ギルドの思惑と観測者たち
王都アーシェルの中心部。
黒鉄の尖塔が夜空を突き刺すようにそびえ立つ、その最上階――ギルド中央塔の戦略会議室。
静寂を切り裂くように、低い唸りが響いた。
壁一面を覆う巨大な“観測水晶塔”が、紅い脈動を放ちながら共鳴している。
技官:「魔素反応、上昇を続けています! ……数値、臨界突破!」
別の技官:「波形が一致……これは、“古代契約波”です!」
瞬間、会議室の空気が凍りついた。
長机を囲む幹部たちが息を呑み、視線を交わす。
幹部A:「“古代契約波”だと? 本当に……?」
幹部B:「まさか、封印指定区域で発生するとは……アステル領は監視下のはずだ!」
ざわめきが広がる。
机上に広げられた魔力地図の一点――“アステル領”が、紅く脈打つように明滅していた。
その光は、まるで血潮のようにゆらめき、塔の天井まで赤を滲ませていく。
議長席に座るフェルディナが、静かに立ち上がる。
銀糸の髪を揺らし、瞳には冷徹な決意の光。
フェルディナ:「……やはり、動いたか。“継承者”が。」
その言葉に、場のざわめきがさらに深まる。
幹部C:「継承者……まさか、封印の血脈が再び……?」
幹部D:「報告では、アステル館の令嬢が関与しているとの情報も……」
フェルディナはゆっくりと手を組み、窓の外――紅く滲む夜空を見上げた。
フェルディナ:「かつて、この波形を観測したのは千年前――《血の儀式戦争》の時のみだ。
ならば……これは偶然ではない。運命が再び、形を取り戻し始めている。」
沈黙が落ちる。
誰もが、口にすることを恐れていた名――“契約文明の再現”。
幹部E:「ギルド長、どうなさるおつもりですか。」
フェルディナ:「……封印継承者への対策を取る。
名目は“監視”――だが、目的は一つ。暴走した時、即座に“封印”する。」
その声には、感情の揺らぎが一切なかった。
命令として、運命として、言葉は冷たく響く。
フェルディナは一枚の黒封書を机に置いた。
その封蝋には、黒い鴉の紋章――《観測局》の印。
フェルディナ:「黒衣の観測者――“バルゼン”を再び現地に送る。」
「……彼に命じる。麗華・アステルの監視、そして――最悪の場合の封印。」
重い沈黙のあと、誰かが小さく呟いた。
幹部B:「……また、悲劇を繰り返すのですか。」
フェルディナはただ、瞳を閉じた。
その頬を、観測塔の紅光が淡く照らす。
まるで、血の涙を流しているかのように。
――王都の夜、静寂を裂くように鐘が鳴る。
“継承者”の目覚めに呼応するかのように、世界が再び、動き始めていた。
王都アーシェル、ギルド中央塔の地下最深部。
そこは、一般職員は決して足を踏み入れない禁区――“封印部署”。
無数の魔導陣が刻まれた黒石の廊下を、足音だけが響く。
灯火はなく、壁に埋め込まれた血晶が脈動するように赤黒い光を放っていた。
その中心、円形の石室に二つの影が向かい合う。
ひとりは、漆黒の外套を羽織った男――《観測者》バルゼン。
もうひとりは、ギルド長フェルディナ。
彼女の背後には、壁一面に刻まれた古代語の血文字が浮かび上がっている。
それは《誓約の記録》――千年前の“契約文明”の残滓。
フェルディナの声が静寂を切り裂く。
フェルディナ:「お前に命ずる。彼女を監視せよ。
だが……守るためではない。必要とあらば、“封印せよ”。」
赤い光がふたりの顔を照らす。
その言葉の意味を、バルゼンは痛いほど理解していた。
封印――それは、“人として”の死と同義。
麗華。
あの無邪気に笑い、人としての道を選ぼうとした少女。
彼女が“継承者”であることを知りながらも、彼は――仲間として旅をした。
その記憶が、胸の奥でざらつくように疼く。
バルゼン:「……了解。」
少しの間をおいて、彼は低く呟く。
「ただし――その判断、俺の剣で決める。」
フェルディナの瞳が、わずかに揺れた。
しかし、すぐに静かな微笑へと戻る。
フェルディナ:「それでいい。お前は観測者――判断するために存在する者だ。」
一歩、フェルディナが近づく。
その掌が壁の血文字に触れると、空気が歪み、赤い光が彼女の指先を舐めた。
フェルディナ(心中):「……“契約文明”の封印が完全に再起動する時、
彼女の存在は“鍵”となる。
――その時、誰が彼女を止められる?」
フェルディナは言葉にせず、ただ静かに背を向けた。
フェルディナ:「行け、バルゼン。
次にその紅が脈打つ時――世界はまた、血で染まるだろう。」
