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奴隷令嬢、最強への成り上がり  作者: 南蛇井


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昇格式と呼び出し

王都ギルド本部――その大講堂は、朝の光を取り込み、白金に輝いていた。

 天井まで届くステンドグラスから降り注ぐ光が、磨き上げられた石床に反射し、まるで光の儀式のように空間を包んでいる。

 階段状に並ぶ席には、無数の冒険者たち。

 ざわめきの中で、重厚な声が響く。

「――続いて、特級冒険者昇格者、“麗華・ヴァルグレイン”!」

 その名が告げられた瞬間、ざわ……と空気が震えた。

 注がれる視線。期待と、畏れと、好奇の入り混じった視線だった。

 ゆっくりと壇上に歩み出る少女――麗華・ヴァルグレイン。

 黒のロングコートに紅の刺繍が走り、彼女の白い肌と紅眼を際立たせていた。

 首元には、古代の封印具を模した銀の首輪。その奥で、淡く紅の光が脈打つ。

 観客席の冒険者たちがざわつく。

 「女で特級……?」「まさか、あの“紅眼の麗華”か」

 「封印任務の生還者……伝説じゃなかったのか?」

 彼女はその囁きを気にも留めず、静かに壇上の中央へ進んだ。

 ギルド長――壮年の男が立ち上がり、儀礼用の証章を掲げる。

「麗華・ヴァルグレイン。

 長年の功績と、王国に対する貢献を認め、ここに“特級冒険者”の称号を授ける」

 その瞬間、講堂に緊張が走る。

 麗華が一歩進み出て、右手を差し出した。

 ギルド長が金の証章を彼女の掌に置いた――その刹那。

 紅の光が、弾けた。

 麗華の首輪が淡く輝き、刻まれた紋章が浮かび上がる。

 血潮のような紅が、脈動しながら講堂全体へと拡散した。

 まるで“何か”が目を覚ましたかのように。

 観客の息が止まる。

 ギルド長の笑みが凍りついた。

 壇上の後方、補佐席にいた副団長フェルディナがわずかに身を乗り出す。

 指先で通信魔導具を起動し、低く命じた。

 「……観測班、今すぐ記録を取れ。波形解析を開始」

 背後の魔導装置が唸りを上げ、青白い光を放つ。

 古代波形を検知――その文字がホログラムに浮かぶ。

 麗華は胸の奥で熱を感じ、息を詰めた。

 “また……この感じ”

