第七章 真実の契約 ― The Covenant of Truth ―
崩れ落ちる遺跡の中心部に、微かな光だけが残っていた。
瓦礫と血の匂いが混じり合う中、麗華は息を荒げながら立ち上がる。
背後では、天井の一部が崩れ、砂塵が音もなく降り注いでいた。
「麗華!」
駆け寄ってきたカイルが支える。
その後ろから、セレナも必死に杖を振り、崩落を防ぐ結界を張る。
「もう無理だ! 今すぐ外に――」
「……まだ、終わっていない。」
静かな、しかし鋼のような声がその場の空気を裂いた。
アルトだった。
彼は一人、中央の石碑の前に立ち、手を掲げていた。
その手の甲に――古代の印が浮かび上がっている。
淡い金色の光を帯びた、複雑な幾何学模様。
それは麗華の血紋と、まったく同じ形……ただし、反転した印だった。
麗華は息を呑む。
「それは……!」
アルトは振り向かずに言った。
「君の血は、“神との契約”を示すものだ。
そして――私の血は、その契約を継ぐ者を繋ぎ留める“鎖”だ。」
その言葉の意味を、麗華はすぐには理解できなかった。
けれど、胸の奥で何かがざわめいた。
ずっと、彼が自分を見ていた理由。守ろうとした理由。
すべてが――この“使命”に繋がっていたのだ。
アルトはゆっくりと手を下ろし、振り返る。
その瞳には、千年という時を背負った深い影が宿っていた。
「私は、“初代契約者リュミエール”に仕えた補佐官の末裔。
千年前、あの戦いで神と人が袂を分かった日――
リュミエールは我々に命じた。
“次の継承者が現れた時、契約を再び起動せよ”と。」
「……千年も……そのためだけに……?」
「そうだ。」
アルトは淡々と頷く。
「我々の一族は、血を絶やさぬように、使命を繋いできた。
君が目覚めた時こそ――“契約の再始動”の証。
それが、私たちが生き延びた理由だ。」
その声音には確かに熱があった。
だが同時に、痛みを滲ませるような哀しみも混じっていた。
使命に縛られた血の宿命。
彼自身もまた、“自由”とは無縁の存在だったのだ。
麗華は小さく息を呑む。
崩れ落ちそうな足を支えながら、アルトをまっすぐに見つめた。
「じゃあ……あなたが、私を導いたのは……」
「君が“目覚める”ためだ。だが……」
アルトは言葉を切り、わずかに目を伏せた。
「導くうちに、私は――本来の目的を忘れそうになっていた。」
静寂。
遠くで、崩壊する石壁の音だけが響く。
アルトの表情には、迷いと決意が混じっていた。
麗華はただ、その背に宿る孤独を感じ取ることしかできなかった。
――千年の使命。
それは、彼にとって“生きる理由”であり、同時に“呪い”でもあった。
崩れ落ちる遺跡の中心部に、微かな光だけが残っていた。
瓦礫と血の匂いが混じり合う中、麗華は息を荒げながら立ち上がる。
背後では、天井の一部が崩れ、砂塵が音もなく降り注いでいた。
「麗華!」
駆け寄ってきたカイルが支える。
その後ろから、セレナも必死に杖を振り、崩落を防ぐ結界を張る。
「もう無理だ! 今すぐ外に――」
「……まだ、終わっていない。」
静かな、しかし鋼のような声がその場の空気を裂いた。
アルトだった。
彼は一人、中央の石碑の前に立ち、手を掲げていた。