男は何も答えず、外套のフードを深く被る。
足音が遠ざかるたびに、石室の光が一つ、また一つと消えていく。
やがて残ったのは、壁に刻まれた古代の一節だけ。
『契約は巡り、観測者は見届ける。
その瞳が閉じられる時、世界は再び、誓いを思い出す。』
沈黙。
冷たい地下の空気が、まるで世界の心臓の鼓動のように低く鳴り続けていた。
王都アーシェル、ギルド中央塔の地下深く――
その最奥には、光を拒むような静寂の空間がある。
壁一面に刻まれた古代文字が、血のような紅光を放ち、
それが呼吸するように脈動していた。
“封印部署”。
ここはギルドでも限られた者しか存在を知らぬ、禁断の場所。
その中心で、フェルディナとバルゼンが向かい合っていた。
石造りの部屋の中央には、黒い剣が一本、祭壇に突き立てられている。
剣の刃には、うっすらと紅の紋章――“契約の印”。
フェルディナの金の瞳が、静かに光を宿す。
フェルディナ:「お前に命ずる。彼女を監視せよ。」
彼女の声は冷ややかで、響きはまるで祈りのようでもあった。
一呼吸おいて、低く、しかし確実な言葉が続く。
フェルディナ:「だが……守るためではない。必要なら、“封印せよ”。」
その瞬間、部屋の空気がわずかに震えた。
赤光が強まり、壁の血文字がざわめく。
バルゼンは静かに目を伏せる。
暗い瞳に、かつて見た少女の笑顔がよぎった。
“あの時”――自らの手で救ったはずの麗華の姿が。
彼は長く息を吐くと、ゆっくりと顔を上げた。
バルゼン:「……了解。」
一拍の沈黙のあと、彼は低く言葉を継いだ。
「ただし――その判断、俺の剣で決める。」
フェルディナの唇が、微かに弧を描く。
フェルディナ:「それでいい。お前は“観測者”。
世界の理を、己の目で確かめるために生まれた者だからな。」
彼女は祭壇の黒剣に触れ、淡く輝く紅光が掌に移る。
その光の揺らぎは、まるで血潮の鼓動のように生々しかった。
フェルディナ(心の声):「――この力を完全に再起動できれば、
“契約文明”の封印は再び蘇る。
鍵は、あの娘……麗華。」
視線の奥で、策謀の影がひそやかに笑う。
それは、守護でも慈悲でもない――“再生”のための犠牲を前提とした微笑。
フェルディナは振り返らずに告げた。
フェルディナ:「行け、バルゼン。
観測者として――“継承者”の運命を見届けろ。」
外套の裾を翻し、バルゼンは静かに歩き出す。
その背に、血文字の光が淡く揺れた。
石室の扉が閉じる直前、フェルディナは小さく呟く。
フェルディナ:「……そして、世界をもう一度、血の契約へ導くのだ。」
扉が重く閉まり、音が途絶える。
残されたのは、紅に脈打つ古代の記録だけ。
『契約は再び巡る。
その時、観測者の瞳が真実を映すだろう――』
静寂の中、壁の血文字が微かに光り続けた。
まるで、何かを待ち望むように。
王都アーシェル――夜の裏通り。
灯りの消えた石畳の道に、霧が漂っている。
昼の喧騒とは対照的に、この時間に動くのは“影”を生業とする者たちだけだ。
薄暗い路地裏の一角、古びた酒場の地下にある秘密の取引所。
壁には盗品と古文書が並び、香草と血のような鉄臭が混じる空気が漂っていた。
情報商人たちがひそやかに集まり、テーブルの上で封書を滑らせる。
そこには、ひとつの地名が記されていた。
――《アステル領》。
情報屋A:「紅い月の夜、湖が“血”に染まったらしい。」
情報屋B:「見たって奴もいる。空そのものが脈打ってたって……」
情報屋C:「“契約者の再誕”って噂も流れてる。封印が動いたとか。」
彼らの声は低く、しかしどこか怯えていた。
誰もが知っている。“その名”に関われば、命を落とすと。
そのとき、部屋の奥――黒い外套の集団が静かに現れた。
顔を覆う仮面には、銀の紋章。
中心に立つ男が、低い声で呟く。
導師:「……血の継承者が現れた。」
空気が一瞬で張り詰める。
その声は囁きでありながら、雷鳴のような力を孕んでいた。
導師はローブの裾を持ち上げ、掌を掲げる。
そこに浮かび上がったのは、紅く輝く“契約の紋”。
信徒:「神の器が……再び満ちる……!」
信徒たち:「永劫の光よ、導きを――」
ざわめきが祈りへと変わり、空間全体が不気味な共鳴を始める。
蝋燭の炎が縦に伸び、壁の影が歪んだ。
導師は目を細め、微笑む。
その瞳は常人のものではなく、まるで光そのものを内に宿していた。
導師:「準備を進めよ。儀式の“鍵”は、アステルの湖にある。」
「そこが、再誕の座……神が降り立つ場所だ。」
