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奴隷令嬢、最強への成り上がり  作者: 南蛇井


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33/50

これは――私が超えるべき壁

 ギルド本部――その大広間は、熱気と緊張が渦を巻いていた。

 昇格試験の合格発表を待つ受験者とその家族、そして彼らの前途を見届けようと集まった冒険者たちで、隙間もないほどに埋め尽くされている。

 高い天井から吊るされたシャンデリアが煌々と輝き、石造りの壁にはギルドの紋章が厳かに掲げられていた。壇上には数人の試験官とギルド幹部が並び、まるで裁きを待つ法廷のような重苦しさを漂わせている。

 ――その空気に呑まれながらも、麗華は人混みの中で背筋を伸ばしていた。

 周囲の視線は試験結果を待ちきれずに焦りと期待を帯びている。だが、彼女の胸中には別の不安が静かに渦巻いていた。

(私がここに立っていること自体、許されざることなのかもしれない……)

 ギルド本部の大広間――それは希望を照らす場であると同時に、秘密が暴かれれば一瞬で奈落へ叩き落とされる場所でもある。

 ロウガは少し離れた位置で腕を組み、鋭い眼差しを壇上へ注いでいた。彼の存在は周囲の冒険者たちをも萎縮させる迫力を帯びている。ダリオは落ち着きなく視線を彷徨わせ、今にも口を開きそうな取り巻き連中を警戒している様子だった。

 ざわ……ざわ……。

 人波の中で、誰かの小さな声が響いた。

「……なぁ、聞いたか? 奴隷が受験者の中にいるって話」

 瞬間、周囲の耳がその言葉を拾い、波紋のように広がっていく。

 囁きは次第に形を持ち、やがて誰もが顔を見合わせる中、一人の取り巻き系のクラスメイトが、わざとらしく壇上に声を張り上げた。

「そうだ! あいつだ! 麗華は奴隷なんだ! 奴隷が冒険者を装って受験してるんだ!」

 瞬く間に大広間の空気が変わった。

 期待と熱気は冷笑と軽蔑へと姿を変え、無数の視線が一斉に麗華へ突き刺さる。

「まさか……奴隷が……?」

「信じられん、そんな身分で……」

「冗談だろう?」

 ざわめきは嵐のように広がり、麗華の心臓を締めつけた。

 壇上にいたギルド職員の一人が険しい表情を浮かべ、冷たい声を響かせる。

「……事実か?」

 麗華は一瞬、答えを失った。

 しかし、その沈黙を待たずに職員は言い放った。

「奴隷身分である以上、正式登録は無効だ。規則に則り、冒険者としての資格は認められない」

 その瞬間、大広間の空気は完全に敵対へと傾いた。

 誰もが嘲り、誰もが遠巻きに見下し、麗華は人混みの中心で孤立する。

 胸の奥に刻んだ「自由への誓い」が、いまにも踏みにじられようとしていた。

大広間に張りつめていた緊張は、ほんの一言で形を変えた。

「なあ、聞いたか?」

 人垣の中から、不自然なほど通る声が響く。振り返ると、取り巻き系の男子がわざとらしく顎をしゃくり、周囲に聞かせるように言葉を続けた。

「――あいつ、奴隷だってよ。冒険者の皮を被ってるだけの」

 一瞬、空気が止まる。

 だが、次の瞬間には波紋が広がるように人々の表情がざわめきで揺れた。

「……え? 奴隷?」

「まさか……そんな奴が試験を?」

「冗談だろ、ギルドに奴隷なんて……」

 ささやきは最初、半信半疑の響きを帯びていた。けれども、人から人へと伝わるたびに疑念は形を変え、やがて確信めいた声となって膨らんでいく。

 麗華に向けられる視線が変わっていくのが、痛いほどわかった。

 先ほどまで「誰が合格するのか」という期待で熱を帯びていた眼差しは、今では「奴隷がここにいる」という好奇と軽蔑に染まっている。

「見ろ、あの女……」

「そう言われれば、どこか雰囲気が……」

「なるほどな、奴隷にしては上出来だ」

 ひそひそ声は耳を刺すように重なり合い、麗華を中心に渦を巻く。

(……やっぱり、こうなるのか)