その手の甲に――古代の印が浮かび上がっている。
淡い金色の光を帯びた、複雑な幾何学模様。
それは麗華の血紋と、まったく同じ形……ただし、反転した印だった。
麗華は息を呑む。
「それは……!」
アルトは振り向かずに言った。
「君の血は、“神との契約”を示すものだ。
そして――私の血は、その契約を継ぐ者を繋ぎ留める“鎖”だ。」
その言葉の意味を、麗華はすぐには理解できなかった。
けれど、胸の奥で何かがざわめいた。
ずっと、彼が自分を見ていた理由。守ろうとした理由。
すべてが――この“使命”に繋がっていたのだ。
アルトはゆっくりと手を下ろし、振り返る。
その瞳には、千年という時を背負った深い影が宿っていた。
「私は、“初代契約者リュミエール”に仕えた補佐官の末裔。
千年前、あの戦いで神と人が袂を分かった日――
リュミエールは我々に命じた。
“次の継承者が現れた時、契約を再び起動せよ”と。」
「……千年も……そのためだけに……?」
「そうだ。」
アルトは淡々と頷く。
「我々の一族は、血を絶やさぬように、使命を繋いできた。
君が目覚めた時こそ――“契約の再始動”の証。
それが、私たちが生き延びた理由だ。」
その声音には確かに熱があった。
だが同時に、痛みを滲ませるような哀しみも混じっていた。
使命に縛られた血の宿命。
彼自身もまた、“自由”とは無縁の存在だったのだ。
麗華は小さく息を呑む。
崩れ落ちそうな足を支えながら、アルトをまっすぐに見つめた。
「じゃあ……あなたが、私を導いたのは……」
「君が“目覚める”ためだ。だが……」
アルトは言葉を切り、わずかに目を伏せた。
「導くうちに、私は――本来の目的を忘れそうになっていた。」
静寂。
遠くで、崩壊する石壁の音だけが響く。
アルトの表情には、迷いと決意が混じっていた。
麗華はただ、その背に宿る孤独を感じ取ることしかできなかった。
――千年の使命。
それは、彼にとって“生きる理由”であり、同時に“呪い”でもあった。
崩れゆく契約石の間――
光と闇、二つの魔力が交錯し、空間そのものが悲鳴を上げていた。
床の契約陣はひび割れ、赤い血と蒼い光が混ざり合い、空気が焦げるような熱を放つ。
麗華の髪が風に舞い、瞳の奥で紅が閃く。
その瞬間、再び、頭の奥に**“声”**が響いた。
リュミエールの声:「選びなさい、継承者。
契約を継げば、世界は再び縛られる。
だが血を断てば、神も人も――すべての秩序が崩壊する。」
その声音は、慈悲と哀しみに満ちていた。
千年前、契約文明を築きながらも、自らの手で滅びを招いた女。
その残響が、麗華の心を切り裂く。
「……選べって、そんな……」
麗華は唇を噛み、震える指で胸を押さえた。
「滅びか、束縛か――どっちかなんて、選べるわけない!」
赤と黒の閃光の中、二つの影が彼女の前でぶつかり合う。
アルトとバルゼン。
信じた者と、信じてくれた者。
アルト:「君こそが“神の意志”だ、麗華!
契約を継げば、この世界は再び安定する!
混沌を終わらせ、神と人をつなぐ架け橋になれる!」
バルゼン:「それは安定じゃない! ただの服従だ!
そんな鎖で世界を繋ぎとめても、また誰かが傷つくだけだ!
