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ねり飴

作者: 荒井
掲載日:2025/12/17

「なあ、おっさん。これ、ほんとに喰えるのかよ」

 露店の親父に拓也が与太口をきいた。

「拓也、いいから行こうぜ」

「んだ、んだ」

 幼馴染で高校三年生の篤志と拓也の弟の隆が大声でいう。

「うっせえな。すぐに済むから待ってろって」

「拓ちゃん、いいから行こ」

 同じく幼馴染の由美子も拓也の腕をひっぱって露店の前から引きはがそうとした。

「なあ、おっさん。これ、ほんとに喰えるのかよ?」

 露店の親父はじろりと拓也をにらんで、壺の中に割り箸をつっこんだ。

「喰えねえものを売ってるわけねえずろ」

 親父は無愛想につぶやいた。

「じゃ、喰えるんだな。んじゃ、喰うか。それにしてもくせえな。なんかくそっくせえぞ」

「おめえ鼻が曲がっとりゃせんか。くそっくせえなんてことはねえずろ」

「くそっくせえもんは、くそっくせえんだよ」

「だから拓也、早く行こうぜ」

「そうだよ拓ちゃん、行こ」

「んだ、んだ」

「うっせえな。おれはこれが喰いてえんだよ。おい、おっさん、その右側の茶色いやつ一本くれ」

 拓也は白く濁ったプラスチックケースを指さしていった。

「くそっくせえなんて言ってる奴には売れねえずろ」

「なに言ってんだよ。おれは客だぞ。それに喰いてえって言ってるだろ」

「だったら新しいのをこしらえてやるずろ」

 親父は壺を左手で押さえて、割り箸をぐりぐりと動かした。

 あたりにぷーんと糞尿のような匂いが立ちこめた。

「うっ、くせえ。こりゃたまらん」

 篤志は鼻をつまんだ。

「拓ちゃん、早く……」

「わかった、つってんだろ。おい、おっさん、早くしろよ。さっさとしろ。もたもたすんな」

 親父は緩慢な動きで割り箸にねり飴を巻きつけ、じらすようにゆっくりと拓也の前に差し出した。

「三百円ずろ」

「こんなもんが三百円もするのかよ。まったく、ぼったくりもいいところじゃねえか」

「おめえみたいな餓鬼はさっさと向こうへ行くずろ」

「おー、おー、言われなくても行くよ。あばよ、糞じじい」

 拓也は参道から外れた人通りの少ない場所へ移動し、鈍く輝く街路灯の光にねり飴をかざして眺めた。

「そんなもん、ほんとに喰う気か?」

「拓ちゃん、やめたほうがいいよ」

 篤志も由美子も気味悪げにいった。

「んなこと言ったって、もう買っちまったもん。喰わなけりゃ損だろ。なあ、隆」

「んだ」

「なんだあ? んだ、が一回しかねえぞ。おまえも反対なのかよ」

 隆は下を向いてもじもじした。

「拓也、そいつはよしておいたほうがいいぞ。あの親父、胡散臭かったし、それに糞の匂いがする。ここまでにおってくるぞ」

「そこがいいんじゃねえかよ。糞のにおいがするってだけで、おれはそそられるね。ほれ、嗅いでみろよ」

 篤志と隆は顔を背けた。由美子だけはちょっと興味ありげな素振りを見せた。

「糞のにおいのするねり飴なんて、ちっとやすっとじゃお目にかかれねえぜ。これを喰わずしてなんとする」

 拓也は足を踏み出すと同時にぱくりと頬張った。

「うおっ、なんか苦い。苦いぞ」

 歩きながら拓也は顔をしかめた。

「あーあ、だから言わんこっちゃない。糞がねり込められてるんだよ。バカな奴だ。糞壺親父にひっかかりやがった」

 篤志はにやにやしていった。

「なーんてね、嘘だよ、嘘。残念だったな。ただの飴だったわ。やっぱ祭りにねり飴は欠かせないね。おおっと、こりゃうめえや。いける、いける」

 三人は顔を見合わせた。

「それ、ほんとにおいしいの? どんな味がするん?」

 由美子は拓也の口元を見つめながらいった。

「うまいよ。なんつーか、ひとことではとても言い表せない不思議な味だな。こればっかりは口に入れてみなけりゃわからん。勇気のある者だけが味わえる、いわゆる王者の食い物って感じだな」

