつは廃鉱に混じってた随伴銀だ! 俺でさえ見落とすところだったぞ!」
彼はアーガスを抱き上げ、くるくると回った。
「サラ! 見ろ、この子は大地神の祝福を受けてやがる!」
キッチンからサラが出てくる。湯気の立つ蜂蜜パンを載せた盆を持っている。
甘い香りが空気中に漂っていた。
彼女は微笑んで首を振り、その瞳は慈愛の光で満ちていた。
「ブレイク、目が回っちゃうわよ」
彼女はパンを石のテーブルに置き、身を屈めてアーガスの額にキスをした。
「さあ、お食べ、ちびっ子。ママが焼いたのよ、あなたの好きなナッツ入り」
そこへアイリーンが外から訓練帰りの様子で、汗だくになって駆け込んでくる。
彼女は短剣を抜き、ぎこちなくも活気のある剣術の構えを見せた。
「弟くん、お姉ちゃんの新技を見て! ギルドで習った基礎剣術よ!」
ブン、ブン、と二回振るまでは良かったが、三回目でバランスを崩してよろめく。
ブレイクがまた大笑いする。
トールは石壁に寄りかかり、木のおもちゃを削っていた。
彼は複雑な目でアーガスを一瞥したが、やがて近づいてきて、作りかけの木馬を手渡した。
「……やるよ」
低い声。何かを隠すような不器用さ。
アーガスは石のベンチに座り、目の前の光景を眺めていた。
胸の奥に、見知らぬ温もりが込み上げてくる。
この家族は、それぞれのやり方で愛を表現している。
父の粗野な振る舞いの裏にある繊細さ。母の優しさに秘められた強さ。
姉の活発さに混じる保護欲。兄の不器用な真心。
だが、すぐにその温もりは、冷徹な優越感によって塗りつぶされた。
彼らの笑い声は、アーガスの耳には原始部族の祭りのように響いた。
自分は、高度な知識を持ってこの世界に降臨した天才だ。
この世界の魔法など、最適化を待つだけの古いシステムに過ぎない。
心の奥底で、さらに冷たい思考が静かに浮上する。
(この人たちは、本当に僕の『家族』と言えるのか?)
彼らは、この世界の原住民に過ぎない。
既定のパターンに従って生活し、思考し、反応する。
ブレイクは決まった時間に起きて鉄を打ち、サラは決まったトーンで子守唄を歌う。
アイリーンは決まった笑顔で駆け込んでくるし、トールは決まった不器用さで関心を示す。
行動パターンは予測可能。感情の出力値も計算可能。
まるで、ゲームの中に設定されたNPCのようだ。
固定されたセリフ。固定された行動。固定された愛情表現。
そして自分だけが、唯一の真実の存在。
真の意識と知性を持つ、唯一の「プレイヤー」。
この心理的な距離感は、彼に愛される喜びを与えると同時に、深淵のような孤独をもたらしていた。
アーガスの意識は、小さなベッドの中で覚醒し続けていた。
彼は父やドワーフの職人たちが、たった一つの単純な「鋭利化」のルーンを付与するために激論を交わしているのを、憐れみにも似た優越感で見下ろしていた。
彼らはまだ、手動で一行ずつコマンドを入力するような愚直な方法を使っている。
だがアーガスはすでに、一括生成、バッチ処理、さらには自己最適化の手法さえ把握していた。
ブレイクが三つの魔力回路を使って一つの「高熱」ルーンを安定させようとしている間に、アーガスの脳内では、たった一つの「直列式ブースト回路」で三倍の効果を出す青写真が完成している。
彼らの議論など、群盲が象を撫でているようなものだ。
脳内で、未来の光景が展開される。
彼には「視え」ていた。アイアンピーク山脈都市は、もはや煤煙にまみれた工房ではない。
自動化された奇跡の工場だ。
彼が設計した永久機関ベルトコンベアが、深層から鉱石を運び、自動精錬炉へと送り込む。
彼は都市の最高地点に座り、神のように、自らが創造した完璧なシステムを見下ろす。
魔法は精密な歯車のように噛み合い、エラーなく稼働する。
自分は無冠の王。
この世界は単純なパズルゲームだ。別の論理体系で解析すれば、いとも簡単に攻略できる。
その幻想は彼を陶酔させたが、同時に、足元の危険を見落とさせる原因ともなった。
四歳になった頃から。
現実は、彼が想定していなかった形で反撃を開始した。
魔力池が肥大化し、彼が「魔力のダンベル」と呼んでいた揺りかご裏のトレーニング装置が、負荷に耐えきれなくなっていたのだ。
初期症状は軽微だった。
朝起きると、骨髄から染み出すような寒気に襲われ、制御不能な震えが走る。
時折、腕が針で刺されたように痺れ、一時的に感覚を失う。
彼はそれを、幼児の身体発育の未熟さに起因する「ハードウェアの問題」だと診断し、気にも留めなかった。
だが、彼は気づいていなかった。
それが、身体からの警告であることに。
