表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奴隷令嬢、最強への成り上がり  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/50

血に刻まれた使命

―アステル領北部・黒霧の谷―

 朝が来ても、光は差さなかった。

 谷一帯を覆うのは、地の底から滲み出すような黒霧。

 木々は枯れ果て、鳥の声すらない。まるでこの土地そのものが“死”を受け入れたようだった。

 麗華はマントの裾を握り、足元を確かめながら進む。

 湿った地面はぬかるみ、踏みしめるたびに泥が音を立てる。

 その前を歩くアルトが、振り返りもせずに言った。

「この先はもう――“神々の領域”だ。足を踏み入れれば、戻れんぞ。」

 彼の声は低く、霧の中で吸い込まれるように消えていった。

 しばしの沈黙。

 やがてカイルが肩をすくめ、苦笑を浮かべながら応じる。

「今さら何を言ってんだよ。戻る場所なんて、もうどこにもない。」

 その言葉に、麗華の胸がわずかに痛んだ。

 たしかに――彼女自身にも、“戻るべき場所”はもうない。

 ギルドにとっては観測対象、王都にとっては脅威。

 “紅の契約者”として生きる限り、彼女に平穏は訪れないのだ。

 黒霧の中、バルゼンが無言で歩を進める。

 黒衣の裾が風に揺れ、金属の小さな鈴がかすかに鳴った。

 彼の視線は常に周囲を警戒しているが、その瞳の奥には別の光――“迷い”が潜んでいた。

 そして――道の脇に、古びた石碑が現れる。

 表面にはびっしりと古代文字が刻まれ、その上から赤い封印紋章が焼き付けられていた。

 麗華が息を呑む。

「……これ、ギルドの紋章。」

 確かに、そこには見覚えのある印が重なっていた。

 フェルディナが持つ権限の証――《中央塔の印》。

セレナ:「誰かが先に……封印を解こうとしたのね。」

アルト:「いや、違う。観測だ。だが……奴らは、何を見ようとしている?」

 バルゼンは無言のまま、手袋越しに岩碑へ触れた。

 その指先に微かに反応する魔力の波。

 彼は目を細め、わずかに顔を伏せる。

バルゼン(心中):「……フェルディナ。

 お前は、どこまで見ている……?」

 霧の向こうで雷鳴が鳴り、風が谷を抜けた。

 湿った風に混じるのは、鉄のような匂い――血の香り。

 麗華は思わず空を見上げる。

 黒雲の奥で、紅く歪んだ月がぼんやりと輝いていた。

麗華(小声):「……血の月が、また……」

 その瞬間、遺跡の方向から低い脈動音が響いた。

 まるで、何かが“目覚め”を待っているかのように。

 誰もが言葉を失う。

 その沈黙の中、アルトだけが淡々と告げた。

「行こう。もう、“選ばれた”んだ。

 俺たちは、この血の歴史に、踏み込んでしまった。」

 霧の向こう――

 かすかに、古代の石造りの門が姿を現す。

 その先に待つのは、封印された文明の墓。

 そして、“契約者の真実”だった。

―アステル北部・地下遺跡 第一層ホール―

 黒霧の谷の奥、岩の裂け目を抜けた瞬間、世界が反転した。

 そこは、果ての見えない地下空間だった。

 無数の石柱が闇に伸び、天井からは結晶のような光が淡く滴る。

 足元の床には、精緻な紋様が渦を巻き、血のような赤で描かれていた。

 セレナが魔灯を掲げ、周囲を照らす。

 その光が壁を舐めた瞬間――彼女は息を呑んだ。

「……なに、これ……壁一面に……魔法陣?」

 それは“契約陣”だった。

 幾重にも重ねられた古代文字、血脈を模した紋様が、まるで生き物のように脈動している。

 そして、いくつかの線が、すでに淡く光を帯びていた。

「誰かが起動させた? ……まさか、私たちじゃない……」

 セレナの声が震える。

 その横で、麗華は立ち尽くしていた。

 彼女の瞳には、陣が描く光がゆっくりと映り込んでいる。

「……いいえ。」

 その声はかすれ、しかし確信に満ちていた。

「たぶん、“私”よ。」

 瞬間、彼女の右手が勝手に動いた。

 痛みが走る。

 古い傷口が裂け、掌から赤い血が一滴、床へと零れ落ちる。

 血が石に触れた瞬間――

 遺跡が、息を吹き返した。

 轟音が鳴り響き、空気が震える。

 壁の陣が一斉に紅く光り、床の紋様が麗華の足元から広がっていく。

 その光は彼女の足を、腰を、胸を包み、まるで“契約の鎖”が彼女を取り戻すかのように絡みついた。

カイル:「麗華っ!」

バルゼン:「下がれ! 魔力が暴走してる!」

 だが、麗華はもう彼らの声を聞いていなかった。

 視界が歪む。

 音が遠ざかり、代わりに――聞き覚えのある“鼓動”が響く。

 ドクン、ドクン、と。