信徒たちは一斉に跪き、低い声で祈りを捧げる。
“オルド・ルーメン”――古の契約文明を信奉する、光の狂信者たち。
彼らの存在は、長らく都市伝説として語られてきたが、
この夜、確かに“現実”として息を吹き返した。
導師は背を向け、静かに言葉を落とす。
導師:「血が呼び、世界が応える。
契約は巡り、秩序は再び形を得る。
我らが時代が、来るのだ。」
天井の古びたステンドグラスに、紅い光が走る。
それは遠くアステルの湖で輝く“血の月”と同調していた。
その瞬間、王都の空に不気味な風が流れた。
誰も知らぬまま、世界は“再び”動き出していた――。
王都アーシェルの中心――天を突くようにそびえるギルド中央塔。
その最上階、夜風が吹き抜ける石造りのバルコニーに、ひとりの男が立っていた。
フェルディナ・ヴァル=アーシェル。
王都ギルドの最高執行官にして、“封印文明”を管理する最後の継承者。
漆黒の外套が風に揺れ、金の装飾が月光を反射する。
彼の視線の先――夜空に浮かぶのは、紅く滲む月。
その光はまるで血のように大地を染め、遠くの雲を焦がしていた。
しばらく、彼は何も言わなかった。
ただ、両手を欄干に置き、静かに息を吐く。
フェルディナ(独白):「……また、この色か。」
その声には、諦念とも祈りともつかぬ響きがあった。
風が吹くたびに、塔の鐘が小さく鳴る。
その音はまるで、古の亡霊たちの嘆きのように夜を揺らしていた。
フェルディナ:「あの子を“守る”ことが、人を滅ぼすことになるなら――
私は、世界の側に立つしかない。」
彼の指先が、胸元の古びたメダリオンに触れる。
そこには、ギルド創設以前の紋章――“契約文明”の印が刻まれていた。
フェルディナ:「……だが、せめて。
彼女が“人”として終われるように――」
風が止み、紅い光が塔を包む。
遠く、アステルの方角――湖の上空が脈動していた。
紅の輝きが夜を裂き、天へと伸びる柱のように広がっていく。
その光を見つめながら、フェルディナの瞳が揺れた。
冷徹な指揮官の顔の奥に、一瞬だけ“父のような”優しさが滲む。
フェルディナ:「……麗華。君は、どこまで抗える?」
次の瞬間、塔の中枢に設置された魔導陣が静かに起動した。
封印部署――“第零観測炉”が再稼働を始めたのだ。
月が完全に紅へと染まり、夜空が音もなく震える。
フェルディナの外套がはためき、風が唸りを上げる。
フェルディナ:「世界が終わる前に、私は選ばねばならない。
“彼女”か、“未来”か――」
彼の視線の先で、紅の光が天を裂き、
その中心に――“血の湖”が、再び息を吹き返していた。
夜は静まり返っていた。
だがその静けさは、まるで世界全体が息を潜めているかのようだった。
館の二階、薄闇の中。
麗華はベッドに身を横たえながら、何度も寝返りを打っていた。
胸の奥がざわめく。
理由は分からない。ただ、何かに見られている気がして仕方なかった。
風がカーテンを揺らし、月光が床に差し込む。
紅く濁った光――それは、湖面の反射だった。
湖は今夜も赤く染まり、まるで血を湛えているように波打っている。
麗華(小声):「……誰か、見てる。」
低く呟くと、扉の向こうからカイルが入ってきた。
外套の裾に夜露が光り、彼の顔にも警戒の色が浮かぶ。
カイル:「王都の連中か? やっかいだな。」
麗華:「違う……もっと、冷たい“視線”。」
麗華の首に嵌められた封印の首輪が、ぼんやりと淡い光を放った。
まるでその“視線”に反応するかのように――。
カイル:「おい、光ってるぞ……!」
麗華は息を呑む。
次の瞬間、脳裏に囁きが響いた。
声(幻聴):「……観測されるな。見られた瞬間、契約は歪む。」
耳の奥で、何かが軋んだ。
冷たい風が吹き抜け、窓硝子がひび割れたように音を立てる。
麗華は震える指先で胸を押さえる。
心臓の鼓動が乱れ、紅い光が脈動に合わせて強まっていく。
外の湖面に、紅い月が映る――
だがその隣に、**もうひとつの“月”**のような影が浮かんでいた。
それは形を持たない眼。
世界の“外側”から覗き込む、“観測の眼”。
麗華(心の声):「――誰……あなたは、誰なの……?」
答えはない。
ただ、湖面の赤がさらに深く染まり、空気が一瞬だけ凍りつく。
遠く、森の奥で何かが軋むような音を立てた。
それは、封印がひとつ軋んだ音だった。
そして、夜が再び静寂に沈む。
だが――その静寂の底では、確かに“何か”が動き出していた。