彼女の心は……そんな世界には、耐えられない!」
二人の声が、まるで神々の議論のように響く。
正しさと正しさがぶつかり、崩壊の音が鳴り響く。
麗華の胸の奥で、血が燃える。
熱い、熱い――それはもはや痛みではなかった。
命の奥底で、何かが目を覚ますような鼓動。
「……だったら――」
麗華の声が震えながらも、確かな意志を帯びていた。
「だったら、私が第三の契約を作る。」
その瞬間、空間の色が変わった。
紅い光が静まり、代わりに白金の輝きが溢れ出す。
彼女の足元に、誰も知らない形の魔法陣が描かれていく。
古代でも現代でもない、“今”という時の紋章。
麗華:「継ぐでも、断つでもない。
誰かに決められる契約じゃない。
私が――私自身の意思で、世界と結ぶ!」
リュミエールの声が、一瞬だけ驚きの色を帯びた。
「……それが、あなたの選ぶ道なのね……」
麗華の髪が風に舞い、瞳の紅が完全に輝きを放つ。
契約石が共鳴し、無数の契約文字が空に舞い上がった。
アルトとバルゼンが目を見張る。
紅と蒼、二つの魔力が彼女の周囲で渦を巻き、やがて一点に集束する。
そこに生まれたのは――かつて誰も見たことのない、第三の契約陣。
麗華:「この血は、誰かの罪じゃない。
誰かのために縛られるための力でもない。
――“生きるための契約”よ!」
彼女の宣言とともに、天へと光が昇る。
紅い月が輝き、崩れゆく遺跡を照らした。
その光の中で、アルトは呆然と呟く。
「……リュミエール様……あなたの後継者は……この娘だ。」
バルゼンの仮面の下で、僅かに口角が上がった。
「やっと……人が神に縛られずに立とうとする時代が、来たか。」
そして、麗華の声が響く――
「契約を超えて。
血を超えて。
私は、“私”を証明する。」
――光が、すべてを包み込んだ。
崩れ落ちる契約遺跡。
天井が砕け、無数の光の欠片が降り注ぐ中、麗華は静かに立っていた。
契約石はひび割れ、中心の核が眩い光を放ちながら粉々に砕け散る。
その光の中――彼女の掌に刻まれた血紋が、金色へと変わり始めた。
紅でも、蒼でもない。
“契約”でも“封印”でもない。
それは――血の枠を越えた新たな印。
アルト(愕然):「……まさか……そんな契約形態、存在するはずが……」
彼の声が震える。
千年の間、書物にも記録にもなかった“未知の契約”。
麗華が生み出したその輝きは、理そのものを塗り替えるように空を照らす。
バルゼン(低く):「彼女が……新しい道を作ったんだ……」
黒衣の裾が風に揺れ、彼の目に映る金の光が、どこか救いのように見えた。
だが――その光は長く続かない。
麗華の身体がふらりと揺れ、静かに地面へ崩れ落ちる。
「麗華!」
「レイカ!」
アルトとバルゼンが同時に駆け寄る。
けれど、その手は互いに触れることはなかった。
二人の腕が、彼女を守るように伸び、しかし交わらない。
それはまるで――“二つの信念”が決して重ならぬことの象徴。
麗華の胸に、かすかな光が灯っては消える。
まるで鼓動のように、ゆっくりと、そして確実に弱まっていく。
アルト(掠れた声):「神の……鼓動が……止まっていく……」
金の紋章が淡く光を放ち、彼女の体を包む。
それは静かで、穏やかな光。
悲しみではなく、“解放”を告げるような――そんな光だった。
バルゼンは拳を握りしめた。
「……これでいいんだ。
彼女は、血の外へ出た。
誰にも縛られない、誰にも支配されない……“誓約者”として。」
――その言葉が、崩壊する大地に吸い込まれる。
空は紅から黒へと変わり、月がゆっくりと沈み始めた。
遺跡は完全に崩れ落ち、世界の深層に静寂が訪れる。
***
その頃、王都――ギルド塔最上階。
観測魔法陣が淡く輝き、幾重にも重なる紋章の中でフェルディナが立っていた。
眼下には、夜明け前の街。
だが、彼の視線はそのさらに向こう、暗く沈む空を見据えている。
フェルディナ:「“第三の契約”……
あの子は本当に……世界を変えてしまったのか。」
魔法陣が静かに波紋を広げ、数値と文字が宙に浮かび上がる。
そこに記された“観測不能”の文字。
フェルディナはゆっくりと目を閉じ、冷たい笑みを浮かべた。
フェルディナ:「……ならば、次の段階へ進むしかないな。」
彼の指がひとつ動く。
魔法陣の光が形を変え、**“新たな計画名”**が記される。
――《第四の観測計画:黎明》
紅い月が完全に黒く沈み、夜空に静寂が戻る。
その闇の中、金の光がかすかに瞬いた。
まるで“誓約者”の魂が、まだ世界のどこかで呼吸しているかのように。
そして――
物語は、血の時代を超え、“誓約”の時代へと進み始める。




