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奴隷令嬢、最強への成り上がり  作者: 南蛇井


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封印の地・アステル領へ

王都ギルド宿舎の夜は、静寂の中にざわめきを孕んでいた。

明日の朝には、北部アステル領への出立――。


麗華・ヴァルグレインは荷造りを終えた部屋の片隅で、机上に置いた首輪を見つめていた。

黒鉄のような質感を持つその首輪は、内側に淡く紅を灯している。

肌から離してもなお、脈動のように波打つ光。まるで、彼女の鼓動と同期しているかのようだった。


「……今日になって、反応が強くなってる」


低く呟く声が、狭い部屋に溶けて消える。

呼吸を整えようとした矢先、通信石が淡く光を放った。

通信の主は、王都ギルド副団長――バルゼン・クロイツ。


『麗華、明日の任務、詳細を伝える。』


低く響く声。その奥に、どこか濁った響きが混じる。


「“古代遺跡調査”という名目ですよね。護衛任務のはずが……」


『ああ。だが本命は別だ。現地で“接触”してもらう。』


「接触……? 誰と?」


一瞬、通信の向こうの沈黙が重くなる。

そして、抑えたような声が返ってきた。


『アステル領主――アルト・アステル。』


その名を聞いた瞬間、麗華の眉がわずかに動いた。

アステル。千年前の《血の儀式戦争》で“契約の地”と呼ばれた場所。

そして、血紋を継ぐ者の記録が途絶えたはずの家系。


『……あの家は、“血の契約”に関わる一族だ。気を抜くな。』


通信が途切れると同時に、首輪の光が一段と強まった。

まるで、その名前に反応しているように。


麗華は深く息を吸い込み、窓を開け放つ。

夜風が髪を撫で、遠くの鐘の音がかすかに響く。


「アルト・アステル……あなたが、“呼んでる”の?」


その問いに答える者はいない。

ただ、北の空に――紅い閃光が走った。

稲妻にも似たその光は、地平を染め、彼女の首元の血紋と共鳴するように瞬く。


麗華は静かに首輪を握りしめ、瞳を細めた。


「……分かった。行くわ、アステルへ」


その夜、王都の風は異様に冷たく、どこか“声”のような響きを運んでいた。

それは、遠い過去からの呼び声――

そして、血に刻まれた契約の再起を告げる“序章”だった。

翌朝――。

王都を発つ馬車の車輪が、朝靄を切り裂くように回っていた。

目的地は北部アステル領。千年前、《血の儀式戦争》の中心地として封印指定された、王国でも“最も近づいてはならぬ地”。


馬車の中には、麗華・ヴァルグレインをはじめ、仲間のカイル、セレナ、ダリオ、そして監視役として随行するバルゼン・クロイツの姿があった。

張り詰めた沈黙が、木製の車体をきしませる。


「まさか特級昇格して最初の任務が“封印地”とはな」

前方で手綱を握るカイルが、苦笑まじりに言う。

「お前、運がいいのか悪いのか分かんねぇな、麗華」


「……多分、両方よ」

麗華は軽く肩をすくめながら答えた。

だが、その笑みの裏で――首元の血紋が、ゆっくりと光を帯びはじめている。


セレナが窓の外に目をやる。

「……この辺り、空気の“密度”が違う」

淡い銀髪が風に揺れ、彼女の瞳が冷たく細まる。

「魔素の濃度が異常よ。まるで、土地そのものが息をしているみたい」


「計測器の針が安定しねぇ」

ダリオが魔導測定器を睨みつける。

「数値が跳ねまくってる。……まるで“何か”が干渉してるな」


バルゼンは一言も発さず、ただ黙って窓の外を見つめていた。

その表情には、何かを押し殺すような影がある。


麗華は手袋の上から首元を押さえた。

――熱い。

まるで、血の中で何かが“目を覚まそう”としている。


(……この感覚。懐かしいような……痛いような……)