 それは、彼女の心臓ではなかった。

 “遺跡そのもの”が、生きて脈打っている。

 そして、紅い光が彼女の瞳を覆う。

 気づけば――目の前の景色は、もう違うものだった。

 暗闇は消え、代わりに黄金の光が溢れる。

 白い石の祭壇。

 円陣の中で、誰かが彼女の手を握っている。

 その男の髪は銀、瞳は深紅――。

声(遠くで):「永遠の誓いを、この血に刻む。」

 ――千年前。

 麗華の“前世”が交わした契約の記憶。

 その一端が、今、彼女の中で呼び起こされていく。

 ――視界が、赤に染まる。

 麗華は息を呑んだ。

 瞬間、足元の感触が変わる。冷たい石の床ではなく、柔らかく、ぬめるような血の上。

 頭上には空などない。ただ、幾千もの魔法陣が、空を覆うように渦を描いていた。

 その一つひとつが命脈を刻み、まるでこの世界そのものが“契約”で形を保っているかのようだった。

「……ここは……?」

 声が震える。答えはない。代わりに、赤い光の粒子が漂い、形を取り始めた。

 やがてその輪郭は、麗華と同じ顔を持つ女となる。

 淡い金髪に白い衣、瞳は紅玉のように燃えていた。

「ようやく来たのね……“私”。」

 その声は、懐かしくも恐ろしく、心の奥を掴んで離さなかった。

 麗華は直感した――彼女こそが、自分の“原型”。

 かつてこの世界を契約で縛り、そして滅ぼした女。

 リュミエール=アストレア。

リュミエール:「この血を以て、すべてを縛る。

 それが、私たちが選んだ“秩序”だった。けれど……滅びの始まりでもあったの。」

 彼女の足元から、幾百もの魔法陣が浮かび上がる。

 契約の陣、封印の陣、誓約の陣。

 その中心には、黒い“穴”がある――

 蠢く闇、そして、そこから微かに漏れる“声”。

「……神よ、聞こえる? あなたの願いは、まだ果たされていない。」

 その瞬間、麗華の胸が焼けついた。

 心臓の奥で、何かが目覚めようとしている。

 リュミエールの影が、まるで“血の記録”のように彼女の中へと流れ込んでいく。

 ――彼女の視界に映る、千年前の断片。

 契約文明の崩壊。

 赤く燃える都。

 “神”を封印するため、自らの血を捧げた少女。

 そして、裏切りの瞬間――“仲間”が刃を向ける。

リュミエール:「血は、契約。

 契約は、呪い。

 ……あなたも、同じ道を辿るのかしら?」

 彼女が微笑んだとき、世界が歪んだ。

 麗華は息を吸う暇もなく、現実へと引き戻される。

 視界が再び暗転し、冷たい石の匂いが鼻を突く。

 遺跡の壁が震え、魔法陣が赤黒く光を放つ。

 セレナが叫び、カイルが駆け寄る。

カイル:「麗華! どうした――返事を!」

 麗華は唇を震わせ、血の滴る掌を見つめた。

 その赤はもう、彼女の血ではなかった。

 神と人との契約そのもの――

 それが、彼女の中で再び脈打ち始めていた。

 ――息を呑む間もなかった。

 麗華が目を開けた瞬間、空気が変わっていた。

 遺跡の内部、第二層の儀式場。

 さっきまで静寂に包まれていた石壁が、まるで脈打つように赤黒く光を放っている。

 どろり、と血のような液体が壁面を流れ、そこに刻まれた契約文字が蠢いた。

 やがてそれらはひとつに溶け合い、人の形をとって立ち上がる。

カイル:「……なんだ、あれは……!」

 声が震える。

 アルトが即座に反応し、杖を構えながら低く呟いた。

アルト:「“裏切りの契約者”の残滓……! 封印の番人だ!」

 その言葉と同時に、儀式場の温度が一気に下がった。

 息が白く凍り、血の匂いが濃くなる。

 “それ”は人の形をしているのに、どこにも“顔”がない。

 ただ、空洞のような穴の中で、幾千の声が囁いていた。

影:「血が……戻った……

 再び、“滅びの契約”を紡ぐ者――」

 言葉は呪詛そのものだった。

 響くだけで、脳髄に針を刺されたような痛みが走る。

 セレナが咄嗟に詠唱を始め、カイルが前へ出た。

セレナ:「〈光壁ルミナ・シェル〉!」

カイル:「麗華を守れ!」

 光の壁が展開する――だが、影はそれをすり抜ける。

 光も、刃も、炎も、すべてを無視して進む“概念の影”。

バルゼン:「くっ……斬れねぇ、こいつは“形”がねぇ!」

 剣が通らない。

 影は、肉体ではなく、“罪”そのものを媒介にして存在していた。

 そして、その“罪”の中心――麗華の血に、真っ直ぐに手を伸ばす。

影:「契約の継承者……おまえも、裏切るのか……?」

 その声を聞いた瞬間、麗華の身体が震えた。

 頭の奥で、リュミエールの声が甦る。

リュミエール:「逃げないで。あなたが“継承者”なら、血を受け入れなさい。」

 “受け入れる”――?

