異質な“中心点
試験官の旗が振り下ろされ、響き渡る声が告げた。
「――そこまで!」
最後の変異種オーガが地に沈んだ瞬間、闘技場は嘘のように静まり返った。
荒い呼吸、焦げた血と硝煙の匂い。砕けた石床にはまだ戦いの余韻が色濃く残っている。
誰もが次の動きを忘れたかのように立ち尽くしていた。
そして――その視線は一斉に、一人の少女へと注がれる。
麗華。
仲間たちが狼狽え、叫び、倒れていった中で、ただ一人冷徹に戦場を支配した少女。
彼女は歓声にも罵声にも反応しない。ただ、無言。
その表情は氷の面のように動かず、冷ややかで、触れる者を拒絶する。
だが――その無機質さこそが、逆に場内に異様な存在感を生み出していた。
血の跡と月光を背に立つ彼女は、もはや“奴隷”ではなく。
観客の誰もが認めざるを得ない――戦場を掌握した支配者の姿そのものだった。
静寂を破ったのは、吐き捨てるような声だった。
「……奴隷風情が、出しゃばりやがって」
憎悪と嫉妬に濁った視線。特に彼女を知るクラスメイトの口元が歪む。自分たちが救われた事実よりも、“奴隷に従った”という屈辱が、彼らの胸を焼いていた。
一方、観覧席の冒険者の一人が低く呟く。
「……冷静さが異常だ。あれは訓練ではない、実戦で鍛えられた采配だ」
その声には畏怖が混じっていた。奴隷という枠に収まらぬ冷徹さは、むしろ人の域を越えたものに映ったのだ。
さらに別の観客が、興味深そうに仲間へ囁く。
「……名前を調べろ。あの女はただ者じゃない」
彼らの目に宿るのは好奇の色。恐れも侮蔑もせず、ただ“未知の資質”を前に、値踏みしようとする眼差しだった。
――憎悪、畏怖、好奇。
三つの感情が渦を巻き、麗華を取り巻く空気は歪み始める。
だがその中心に立つ少女は、ただ無言。まるで嵐の眼のように、微動だにしなかった。
上層席――。一般の観客席とは隔てられた高みで、ギルド幹部たちが視線を交わしていた。
「……放置すれば、派閥争いの火種になるぞ」
ひとりが低く呟く。その目は麗華の無表情を映し、冷たい汗をにじませていた。
「しかし、資質は見過ごせん。あの采配は凡庸な訓練生のものではない」
別の幹部は顎に手を当て、興味深そうに眼を細める。
「使い方次第では、我らの手札となるやもしれん……」
短い囁き合いに潜むのは、純粋な評価だけではない。
功績をどう奪うか。どの派閥に引き入れるか。あるいは――芽のうちに摘むか。
少女の立つ場所は、すでに試験場ではなかった。
その存在は、ギルド上層の暗い思惑に絡め取られようとしていた。
上層席――。一般の観客席とは隔てられた高みで、ギルド幹部たちが視線を交わしていた。
「……放置すれば、派閥争いの火種になるぞ」
ひとりが低く呟く。その目は麗華の無表情を映し、冷たい汗をにじませていた。
「しかし、資質は見過ごせん。あの采配は凡庸な訓練生のものではない」
別の幹部は顎に手を当て、興味深そうに眼を細める。
「使い方次第では、我らの手札となるやもしれん……」
短い囁き合いに潜むのは、純粋な評価だけではない。
功績をどう奪うか。どの派閥に引き入れるか。あるいは――芽のうちに摘むか。
少女の立つ場所は、すでに試験場ではなかった。
その存在は、ギルド上層の暗い思惑に絡め取られようとしていた。
観衆のざわめきは確かに耳に届いていた。
嘲笑、畏怖、そして好奇。
それらが幾重にも重なり合い、押し寄せる波のように彼女を包み込む。
だが――麗華の瞳には一切の揺らぎはなかった。
(……これで一歩。この身を縛る檻を破り、必ず――頂点に立つ)
その誓いは声にならず、ただ心の奥底で氷の刃のように研ぎ澄まされていく。
無表情のまま立つ彼女の姿は、冷たく凍りついた表面に、誰にも見えない炎を秘めていた。
――奴隷であることも、屈辱も、すべて踏み台にして。
彼女は確かに前へ進んでいる。
試験官の声が響き、場に終わりを告げると、天井の裂け目から月光が差し込んだ。
蒼白な光は血と硝煙に満ちた闘技場を切り裂き、影と光を交錯させる。
その中心――舞台の中央に立つ麗華のシルエットが、浮かび上がった。
無表情、無言。その佇まいは、観客の網膜に焼き付く異様な存在感となる。
だが次の瞬間、場内の照明がふっと落ちる。
月明かりすら遠ざかり、舞台が黒に飲み込まれる。
――まるで舞台の幕が閉じるかのように。
奴隷でありながら異質な光を放った少女の姿を残し、試験編は静かに暗転した。
――幕は下りた。
だが、観客席に沈むのは静寂ではない。
「……なんだ、今のは」
「奴隷のくせに……」
「いや、ただの奴隷じゃない」
ざわめきが渦を巻き、言葉にならぬ感情が空気を震わせる。
憎悪――「異質」への嫌悪。
畏怖――理解不能の力に対する恐怖。
好奇――次を求める欲望。
その三つの感情が、暗闇に漂う瘴気のように観客の心を侵し続ける。
舞台の中央に立っていたはずの麗華の姿は、もう見えない。
だが誰の眼にも、奴隷でありながら異質な“中心点”として焼き付けられていた。
あれは何だったのか。
どこから現れ、どこへ消えるのか。
答えのない問いが、観客の頭に巣を作る。
それはまるで呪いのように、次なる試練の幕開けを予兆していた。
――彼女は、ただの奴隷ではない。
誰もがそう直感してしまったがゆえに、闘技場は「終わり」ではなく「始まり」の余韻を孕んだまま、凍り付いていた。




