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奴隷令嬢、最強への成り上がり  作者: 南蛇井


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封印の器

夜更けのギルド本部。

厚い石壁に囲まれた円卓の間は、息を呑むほど静まり返っていた。

六つの椅子に、ギルドの中枢を担う幹部たちが座している。

それぞれが沈黙し、蝋燭の炎の揺らめきだけが重苦しい空気を照らしていた。

議題は、ただ一つ。

――《奴隷・麗華の力と、その処遇》。

燭台の火が小さく爆ぜた瞬間、沈黙を破ったのは、

灰髪の男――バルゼン副長だった。

彼は苛立ちを隠すことなく、分厚い机を拳で叩きつける。

「見ただろう、あの黒炎を!」

重い声が会議室に響き渡る。

「ありゃ、人間の扱うものじゃねえ! 今のうちに処分しなければ、ギルドそのものが崩壊するぞ!」

威圧に押されるように、若い幹部が小さく身をすくめた。

それでも恐る恐る口を開く。

「ですが……副長。彼女は“試練”を突破しました。

 公式には――“合格”扱いにせねば、規約違反になります」

沈黙。

誰もが言葉を飲み込んだ。

バルゼンの目が、獣のように光を帯びる。

「なら……規約ごと焼き払えばいい」

彼の唇が、冷たく歪む。

「たかが奴隷一人のために、我らが秩序を揺らがせる気か?」

その言葉に、場の空気が一瞬で凍りついた。

誰も反論できない。

恐怖という名の鎖が、全員の喉を締め上げていた。

――その中で、ひとりだけ。

冷静な女の声が、沈黙を切り裂いた。

「……いいえ、焼き払うには、惜しいわ」

視線が集まる。

声の主は、銀の髪を持つ女官長――ミレーヌ。

蝋燭の光が、彼女の瞳に妖しく反射した。

まるで、闇に咲く氷花のような微笑を浮かべながら、

彼女はゆっくりと席を立った。

「“奴隷”であろうと、“人間であろうと”。

 問題はそこではありません。――“力”よ」

バルゼンが眉をひそめる。

だが、ミレーヌは動じない。

黒炎の記録を投げ出すように、机の上へと滑らせた。

蝋燭の明かりが、紙面に刻まれた“黒い紋章”を照らす。

それは、生きているかのように蠢いていた。

「これは、“古代魔紋”の反応。王国が封印した禁術の系譜……」

ミレーヌの声が、静かに、しかし確実に会議室を支配していく。

「――彼女は“消す”べき存在ではないわ。

 むしろ、“利用”すべき存在よ」

燭火がぱちりと鳴り、影が揺らめいた。

それは、まるでこの密室全体が――

ゆっくりと“策謀”へと飲み込まれていく前触れのようだった。

円卓を照らす蝋燭の炎が、ゆらゆらと揺れている。

ミレーヌ女官長は椅子から立ち上がると、静かに長い指先で報告書を広げた。

淡い香が一瞬、室内を漂わせる。冷徹で、どこか花の毒のような匂い。

「……確かに危険です」

彼女の声は凪のように穏やかで、それでいて凍てつくような冷たさを帯びていた。

「けれど――使い道がある」

その一言に、他の幹部たちが息を呑む。

バルゼンの鋭い視線が突き刺さるが、ミレーヌは気にも留めない。

指先で報告書の端を押さえ、静かにページをめくった。

「“古代魔紋”――封印時代に王家が研究していた禁術。

 奴の刻印には、その名残があるわ」

その言葉に、円卓がざわつく。

分厚い羊皮紙には、黒く焦げた痕と、禍々しい紋章の転写図が記されていた。

まるで紙面そのものが怨嗟を帯びているかのように、光を吸い込んでいる。

「黒炎は『第零魔素領域オメガ』の反応。

 理論上、死んだ魔力を再生させる因子――」

彼女は一呼吸置き、目を伏せる。