 心臓が胸を叩き、手のひらが冷たく汗ばむ。

 頭では分かっていた。秘密はいつか暴かれる、と。

 だが――よりにもよって、この場で。

 壇上に控えるギルド幹部たちの顔にも、わずかな動揺が走っていた。

 それは、ただの噂話として無視できる軽さではなく、「規則」という冷酷な刃が突きつけられる可能性を意味していた。

 大広間を包むざわめきは、もう止まりそうにない。

視線――それは刃だった。

 麗華の全身に、数えきれないほどの視線が突き刺さる。

 冷たいもの、熱いもの、そしてただ愉快げに歪んだもの。

 クラスメイトたちは勝ち誇ったように口角を吊り上げていた。

「やっぱりな」と言わんばかりのその笑みは、麗華の存在を「奴隷」という烙印で塗りつぶそうとしていた。

 観客席の冒険者や家族連れの中からも、二種類の反応が広がる。

 ある者は、あからさまに鼻で笑い、侮蔑の視線を投げつけた。

「奴隷が……冒険者を名乗るだなんて」

「身の程知らずめ」

 また別の者は、興味深げに目を細め、見世物を前にした観客のように息を潜めていた。

「おい、どうなるんだ?」

「ギルドは認めるのか……? それとも追放か?」

 静寂と喧騒が入り混じり、麗華の周囲だけがぽっかりと孤島のように切り離されていく。

 人々は彼女に触れまいと距離をとりながら、まるで「異物」を観察するかのように取り囲んでいた。

 ――孤立。

 その二文字が、麗華の胸に冷たく降り積もる。

 けれど、彼女の瞳にはまだ揺らぎがなかった。

 唇を結び、ただ真正面からその視線の嵐を受け止めていた。

(……結局、人は奴隷を奴隷としか見ないのね)

 胸の奥で呟いたその思いは、痛みよりもむしろ静かな炎を宿していた。

麗華の顔は、氷の仮面のように動かなかった。

 どれほどの嘲笑が浴びせられようと、どれほど侮蔑の視線が突き刺さろうと――その唇は震えず、目も逸らさない。

 だが、その胸中は静寂ではなかった。

 烈火。

 燃え盛るような炎が、心の奥底で荒れ狂っていた。

(――これもまた、踏み台。嘲笑などどうでもいい。私は必ず這い上がる)

 蔑まれ、孤立させられるほどに、その決意は研ぎ澄まされていく。

 奴隷として押し込められた枠の中に収まるつもりなど、最初からない。

 麗華は、冷ややかな瞳の奥で静かに誓った。

 今を笑う者たちの声を、必ず未来で黙らせてみせると。

 周囲のざわめきは熱を帯び、罵声すら混じり始めていた。

 堪えきれずに前へ踏み出したのは、ロウガだった。

「ふざけんなッ! 麗華をなんだと思ってやがる!」

 その声に続くように、ダリオも憤然と声を張り上げる。

「試験で示した力を無視して、身分だけで裁くなど――騎士の誇りにも劣る暴挙だ!」

 二人の怒りが大広間に響き渡る。

 しかし、その前に小さな手が差し出された。

 麗華が、静かに制止していた。

「いいのです」

 低く、しかし誰の耳にも届く確かな声音。

 ロウガの怒声も、ダリオの憤慨も、その瞬間に凍り付く。

 麗華の瞳は冷たく澄み、燃えるような意志を宿していた。

「これは――私が超えるべき壁。

 奴隷であるがゆえに与えられた宿命なら、それすらも踏み越えてみせる」

 その言葉は、観衆の心に深く刻まれる。

 哀れむでも、嘲るでもなく。

 ただ「異質な強者」として、少女はそこに立っていた。

 その宣言こそが、麗華が「奴隷」であることを隠すのではなく、武器とし、頂点へ至ろうとする意思を鮮烈に浮かび上がらせた。


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