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奴隷令嬢、最強への成り上がり  作者: 南蛇井


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30/50

異質な“中心点

試験官の旗が振り下ろされ、響き渡る声が告げた。

「――そこまで!」

 最後の変異種オーガが地に沈んだ瞬間、闘技場は嘘のように静まり返った。

 荒い呼吸、焦げた血と硝煙の匂い。砕けた石床にはまだ戦いの余韻が色濃く残っている。

 誰もが次の動きを忘れたかのように立ち尽くしていた。

 そして――その視線は一斉に、一人の少女へと注がれる。

 麗華。

 仲間たちが狼狽え、叫び、倒れていった中で、ただ一人冷徹に戦場を支配した少女。

 彼女は歓声にも罵声にも反応しない。ただ、無言。

 その表情は氷の面のように動かず、冷ややかで、触れる者を拒絶する。

 だが――その無機質さこそが、逆に場内に異様な存在感を生み出していた。

 血の跡と月光を背に立つ彼女は、もはや“奴隷”ではなく。

 観客の誰もが認めざるを得ない――戦場を掌握した支配者の姿そのものだった。

 静寂を破ったのは、吐き捨てるような声だった。

 「……奴隷風情が、出しゃばりやがって」

 憎悪と嫉妬に濁った視線。特に彼女を知るクラスメイトの口元が歪む。自分たちが救われた事実よりも、“奴隷に従った”という屈辱が、彼らの胸を焼いていた。

 一方、観覧席の冒険者の一人が低く呟く。

 「……冷静さが異常だ。あれは訓練ではない、実戦で鍛えられた采配だ」

 その声には畏怖が混じっていた。奴隷という枠に収まらぬ冷徹さは、むしろ人の域を越えたものに映ったのだ。

 さらに別の観客が、興味深そうに仲間へ囁く。

 「……名前を調べろ。あの女はただ者じゃない」

 彼らの目に宿るのは好奇の色。恐れも侮蔑もせず、ただ“未知の資質”を前に、値踏みしようとする眼差しだった。

 ――憎悪、畏怖、好奇。

 三つの感情が渦を巻き、麗華を取り巻く空気は歪み始める。

 だがその中心に立つ少女は、ただ無言。まるで嵐の眼のように、微動だにしなかった。

上層席――。一般の観客席とは隔てられた高みで、ギルド幹部たちが視線を交わしていた。

 「……放置すれば、派閥争いの火種になるぞ」

 ひとりが低く呟く。その目は麗華の無表情を映し、冷たい汗をにじませていた。

 「しかし、資質は見過ごせん。あの采配は凡庸な訓練生のものではない」

 別の幹部は顎に手を当て、興味深そうに眼を細める。

 「使い方次第では、我らの手札となるやもしれん……」

 短い囁き合いに潜むのは、純粋な評価だけではない。

 功績をどう奪うか。どの派閥に引き入れるか。あるいは――芽のうちに摘むか。

 少女の立つ場所は、すでに試験場ではなかった。

 その存在は、ギルド上層の暗い思惑に絡め取られようとしていた。

上層席――。一般の観客席とは隔てられた高みで、ギルド幹部たちが視線を交わしていた。

 「……放置すれば、派閥争いの火種になるぞ」

 ひとりが低く呟く。その目は麗華の無表情を映し、冷たい汗をにじませていた。

 「しかし、資質は見過ごせん。あの采配は凡庸な訓練生のものではない」

 別の幹部は顎に手を当て、興味深そうに眼を細める。

 「使い方次第では、我らの手札となるやもしれん……」

 短い囁き合いに潜むのは、純粋な評価だけではない。

 功績をどう奪うか。どの派閥に引き入れるか。あるいは――芽のうちに摘むか。

 少女の立つ場所は、すでに試験場ではなかった。

 その存在は、ギルド上層の暗い思惑に絡め取られようとしていた。

 観衆のざわめきは確かに耳に届いていた。

 嘲笑、畏怖、そして好奇。

 それらが幾重にも重なり合い、押し寄せる波のように彼女を包み込む。

 だが――麗華の瞳には一切の揺らぎはなかった。

 (……これで一歩。この身を縛る檻を破り、必ず――頂点に立つ)

 その誓いは声にならず、ただ心の奥底で氷の刃のように研ぎ澄まされていく。

 無表情のまま立つ彼女の姿は、冷たく凍りついた表面に、誰にも見えない炎を秘めていた。

 ――奴隷であることも、屈辱も、すべて踏み台にして。

 彼女は確かに前へ進んでいる。

試験官の声が響き、場に終わりを告げると、天井の裂け目から月光が差し込んだ。

 蒼白な光は血と硝煙に満ちた闘技場を切り裂き、影と光を交錯させる。

 その中心――舞台の中央に立つ麗華のシルエットが、浮かび上がった。

 無表情、無言。その佇まいは、観客の網膜に焼き付く異様な存在感となる。

 だが次の瞬間、場内の照明がふっと落ちる。

 月明かりすら遠ざかり、舞台が黒に飲み込まれる。

 ――まるで舞台の幕が閉じるかのように。

 奴隷でありながら異質な光を放った少女の姿を残し、試験編は静かに暗転した。

――幕は下りた。

だが、観客席に沈むのは静寂ではない。

「……なんだ、今のは」

「奴隷のくせに……」

「いや、ただの奴隷じゃない」

ざわめきが渦を巻き、言葉にならぬ感情が空気を震わせる。

憎悪――「異質」への嫌悪。

畏怖――理解不能の力に対する恐怖。

好奇――次を求める欲望。

その三つの感情が、暗闇に漂う瘴気のように観客の心を侵し続ける。

舞台の中央に立っていたはずの麗華の姿は、もう見えない。

だが誰の眼にも、奴隷でありながら異質な“中心点”として焼き付けられていた。

あれは何だったのか。

どこから現れ、どこへ消えるのか。

答えのない問いが、観客の頭に巣を作る。

それはまるで呪いのように、次なる試練の幕開けを予兆していた。

――彼女は、ただの奴隷ではない。

誰もがそう直感してしまったがゆえに、闘技場は「終わり」ではなく「始まり」の余韻を孕んだまま、凍り付いていた。


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