セレナが振り返る。

「麗華? 顔色が悪いわ」


「平気よ。ただ、少し息苦しいだけ」

微笑んでみせるが、その笑みはどこか無理をしていた。


やがて、街道の先に淡い霧が立ち込めはじめる。

それは最初こそ自然の霧に見えたが、進むにつれて濃く、重く、異様に沈黙していった。


「おい……前、見えねぇぞ」

カイルが手綱を引く。


「この霧、自然じゃない」

セレナが窓に手をかざし、魔力を感知する。

「“結界”が張られてる……。誰かが、この領域を守ってる」


「歓迎されてねぇってわけか」

カイルがぼそりとつぶやいた。


馬車が止まる。

霧の向こうから、低い声が響く。

「――ここから先が、アステル領の境界線だ」


バルゼンがゆっくりと馬車を降りる。

霧を抜けた先――地面には赤黒い古代文字が刻まれ、うっすらと光を放っていた。

その文字列は血のように脈打ち、呼吸するように輝いている。


麗華が一歩、足を踏み出した瞬間――。


「……っ!」


血紋が焼けるように疼いた。

体内を奔る熱が、皮膚の下で暴れだす。

膝が震え、息が詰まる。


「麗華!」

セレナが駆け寄るが、麗華は手を上げて制した。


「だい……じょうぶ。……ただの、反応よ」


けれど、その“反応”は、誰の目にもただ事ではなかった。

赤い文様が彼女の首元から鎖骨へと広がり、まるで境界の紋章と共鳴するように光を放っている。


バルゼンはその光景を見つめながら、小さく息を吐いた。

「……やはり、始まっているな」


霧が音もなくうねり、冷たい風が彼らを包み込む。

アステル領――“契約の地”の境界線。


そこを越えた瞬間、過去が目を覚まし、運命が再び動き出す。



霧を抜けた先に、静かな湖畔の村が広がっていた。

その水面は風ひとつなく、まるで鏡のように空を映している。

だがその静けさは、どこか“生の気配”を拒むような――不自然な静寂だった。


馬車が石畳に軋む音を立てて止まる。

村人たちは、ちらりと一行に視線を向けたが、すぐに目を逸らす。

子どもが母親の背に隠れ、扉の影から怯えた瞳だけが覗く。


「……歓迎ムードじゃないな」

カイルが苦笑し、肩をすくめた。


セレナは村の空気を探るように、周囲に目を巡らせる。

「明らかに“何か”を恐れてる。……それも、深い恐怖」


ダリオが小声で続ける。

「まるで、領主そのものをだな」


「領主? あのアルト・アステルってやつか?」

カイルの問いに、バルゼンは短く答えた。

「そうだ。――この地を統べる、最後の“アステル家”の末裔だ」


「末裔……ね」

セレナの声には、かすかな警戒が混じっていた。


その時、村の隅に腰掛けていた老人が、一行に気づき、ゆっくりと近づいてきた。

干からびた手に杖をつき、皺の奥の瞳がわずかに光る。


「おぬしら……旅の者か?」


麗華が軽く会釈する。

「はい。北の遺跡を調査に来ました」


老人は一瞬だけ空を仰ぎ、静かに首を振った。

「この地は……呪われとる。やめておけ」


「呪われている?」

麗華の問いに、老人は声を潜めて語り出す。


「千年前の“契約者”たちが眠る場所じゃ。

 血の儀式戦争の最後……この湖畔の館で、契約が交わされた。

 今もなお、血の月の夜になると、あの館から……声が聞こえるんじゃ」


「声?」

ダリオが身を乗り出す。


「“帰れ”とな……“継承者は戻るな”とな……」


その言葉が終わった瞬間だった。

麗華の首元――血紋が淡く光る。


「……っ」

胸の奥が締めつけられるように痛い。

耳の奥に、低く、遠い“声”が響いた。


──【……帰れ、継承者】──


まるで湖の底から囁くような、冷たい声。

風が止まり、周囲の音がすべて消える。


麗華は思わず振り返った。

だが、誰もいない。湖面だけが、不気味に赤く揺れていた。


バルゼンがゆっくりと彼女を見る。

「……感じたか」


麗華は短く息を整え、静かに頷いた。

「ええ……誰かが、呼んでいる気がする。

 でも“帰れ”じゃない。“来い”って、言われたような気がしたの」


バルゼンの灰色の瞳が、一瞬だけ揺れる。

「……そうか。ならば、いよいよ核心に近いということだ」


その夜、湖畔に赤い月が昇る。