 だが、受け入れたらどうなる? 自分がこの影のように、滅びを呼ぶ存在になるかもしれない。

 恐怖が喉を締めつける。

 その一瞬の迷いを見逃さず、影が麗華の胸へと手を突き立てた。

 痛みではなく、灼けるような冷たさ。

 血と記憶が逆流し、彼女の瞳に紅い光が宿る。

 ――世界が二重に重なる。

 目の前の影の中に、かつてのリュミエールの仲間たちの顔が浮かんだ。

 笑っていた、誓いを交わした者たち。

 だが、最後には刃を向けた者たち。

麗華(震える声で):「……あなたたちが……“裏切った”のね。」

影:「違う……おまえが……“神”を選んだのだ……」

 悲鳴とも懺悔ともつかぬ声が、遺跡全体を震わせた。

 儀式場の壁が崩れ、天井から赤黒い光が降り注ぐ。

 その中心で麗華は、血の光に包まれ、ゆっくりと立ち上がった。

リュミエール(声だけが響く):「そう――それでいい。

 “受け入れた者”だけが、契約を“上書き”できるの。」

 麗華の掌に、古代文字が刻まれる。

 それは“神との契約式”そのもの――

 新たな契約の“鍵”となる印。

 カイルが叫ぶ。

カイル:「麗華! やめろ、それ以上は――!」

 けれど彼女は振り返らなかった。

 その瞳にはもう、恐怖も迷いもなかった。

 ただ、血に刻まれた使命だけが、彼女を突き動かしていた。

 ――息を呑む間もなかった。

 麗華が目を開けた瞬間、空気が変わっていた。

 遺跡の内部、第二層の儀式場。

 さっきまで静寂に包まれていた石壁が、まるで脈打つように赤黒く光を放っている。

 どろり、と血のような液体が壁面を流れ、そこに刻まれた契約文字が蠢いた。

 やがてそれらはひとつに溶け合い、人の形をとって立ち上がる。

カイル:「……なんだ、あれは……!」

 声が震える。

 アルトが即座に反応し、杖を構えながら低く呟いた。

アルト:「“裏切りの契約者”の残滓……! 封印の番人だ!」

 その言葉と同時に、儀式場の温度が一気に下がった。

 息が白く凍り、血の匂いが濃くなる。

 “それ”は人の形をしているのに、どこにも“顔”がない。

 ただ、空洞のような穴の中で、幾千の声が囁いていた。

影:「血が……戻った……

 再び、“滅びの契約”を紡ぐ者――」

 言葉は呪詛そのものだった。

 響くだけで、脳髄に針を刺されたような痛みが走る。

 セレナが咄嗟に詠唱を始め、カイルが前へ出た。

セレナ:「〈光壁ルミナ・シェル〉!」

カイル:「麗華を守れ!」

 光の壁が展開する――だが、影はそれをすり抜ける。

 光も、刃も、炎も、すべてを無視して進む“概念の影”。

バルゼン:「くっ……斬れねぇ、こいつは“形”がねぇ!」

 剣が通らない。

 影は、肉体ではなく、“罪”そのものを媒介にして存在していた。

 そして、その“罪”の中心――麗華の血に、真っ直ぐに手を伸ばす。

影:「契約の継承者……おまえも、裏切るのか……?」

 その声を聞いた瞬間、麗華の身体が震えた。

 頭の奥で、リュミエールの声が甦る。

リュミエール:「逃げないで。あなたが“継承者”なら、血を受け入れなさい。」

 “受け入れる”――?

 だが、受け入れたらどうなる? 自分がこの影のように、滅びを呼ぶ存在になるかもしれない。

 恐怖が喉を締めつける。

 その一瞬の迷いを見逃さず、影が麗華の胸へと手を突き立てた。

 痛みではなく、灼けるような冷たさ。

 血と記憶が逆流し、彼女の瞳に紅い光が宿る。

 ――世界が二重に重なる。

 目の前の影の中に、かつてのリュミエールの仲間たちの顔が浮かんだ。

 笑っていた、誓いを交わした者たち。

 だが、最後には刃を向けた者たち。

麗華(震える声で):「……あなたたちが……“裏切った”のね。」

影:「違う……おまえが……“神”を選んだのだ……」

 悲鳴とも懺悔ともつかぬ声が、遺跡全体を震わせた。

 儀式場の壁が崩れ、天井から赤黒い光が降り注ぐ。

 その中心で麗華は、血の光に包まれ、ゆっくりと立ち上がった。

リュミエール(声だけが響く):「そう――それでいい。

 “受け入れた者”だけが、契約を“上書き”できるの。」

 麗華の掌に、古代文字が刻まれる。

 それは“神との契約式”そのもの――

 新たな契約の“鍵”となる印。

 カイルが叫ぶ。

カイル:「麗華! やめろ、それ以上は――!」

 けれど彼女は振り返らなかった。

 その瞳にはもう、恐怖も迷いもなかった。

 ただ、血に刻まれた使命だけが、彼女を突き動かしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