必ず……這い上がる。この世界で、“頂点”に
ギルド本部――大広間。
石造りの壁に掲げられた大きな紋章が、場の権威を物語っている。
昇格試験の合格発表を待つ受験者や観衆のざわめきは、今や別の熱を帯びていた。
「奴隷だってよ……」
「まさか、そんな奴が試験を受けてたのか?」
囁きは瞬く間に伝播し、波紋のように広がっていく。やがてそれはさざめきではなく、嘲笑と侮蔑のざわめきへと変わった。
壇上に並ぶ試験官やギルド職員たちでさえ、眉をひそめる。
「……奴隷が冒険者を装うとはな」
彼らの視線には、冷ややかな拒絶の色がはっきりと浮かんでいる。
空気は重く濁り、麗華の立つ場所だけがぽっかりと孤島のように切り離されていた。
そこに注がれるのは、敵意と嘲笑。
大広間全体が、彼女を排斥するための裁きの場に変わりつつあった。
嘲笑と侮蔑のざわめきが、波のように押し寄せる。
その渦中を、重い靴音が切り裂いた。
――ドン。
ロウガが一歩、前へと踏み出す。
鋭い眼光は獣の咆哮を宿し、広間の空気を支配する。
その威圧感に、周囲の冒険者たちは思わず息を呑み、数歩後ずさる。
「……っ!」
「な、なんだ、この圧……」
ロウガは視線を周囲に突き刺し、荒々しい声を放った。
「――ああ、こいつは俺の奴隷だ」
ざわめきが一瞬止まる。
「それがどうした? 文句があるなら、このロウガがまとめて相手になってやる!」
闘犬が唸りを上げるような声が、大広間に轟き渡った。
その一喝に、先ほどまで嘲笑していた者たちは凍りつき、口を閉ざす。
ロウガの“庇護の宣言”は、同時にギルド全体への“挑戦状”でもあった。
その背に立つ麗華を守ると同時に、彼はすべてを敵に回す覚悟を示したのだ。
ロウガの荒々しい声が広間を揺らした直後――
その横に、麗華が静かに歩み出る。
鉄の床を踏みしめる靴音は、不思議なほど澄んで響いた。
表情は無――だが、その瞳には烈火のような光が宿っている。
麗華は人々を見渡し、冷ややかに口を開いた。
「――そう。私は奴隷」
嘲笑を浮かべていた者たちが、一瞬息を呑む。
その声音は淡々としているのに、冷たい鋼の刃のように胸を突き刺す。
「でも、諦めない」
まっすぐな声が、大広間を震わせる。
「たとえ奴隷であっても――私は、この世界の頂点に立つ」
その宣言は誇張も激情もなく、ただ事実を告げるかのようだった。
だが、だからこそ人々の耳に、心に、狂気じみた執念として焼きつく。
嘲笑う者も、先ほど沈黙した者も、誰一人として言葉を返せなかった。
麗華の放った言葉は、広間そのものを支配していた。
場の空気の反転
ざわめきが広がった。
「狂ってる……」
誰かが吐き捨てるように言った。
「だが、本気だ」
別の声が、低く、押し殺したように呟く。
「……面白い」
そして、笑みを含んだ興味の視線。
三つの感情――嘲笑、畏怖、好奇。
それらが渦を巻きながら群衆の中で拡散し、空気を震わせていく。
麗華は一歩も動かず、その中心に立っていた。
無表情のまま、ただ瞳だけが燃えている。
それは理屈では説明できない、狂気じみた執念の輝き。
気づけば、嘲笑していた者でさえ、言葉を飲み込んでいた。
彼女の存在感が、場そのものを反転させてしまったのだ。
――麗華。奴隷でありながら、誰よりも“支配者”の顔をしている女。
空気が変わるのを一文で締めるなら、
「場を支配していたのは群衆ではなく、ただ一人の奴隷――麗華だった。」
ギルド上層の視線
ざわつく群衆をよそに、上段のバルコニーから冷たい視線が降り注ぐ。
ギルド幹部たち――選ばれた者だけが座す、権力の檻。
「……無謀だな」
ひとりが腕を組み、呟く。
「だが、資質は確かだ。あの眼は、凡庸な奴隷には持てぬものだ」
「資質? むしろ危険そのものだろう」
別の幹部が吐き捨てるように言った。
「放置すれば派閥の火種となる。誰かが彼女を担ぎ上げ、勢力が割れるのは目に見えている」
鋭い眼差しが麗華へ注がれる。
それは評価であり、警戒であり、同時に欲望でもあった。
――脅威を排除するべきか、あるいは利用すべきか。
群衆の視線とは違う。
幹部たちの瞳には、血を啜る獣のような“政治”の匂いが滲んでいた。
こうして麗華の一歩は、己の運命だけでなく、ギルド全体の均衡を揺るがす楔となって打ち込まれていく。
ロウガの獣の咆哮と、麗華の鋼の宣言。
二つの声が重なった瞬間、大広間を覆っていた嘲笑と侮蔑は、まるで嵐が引くように消え去った。
ただ残るのは、重苦しい沈黙。
そして、その沈黙を破るように、誰もが胸の奥に芽生えた感情を押し殺す。
「……狂ってやがる」
誰かが吐き捨てた。だが、その声には怯えが混じっていた。
麗華は、奴隷という絶望を背負ったまま、頂点を目指すと宣言した。
それは常識を踏み越えた狂気でありながら、同時に抗いがたい迫力を放っていた。
ギルドに集う者たちは悟る。
――この女は異質だ。
――凡百の冒険者とは違う、何かを孕んでいる。
視線が絡み合い、畏怖と好奇と憎悪が入り混じった熱を孕む。
そのどれもが、麗華という存在を確かに刻み込んでいた。
やがて、場は収束する。
だが、誰一人として先ほどまでのように彼女を侮ることはなかった。
そして、この一件を皮切りに――
麗華は“正式登録”をめぐって、さらなる試練を課されることになる。
それはギルドの意志か、幹部の思惑か、それとも運命の悪戯か。
彼女の戦いは、まだ始まったばかりだった。
嘲笑を浮かべたまま、クラスメイトたちはぞろぞろと背を向けていった。
だがその足取りには、微かな乱れがあった。――彼らの胸中に芽生えた動揺を、誰よりも本人たちが否定したがっていた。
取り巻きたちが遠ざかる中、静かに拳を握る者がいた。
ダリオだ。
(麗華が奴隷? それがどうした。ならば俺は、その道を切り開く剣になるだけだ)
鋼のように固い決意が、彼の瞳に宿る。
「ハッ、面白ぇ!」
ロウガが大きく笑い、肩を揺らす。
「お前が這い上がるってんなら、俺はその背を押してやる。文句がある奴は、このロウガがまとめて叩き潰してやるぜ!」
その豪快な響きが、大広間の重苦しさを一気に吹き飛ばす。
そして――麗華は誰にも聞かれぬよう、胸の奥でそっと呟いた。
(必ず……這い上がる。この世界で、“頂点”に――)
その心の誓いは、冷たい鋼の刃のように鋭く、誰にも折ることはできない。
奴隷であるという烙印すら、彼女の原動力へと変わっていく。
こうして、ギルド本部での一幕は幕を閉じた。
だが、麗華を待ち受ける道のりは、血と陰謀と試練に満ちている。
その始まりを、まだ誰も知らなかった――。