状況は悪化した。
不器用さが、四肢を侵食し始めた。
昨日までしっかり掴めていた木のカップが、何の前触れもなく手から滑り落ち、粉々になる。
平らな石畳で、左足が右足に絡まり、顔面から転倒する。
そして、マットレスの下に隠したあの鉄片。
深夜になると高熱を発し、怨霊の囁きのような微細な振動音を発するようになった。
アーガスは問題を認識した。
エンジニアとして、彼はエラーを恐れない。原因不明だけを恐れる。
彼は誇り高き論理回路をフル稼働させ、事象を解析した。
(鉄片の発熱=魔力流速の増大による摩擦熱の増加。これは順調な証拠)
(身体の異常=魔力成長速度が、肉体の許容限界を超過しつつある)
結論:
問題は「ソフトウェア(魔力)」ではなく、「ハードウェア(肉体)」の放熱性と安定性不足にある。
彼は自己の理論に基づき、「魔力流」の設計変更を行った。
毎晩、鉄片を取り出し、角度を再計算し、直角カーブを円弧に変更し、放熱用バイパスを追加する。
その作業は儀式的で、欠陥を抱えた患者に執刀する名医のように慎重だった。
修正後、異常は一時的に緩和されたように見えた。
だが、彼は気づいていなかった。
その行為は、爆発寸前の圧力鍋のバルブを、さらにきつく締め上げるようなものだったことを。
すべての「最適化」は、事態をより悪い方向へと加速させていた。
彼の自信こそが、最大の敵だった。
サラの憂慮は、静かな影のように家を覆い始めた。
深夜、彼女は音もなくアーガスの部屋に入り、氷のように冷たい息子の額に触れ、眉をひそめる。
蒸しタオルで何度も身体を拭き、揺りかごの傍らで一睡もせずに祈り続ける。
「光明神よ、どうかこの子をお守りください……」
母親の直感は、何かが決定的に狂っていることを検知していた。だが、言葉にできない。
アイリーンの関心は、不器用だが切実だった。
彼女はこっそり裏山へ入り、野ウサギや山鳥を狩り、簡単な方法で焼いて、懐に隠して持ち帰った。
焼き肉にはまだ野外の風雪の冷たさが残っていたが、彼女の手のひらは温かかった。
その頬には、木の枝で切った新しい傷が増えている。細いが、痛々しい傷だ。
「弟くん、食べな。精がつくから」
彼女は小声で囁き、肉を差し出す。
それがバレるたび、ブレイクは怒鳴り声を上げた。
「馬鹿野郎! 女の身で一人で山に入るなんざ、死にたいのか!」
彼の語気には、恐怖と心配、そして無力感が満ちていた。拳が壁を叩く。
怒鳴れば怒鳴るほど、彼がこの娘を失うことをどれほど恐れているかが伝わってきた。
「次は家に閉じ込めるぞ!」
そう言って背を向けた父の目は、潤んでいた。
トールは、そのすべてを黙って見ていた。
彼は不格好な木のおもちゃを削り続け、完成したそれをアーガスに渡す時、低く呟いた。
「姉貴に……これ以上、無理させるなよ」
その目は複雑だった。兄としての情愛と、隠しきれない不安が混在していた。
家族全員が、それぞれの方法で関心を示していた。
だが、誰も真の問題点には気づいていない。
この無力感が、家全体を不安の霧で包み込んでいた。
アーガスは割れるような頭痛に苛まれていた。
原因が特定できない。
彼の科学的論理は、自身の身体異常を前にして、初めて機能不全を起こしていた。
自ら作り上げた迷宮に迷い込んだエンジニアのように、何度デバッグしても、致命的なエラーが見つからない。
焦燥感が潮のように押し寄せる。
彼は強制的に冷静さを取り戻そうとするが、突発的な恐怖からは逃げられない。
(知識は万能ではないのか……?)
それは初めての敗北感だった。
論理だけでは解決できない問題が存在する。
アーガスは目を閉じる。
脳裏に明滅する鉄片の魔力回路図には、不吉な影が差していた。
家族の温もりに包まれたこの家で、見えない嵐が醸成されている。
そして、自分を賢いと信じて疑わないこの小さな天才は、まもなく自らの傲慢さに対する代価を支払うことになる。
だが彼はまだ知らない。
その代価が、彼の想像を絶するほど惨いものになることを。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
台湾出身の作者です。
職人が伝説級の道具を鍛え上げるためには、
技術だけでなく、赤々と燃える「炉の火」が不可欠です。
私にとって、皆様からの応援と☆☆☆☆☆評価こそが、
この物語(アイアンソーン工房)を燃え上がらせる最高の燃料となります。
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それでは、次の章でお会いしましょう!