「バカいってらあ。んなもんに王者もくそもあるか。どうせ糞だよ、糞。でなけりゃあんなにおいがするわけないだろ。それになんだかおまえの息もくさいぞ」

「においと味とは別だろ。くさくたってうまいものはうまいし。ニンニクでも喰ったと思やあいいじゃねえか。ほれ、はぁー、はぁー」

「おい、やめろ。くせえよ、くせえ」

「はぁー、はぁー」

「拓ちゃん、わたしも食べていい? ちょっとだけ舐めさせて」

「由美子、おまえまで何いってんだよ。妙なもの喰うとあとでどえらいめにあうぞ」

「篤志は黙ってろよ。おまえは喰わなくていいから。おれはこれから由美子と間接キスをするんだもんね」

 拓也は勝ち誇ったようにいって立ち止まった。

 由美子は差し出されたねり飴のさきっちょをぺろりと舐めた。

「あっ、ほんとだ。ちょっぴり苦みがあるけど、おいしい。ちゃんと飴の味がする。もっと食べたーい」

 と、由美子はがぶりとかぶりついた。

「あー、おまえ、そんなにいっぺんに頬張るなよ。すぐになくなっちまうじゃねえか」

 拓也は割り箸を由美子の口から強引に引き抜いた。

「あーあ、こんなに減っちまったよ。まあ、いいか。また買えばいいし。あっ、でもまたあのおっさんのところに行かなきゃなんねえのか。むかつくな」

 拓也は割り箸をちゅぽちゅぽと舐めながらいった。

「そうだ、由美子、おまえ買いに行ってこい。おまえが山盛り喰ったんだから」

「いやよ。だってあそこうんこくさいし、あのおじさんもなんか変だし。わたし行きたくない」

「しょうがねえな。んじゃ、隆、おまえ行ってこい」

「んだ?」

 隆は口をぽかんと開けた。

「拓ちゃん、隆くんじゃちょっと無理なんじゃない?」

「んなことねえよ。こいつはちょくちょく人の金をくすねて買い食いしてるから、買い物くらいはできるんだよ。な、隆。千円やるから三つ買ってこい」

 拓也はポケットから千円札を一枚出して隆に渡した。

「さくっと、さっさと行ってこいよ」

 隆はとぼとぼと露店に向かった。

 篤志があきれたように口をとがらせた。

「なんだよ、三つも買うのかよ」

「心配すんな。おまえには喰わせやしねえから。おれたち三人で喰う。おまえはハブだ」

「ちっ。勝手にしろよ」

「あー、由美子の唾液がうまい。ちゅぱちゅぱ」

 拓也は割り箸を舐め舐めし、それから通行の妨げにならないように参道わきの暗がりに移動した。篤志も由美子もついて行った。

「祭りはいいねえ。うきうきする」

 拓也は割り箸をガシガシ噛み砕きながら、あたりに目をやった。色とりどりの露店が淡い光に包まれて立ち並び、大勢の人々が行き交い、ときおり薄手の浴衣を身に纏ったムッチリ娘たちが、ここぞとばかりに彼らのすぐ目の前を通り過ぎていった。

「おい、見ろよ、あの女。透け透けじゃん。すげえよ、透け透け。紫だっちゅー」

「拓ちゃん!」

「なんだよ、いいじゃねえかよ、見るくらい。なあ、篤志」

 篤志は横を向いて返事をしなかった。

「なんだい。篤志の奴、むくれてやんの。おまえも喰いたきゃ自分で買やあいいだろ。これだからチキンのドーテーは」

 拓也は露店の方角を見て背伸びをした。

「遅えな。なにやってんだ、あいつ。やっぱあいつには無理だったか。弟ながらあきれかえるぜ。あれで中学二年だってんだから、世の中いったいどうなってんだ、まったく」

 拓也は割り箸を歯で折って、ぷっと吹き飛ばした。

「どれ、ちょっくら見に行ってくっか」

「あっ、待って。来た来た。隆くん来たよ」

 由美子が声をあげ、隆に向かって手を振った。

「隆くーん。こっちこっち。ここー」

 隆は声に反応してきょろきょろとあたりを見まわしたが、なぜかあさっての方向に歩き出した。

「まったくどこまで愚図なんだか」

 拓也は隆を迎えに行こうとした。

「いいよ、おれが行って来る」

 言うが早いか、篤志が駆けだした。人混みの中を縫うように走って、あっという間に隆に追いついた。篤志は隆の腕をつかんだかと思うと飴の棒を一つ取り上げ、そのまま隆の身体をくるりと半回転させた。

「あの野郎。それが狙いだったか。道理で気のきいたことしやがると思った」

 拓也は苦々しく吐き捨てたものの、実際にはそれほど怒ってはいなかった。由美子と拓也と篤志は小、中学校の同級生で、今も同じ高校に通っていた。クラスは別々だったが、昔からの仲は相変わらずつづいていた。

 人通りの多い参道から脇にそれて、篤志と隆は光のあまり届かない暗がりを歩いた。篤志は隆の後ろに隠れるように身をかがめ、暗がりの中で大急ぎでねり飴を口の中に含んだ。スポンジケーキのような舌触りがしたが、篤志は無我夢中でくちゃくちゃと噛んだ。

「隆、なにやってんだよ。遅えぞ」

 拓也は篤志を無視するように隆にだけ声をかけた。隆の後ろで篤志の動きが止まり、なんともいえない表情を浮かべた。それを目にした拓也は仕方なく篤志にも声をかけた。

「どうだ、うまいだろう?」

 篤志は微動だにしなかった。

「なんだよ、せっかく喰わしてやったんだから礼くらい言えよ。おい、隆、お釣り」

 隆は隆で下を向いてもじもじしはじめた。

「さっさと釣りをよこせよ。釣りが百円あるはずだろ? ねこばばするんじゃねえぞ」

「ねえ、篤っちゃん? 大丈夫?」

 由美子の声が聞こえた。

「ん? どうかしたか?」

「なんか、篤っちゃんのようすがおかしいんだけど」

「篤志のようすがおかしいったって、そんなの生まれつきだろ。おい、隆、さっさと……」

 隆の手には千円札が握られていた。

「おまえ、どういうことだ? なんで千円札を持ってるんだ? その飴はあのおっさんのところで買ってきたんじゃないのか」

「篤っちゃん……」

「どれ、その飴貸してみろ。ふむふむ」

 拓也は鼻を近づけてにおいを嗅いだ。

「うっへー。こりゃ本物じゃん。本物だよ、本物。おれがさっき喰った飴じゃねえよ。うっへー」

 篤志は微動だにしなかった。

「篤っちゃん……」

「おい、隆。おまえ、これをどこから持ってきたんだ?」

 隆は間の抜けた顔をしながら、露店の裏にある大きな欅の木を指さした。

「まさかあの木の根元から持ってきたんじゃないだろうな?」

 隆は「んだ、んだ」と二回いった。


 (了)


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