「王国でも完全解析できず、すべての実験は凍結されたはず」

「な、なんだと……」

「まさか……王国が、まだ“それ”を隠していたのか?」

幹部たちのざわめきが、一気に広がる。

誰もが恐れを隠せない。

“第零魔素領域”――それは神話級の研究であり、触れることすら禁忌とされた領域。

だがミレーヌは、そんな空気を愉しむように微笑んだ。

唇の端が冷たく、ゆるやかに吊り上がる。

「もし――麗華が“器”なら。

 彼女を消すのではなく、“利用”すべきではなくて?」

その一言に、円卓の空気が凍りつく。

沈黙の中、バルゼンが低く唸るように言った。

「……貴様、実験体にするつもりか」

ミレーヌは肩をすくめる。

「私は、現実的な選択をしているだけですわ、副長」

二人の視線がぶつかる。

静寂の中で、蝋燭の炎がひとつ――音もなく消えた。

まるで、彼らの間に漂う冷たい火花が、空気そのものを焼き切ったかのように。

――その場にいる誰もが気づいていた。

この瞬間から、“ギルド”という秩序が、ゆっくりと別の歯車を回し始めたことに。

 重苦しい沈黙が続く円卓。

 蝋燭の炎が、誰の吐息ともつかぬ微かな震えに揺れた。

 その瞬間――。

 “空気”が、裂けた。

 耳ではなく、皮膚で感じる異音。

 円卓の奥、結界の向こう――誰もいないはずの闇が、形を持つ。

 ゆらりと。

 まるで影が影の中から歩き出すように、“それ”は現れた。

 黒衣。

 顔は銀の仮面に覆われ、目の部分だけが虚ろに輝く。

 まるで闇の中に、光そのものが沈んでいるかのようだった。

 バルゼンが即座に立ち上がる。

 椅子が軋み、床に響く音が異様に重く感じられた。

 「……貴様、何者だ」

 その問いに、誰もが答えを知っていた。

 だが、口にすることを恐れた。

 ――“影の参謀シャドウ・コンスル”。

 ギルドの裏側を支配する、禁忌の調整者。

 奴隷流通、裏契約、国家との密約――その全てにこの男の影が差している。

 ミレーヌが、まるで旧友を迎えるように微笑む。

 「来てくれたのね、参謀殿」

 仮面の男は、無言のまま一歩踏み出した。

 燭火がそのたびに小さく揺れ、壁に映る影が歪む。

 “何か”が、彼に付き従っている。

 それを見てはいけないと誰もが本能的に悟った。

 男は円卓の上に、古びた紋章入りの封筒を静かに置いた。

 赤黒い封蝋――王国宰相直属の印章。

 「これは王国宰相よりの密書」

 仮面の奥から響く声は、氷と金属を擦り合わせたような音だった。

 「内容は単純だ――『封印器の所在を確認せよ』」

 ざわ……と空気が動く。

 誰かが息を呑む音さえ、はっきりと聞こえた。

 「封印器……? それはまさか――」

 「そう、“彼女”だ」

 男の仮面が、光を反射して嗤った。

 笑っているのか、歪んでいるのか分からない。

 「奴隷・麗華。

 彼女こそが、王国が封じた“原罪の器”。

 そして――封印を壊す鍵でもある」

 その言葉に、円卓を囲む全員の心臓が一斉に脈打つ。

 ――静寂。

 だが、確かにその夜、何かが動き出した。

 “ギルド”という組織の根を侵す、黒き意志が。

 炎が再び揺らめく。

 まるで嘲笑うように。

 まるで――地獄の灯を喜ぶように。

重たい沈黙の中、ミレーヌが細く息を吐いた。

 長い睫毛が影を落とし、その瞳に冷たい光が宿る。

 > 「……つまり、王国は彼女を“排除”ではなく――“回収”したいのね」

 仮面の男がわずかに頷く。

 その動作は、人というより、人の形をした何かのように滑らかだった。

 「その通りだ。だが、表立って動くことはできない。

  ゆえにギルドを利用する。