 内側の血がざわめき、皮膚の下で何かが蠢くような感覚。

 けれど彼女は、すぐに息を整えた。

 周囲の視線が突き刺さる中、表情一つ変えずに一歩退き、頭を下げる。

「……すみません。少し、魔力が共鳴しただけです」

 その言葉に、ギルド長は無理に笑みを取り戻した。

 「気にするな。――それだけ、強い力を宿しているということだろう」

 式典は再開された。

 だが空気はもはや祝賀のものではない。

 観客たちは、目の前の少女が放った“紅の光”を忘れられずにいた。

 あの輝きは、祝福の光ではない――“契約”の輝きだと、本能で悟っていた。

 麗華は深く息を吐き、視線を落とす。

 光は消え、首輪は静寂を取り戻している。

 ただ、その奥で、心臓の鼓動と同じリズムで血紋が脈動していた。

 ――それを感じ取った者が、もう一人いた。

 講堂の片隅。

 群衆の陰に立つ黒衣の男が、無表情のままその光景を見つめていた。

 鋭い灰の瞳が、ただひとり麗華を捉えて離さない。

 男――バルゼン。

 彼の唇が、誰にも聞こえぬほどの声で動く。

「……やはり、“継承者”はこの世に残っていたか」

 その呟きが消えると同時に、式典は静かに幕を下ろした。

 だが、紅い光の残響はまだ空間に揺れていた。

 ――それが、すべての“契約”の再起動であることを、誰も知らないまま。

――王都ギルド本部・地下観測室。

式典の喧騒が遠くに霞み、地下深くでは重い静寂だけが支配していた。

魔導装置の群れが、鈍く赤い光を明滅させている。

空気には焼けた金属の匂いと、魔力が焦げるような刺す臭いが混ざっていた。

フェルディナ副団長は、片手で額を押さえながら、魔導観測盤に映し出された波形を見つめていた。

その隣では情報班の魔術師たちが慌ただしく呪式を調整している。

「……明確に反応がありました」

白衣の魔導師が報告する。

「波形の特性が通常の魔力とは違います。……“古代波形”に近い。」

フェルディナの眉がぴくりと動いた。

「古代波形? まさか……“血の契約文明”の干渉波か」

魔導師がこくりと頷く。

「正確な断定はできませんが……伝承に記されている“契約紋反応”と一致率が高いです。

 特にこの部分――」

魔導師が指差す。波形の一点が異常に赤く光り、そこに“紋様”のような干渉痕が浮かんでいた。

フェルディナは唇を噛む。

「……記録を全て保存しろ。外部には絶対に漏らすな。上層への報告は、私の許可が下りるまで待て。」

「はっ」

部屋の空気が一段と冷たくなる。

誰もが、言葉にできない不吉さを感じ取っていた。

別の幹部がぼそりと呟く。

「もし彼女の血が……本当に“継承者系譜”のものだとしたら――」

フェルディナの視線が鋭くその男を射抜く。

「その名を軽々しく口にするな」

沈黙。

魔導装置の心臓部が低く唸りを上げる。

やがてフェルディナは小さく息を吐き、椅子にもたれた。

「……千年前の契約が、まだ生きているというのか」

誰も答えない。

ただ、モニターに映る赤い紋様だけが、まるで“脈打つ心臓”のように光を繰り返していた。

フェルディナは静かに立ち上がる。

その瞳には、迷いと決意の影が入り混じっていた。

「――確認が必要だ。

 彼女を、呼び出そう」

重い扉が閉まる音が、まるで墓標を打ち立てるように地下に響いた。

――王都ギルド本部・上層会議室。

朝の光が高窓から差し込み、厚い絨毯の上に静かな金の帯を落としていた。

壁には王国とギルド双方の紋章旗が掲げられ、まるで“威圧と誇り”が形を成しているかのようだ。

麗華・ヴァルグレインは、手にした呼び出し状を見つめながら、重厚な扉の前で一度だけ息を整えた。

扉の両側に立つ衛兵が無言で頭を下げ、扉を開く。

――冷えた空気が流れ出た。

中では、フェルディナ副団長をはじめとした数名の幹部たちが既に席についていた。

長机の中央には、一通の封蝋付きの依頼状。

その印章には、赤黒い光を帯びた紋章が刻まれている。

“血の契約紋”――。

麗華の胸に、記憶の残響が蘇る。

古文書で見た、不滅の契約を示す禁忌の印。

その名を知る者は、王都でもごくわずか。

「失礼します。お呼びとのことですが」

麗華は姿勢を正して一歩進む。

フェルディナが短く頷き、口を開いた。

「来てくれて助かる。……すぐに本題に入ろう」

彼は依頼状を指先で押しやり、封蝋の紋を露わにした。

赤黒い紋様が、淡く脈動する。

まるで生きているかのように――。

麗華は息を呑んだ。

「これ……まさか、“誓約の印”……?」

フェルディナが低く答える。

「ああ。古文書ではそう呼ばれていた。触れた者の魂にまで契約を刻む……“呪誓”だ」

重苦しい沈黙。

その中でフェルディナは、依頼書の内容を読み上げた。

「発信はアステル領――北部の封印区域にある古代遺跡の調査依頼だ。

 表向きは学術調査……だが、実際には“観測と監視”の任務を兼ねている。」

「監視……?」

麗華の声は低く、しかし明瞭だった。

フェルディナは一瞬だけ目を伏せる。

「君の“血紋”が、昇格式の後に王都の観測装置を反応させた。

 上層部は偶然だとは思っていない。――君自身が、観測対象だ。」

その言葉に、室内の空気がさらに張り詰めた。

麗華は表情を崩さなかったが、手元の指先が僅かに震えていた。

(……やはり、あの光は見逃されなかったのね)

フェルディナは深く息を吐き、声を少しだけ和らげた。

「……すまない。だが命令には逆らえん。

 君が向かう先、アステル領――そこには“契約の残響”が眠っているらしい」

“契約の残響”――

その言葉に、麗華の血紋がわずかに疼く。

その時、会議室の奥の扉が静かに開いた。

入ってきたのは、黒衣の男。

長身で、灰色の瞳が鋭く光を宿している。

フェルディナが紹介するまでもなく、麗華はその名を知っていた。

――“観測者”の異名を持つ男、バルゼン。

「俺が同行する。」

低く、感情を殺した声が響く。

「上層の命令だ。君の護衛……そして、監視役としてな。」

その灰色の瞳には、一片の情もない。

麗華は一瞬だけ息を呑んだが、すぐにその視線を真っ直ぐに受け止める。

「……了解しました。任務として、受けます。」

短く答えた声の裏で、胸の奥に冷たい波が広がる。

――逃げることのできない呼び声。

――これは、運命そのものが差し出してきた“血の再契約”なのかもしれない。

窓の外で、鐘が一つ鳴った。

新たな使命の始まりを告げるかのように。

夕刻。

 王都ギルド本部の屋上は、静かな風に包まれていた。

 遠くには暮れゆく街並み、赤く染まる塔の群れ。

 麗華はその中に佇み、ゆっくりと空を仰ぐ。

 胸元――封印具の下、首の奥で“血紋”が微かに脈動していた。

 光は弱く、それでも確かに、呼吸をしているように波打っている。

 「……千年前の“契約”なんて、ただの伝承だと思ってた」

 彼女の声は、風に溶けるほど小さい。

 「でも――なぜ、私の血が、呼ばれるの?」

 風が流れ、黒髪が揺れた。

 その瞬間、夜の帳が王都を包み、空に赤い月が昇る。

 紅に染まる光が、麗華の横顔を淡く照らした。

 ――そして。

 首輪の奥から、囁きが届く。

 ──【アステルへ来い。契約の地で、すべてが始まる】──

 空気が震えた。

 誰かの“声”が確かに存在していた。

 記憶の奥底で、何かが目を覚ます気配。

 麗華は静かに目を閉じ、唇を結ぶ。

 「……分かったわ。呼ぶなら、確かめに行く」

 決意の言葉は、風に溶けて消える。

 やがて彼女は、屋上の縁から街を見下ろした。

 遠くの空には、黒い影がひとつ――塔の上に立つ人影があった。

 その男、バルゼン。

 彼の灰色の瞳が、夜気の中で冷たく光る。

 「……継承者が、動き出したか」

 月光がその姿を包み、次の瞬間、風とともに影は消えた。

 赤い月が見下ろす王都の夜。

 静寂の中で、“血の契約”が再び脈打ち始める。

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