村人たちは戸を閉ざし、灯を落とす。

風もなく、ただ湖面だけが――波紋のように、血のような光を滲ませていた

霧が濃く、まるで空そのものが白に溶けていくようだった。

足元に広がる泥の感触が、ひたひたと靴を汚していく。

一行は言葉少なに進んでいた。


セレナの手に握られた魔法灯が、ぼんやりとした橙光を放ち、霧の中で心細く揺れる。

その光に照らされて、黒い水面――湖が時折、ちらりと顔を見せた。


「……こっちで合ってるんだよな?」

カイルが小声で言い、馬車の手綱を握る手を少し強める。


ダリオが測定器を見ながら頷いた。

「間違いない。魔力の波形がここを指してる。……けど、なんだこの数値……ありえねぇ」


セレナが前を向いたまま、低く呟く。

「感じる? この圧……“魔素”じゃない。何か、もっと原始的な力……」


麗華は無言のまま、霧の奥を見つめていた。

その向こう――わずかに見えた影が、やがて形を持ち始める。


霧の海の中から、ゆっくりと、それが現れた。


湖のほとりに浮かぶように建つ、巨大な館。

黒曜石のような壁、尖塔の窓には紅の光が瞬き、まるで生き物の“目”のように彼らを見つめている。

周囲を包む空気がひどく重く、息を吸うたびに肺が軋んだ。


カイルが思わず口を開く。

「……まるで、生きてるみたいだな。建物が」


「そうね」

セレナの声は冷ややかだった。

「感じる? この魔力の圧。普通じゃない……まるで、“意志”があるみたい」


麗華の胸がずきりと痛む。

首元の封印具が脈を打つように光り、血紋が熱を帯びた。


(心の声)

――あの光。昇格式のときに感じたものと同じ。

私を導いている……なら、確かめるしかない。


背後で、バルゼンの低い声が響く。

「準備を整えろ。ここから先は、“契約の地”だ」


一行の視線が一斉に館へと向く。

霧が風に裂かれ、湖面がわずかに揺れた。


その瞬間――


――ギィィ……


霧の奥、館の正面扉がひとりでに開いた。

軋む音が、湖の静寂に不気味に響く。


まるで彼らの到来を、待ち構えていたかのように。


バルゼンが短く言う。

「……行くぞ」


麗華は頷き、血紋の疼きを抱えたまま、一歩を踏み出す。

赤い月が湖面に滲み、彼らの背を押すように輝いた。


――“契約の地”への扉が、いま開かれた。


霧が裂け、静寂が落ちた。

風が止まり、世界の音が一瞬だけ途絶える。


湖畔の館の扉が、ゆっくりと――まるで呼吸するように――開かれていく。

その奥から、ひとりの青年が現れた。


白銀の髪が月光を受けて淡く光り、瞳は紅く、まるで湖面に映る“血の月”をそのまま宿したようだった。

彼の立ち姿には、威圧でも敵意でもない、しかし確かな“覚悟”の気配が漂っていた。


麗華は、無意識に息をのむ。

その瞬間、胸の奥――封印された血紋が熱を帯び、共鳴するように脈動を始めた。


「……この感じ……まさか……」

セレナの声が震える。

カイルとダリオも剣に手をかけるが、青年は一歩も動かない。


彼はゆっくりと、麗華に向かって微笑んだ。

その微笑みはどこか懐かしく、しかし底知れぬ哀しみを湛えていた。


そして、静かに言葉を紡ぐ。


> 「ようこそ……“継承者”。」




その声が響いた瞬間、湖面がざわめいた。

風もないのに波が立ち、赤く染まった光が水面に広がっていく。

まるで湖そのものが“血”へと変わっていくようだった。


空を見上げると――そこには、再び昇る血の月。

紅い光が霧を焼き払い、館と湖、そして麗華の姿を幻想的に照らし出す。


麗華の目が揺れる。

その光景の中で、彼女の耳に微かな“声”が届いた。


──【契約の継承、始まれ】──


バルゼンが息を呑み、低く呟く。

「……やはり、目覚めたか」


麗華は青年――アルト・アステルをまっすぐに見据える。

胸の奥の疼きが、もはや痛みではなく、宿命の鼓動へと変わっていた。


> 「……いいわ。確かめてやる。

この“契約”が、どんな運命を呼ぶのか――」




湖の上を渡る風が、再び彼らの間を吹き抜ける。

その夜、血の月の下で、二つの“継承”が静かに交わった。


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