  お前たちに監視させ、暴走の“証拠”を作る。

  ――その口実で、合法的に引き渡させるのだ」

 その声は、炎の明滅とともに金属的に響いた。

 まるで部屋そのものが語っているようだった。

 バルゼンの拳が円卓を叩く。

 木が悲鳴を上げ、書類の山が跳ね上がる。

 > 「ふざけるな! ギルドを王国の犬にするつもりか!」

 怒号の余韻を切り裂くように、仮面の男の声が返る。

 冷たい、静かな、絶望の宣告。

 「もうなっているさ、副長。

  王国とギルドは――“魔王軍との停戦密約”で結ばれている。

  それを壊す権限は、誰にもない」

 その言葉が、静寂の中に落とされた“毒”だった。

 幹部たちの表情が、一斉に強張る。

 椅子の軋み、喉を鳴らす音。

 それぞれが理解してしまった。

 このギルドという組織が、すでに自らの魂を“売っていた”ことを。

 > 「魔王軍……と、密約だと……?」

 > 「どうしてそんなものを……!」

 仮面の男は、笑った。

 だがその笑みは“音”を持たない。

 ただ、空気の温度を下げるだけだった。

 「王国は、滅びを恐れている。

  だからこそ、“封印器”を再び欲している。

  均衡を保つためにな」

 ミレーヌはその言葉を静かに聞きながら、視線を落とす。

 机上の書類――そこに記された名。

 《麗華》。

 > 「麗華……あなたは、この国の歯車を壊す“導火線”になるかもしれないわね」

 その声は、祈りにも似ていた。

 だが――そこに慈悲はなかった。

 燭火が小さく爆ぜ、黒煙を上げる。

 まるで、彼女の名を告げた瞬間に世界がざわめいたかのように。

 そして、円卓の上には一枚の影が残る。

 それは誰のものでもなく――

 “これから始まる火種”の形をしていた。

会議室の重い扉が閉ざされると同時に、深夜の静寂が廊下を包んだ。

 ミレーヌはひとり、長い回廊を歩いていた。

 壁に埋め込まれた魔導灯が淡く明滅し、金の髪に光の筋を描く。

 彼女の手には、さきほどの報告書の写し。指先が無意識に、その端をなぞる。

「“封印の器”……」

 低く呟く声が、冷たい石壁に反響した。

「王国が恐れた力。けれど、あの少女――麗華は、それを自ら制御しようとした。

 本能ではなく、意志で。……あの目は、恐怖ではなく、覚悟を映していた」

 ミレーヌの足音が止まる。

 夜の空気が揺らぎ、背後に気配が立つ。

 影が音もなく形を成し、黒衣の男――仮面の参謀が、月光の残滓のように現れた。

「――いずれ目覚める」

 仮面越しに響く声は、低く、冷ややかに響く。

「その力は“理”を喰らう。

 やがてこの国の秩序も、王国の誇りも、灰となるだろう」

 ミレーヌは振り返らない。

 ただ、唇の端に薄い笑みを浮かべた。

「ならば――見届けましょう。

 “滅び”の始まりを。

 そして、真の“再生”が誰の手に委ねられるのかを」

 彼女の瞳は、冷たくも確かな光を帯びていた。

 まるで、闇の中で灯る蝋燭の炎のように。

 ◆

 場面転換――王都の夜景。

 高塔の上、月が濃い雲間から顔を覗かせる。

 その光が、ギルド本部の尖塔に刻まれた紋章を照らした。

 赤い魔力の脈が淡く瞬き、まるで“何か”が呼吸しているように鼓動を刻む。

 遠く、風が吹き抜け、鐘楼の鎖が音を立てた。

 街のどこかで、黒炎の幻が一瞬だけ揺らめく。

 ――それは、救いの火なのか。

 それとも、破滅の灯か。

 誰もまだ、その答えを知らない。

 ただ、静かに“夜”が動き出していた。


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