最終選考の場
陽光が差し込む石造りの闘技場。だがその空気は、まるで処刑場のように張りつめていた。
ギルド訓練場――冒険者候補たちの最終選考の場として、特別に拡張された魔物収容フィールド。
観覧席には受験者の家族、冒険者を夢見る後輩たち、そしてギルド幹部までもが居並び、ざわめきと熱気が渦巻いている。
試験の課題は明快。
――複数の受験者を混成チームに組み合わせ、制御下の魔物を討伐すること。
単純だが、その中で「協調性」と「戦術眼」、さらには「生き残る胆力」を見抜くのが狙いだ。
壇上に立つ試験官が無機質に声を張り上げる。
「実戦試験、開始!」
重厚な鉄格子が上がる音が響き渡る。
次の瞬間、檻の奥から地響きのような咆哮が飛び出した。
「グルゥゥオオオオッ!」
姿を現したのは、筋骨隆々とした巨体のオーガ。緑黒色の皮膚に包まれ、棍棒のような腕を振りかざすたび、空気が震える。
さらに続けざまに二体、三体と姿を現し、地を揺らしながら進み出る。
その威圧感に、武器を構えていた受験者の何人かが思わず一歩後ずさった。
「う、嘘だろ……あんな化け物、試験で相手にするのかよ……」
「聞いてない、こんなの……!」
場の空気が一気に緊張に支配される。
それでも――誰も逃げることは許されない。
試験は、すでに始まっているのだから。
試験開始直後、闘技場は熱に浮かされたような喧騒に包まれていた。
受験者たちは互いに出し抜こうと前のめりになり、まるで点数稼ぎの狩りのようにオーガへ突撃していく。
「俺が仕留める! 見てろよ!」
「奴隷の采配なんて必要ねえ。ロウガが前に出りゃ十分だ!」
とりわけ麗華を侮るクラスメイトたちは、彼女の声を無視して勝手に陣形を崩す。
「首輪付きの女の指示なんざ聞くか!」
彼らは嘲りを込めて吐き捨てると、無謀にも正面から突っ込んでいった。
だがその瞬間、闘技場に轟音が響いた。
「グルルゥゥオオッ!」
側面から回り込んでいたオーガが、咆哮と共に巨腕を振り下ろす。受験者たちは反応できずに弾き飛ばされ、隊列はたちまち瓦解。
後衛の魔術師や弓兵までもが直撃を受けそうになり、悲鳴があがった。
「な、なんで横から――!? 誰が止めるんだよ!」
「やばい、崩れる!」
戦況は一気に傾いた。
そのうえ――。
試験官の一人が、無言で手を振り下ろす。
別の檻から姿を現したのは、常識外れの異形だった。
赤黒い筋肉に覆われ、瞳には血のような光を宿す変異種オーガ。
通常個体よりも一回り大きく、その動きは信じがたいほど素早い。獣のように地を蹴り、受験者の間合いに一瞬で迫った。
「ひ、ひぃっ!?」
「なんだあれ……速すぎる!」
鋭い爪が振り抜かれ、石床に深々と溝が刻まれる。
ただの一撃で、受験者たちの心胆は凍りついた。
観覧席もざわめきに包まれる。
「おい……あれは通常の試験じゃないぞ」
「ギルドが、わざと……?」
闘技場全体が、恐怖と混乱の渦に飲み込まれていった。
受験者たちが恐慌に飲まれ、蜘蛛の子を散らすように後退する中。
ただ一人、麗華の瞳だけは氷のように冷たく澄んでいた。
(――まだ終わっていない。戦場は崩壊していない。なら、立て直すだけ)
彼女は一瞬で全体を見渡し、切り裂くような声を張り上げた。
「後衛は下がって結界を張り直せ!」
「二人、右へ回り込み囮になりなさい!」
「ロウガ、前に出て変異種を押さえ込むのよ!」
その声は、恐怖に揺らぐ耳を鋭く打ち、命令ではなく“強制力”として戦場に響いた。
「チッ、言われなくてもやってやる!」
ロウガが猛獣のごとく咆哮し、筋肉をしならせて突進する。
変異種オーガの巨腕を真正面から受け止め、逆に首を豪快に捻り折った。
轟音と共に血飛沫が散り、観客席がどよめく。
囮に指定された二人は不満げに顔を歪めながらも、魔物の注意を引きつける。
その隙に後衛が結界を張り直し、魔法陣が輝きを取り戻した。
「……はっ、た、助かった……!」
「こ、これなら……!」
戦況は瞬く間に整い始める。
だが、指示を無視して独断で動いた者たちは、各個に変異種や群れに狙われ、無惨に弾き飛ばされていった。
悲鳴が闘技場を満たし、退場を告げる笛が次々と鳴る。
恐怖と混乱が支配していた場に、麗華の声だけが冷徹に秩序を刻んでいく。
それはまるで――混沌の戦場を支配する女王の采配だった。
ロウガが獣じみた咆哮を上げ、変異種オーガの巨腕を正面から叩き伏せる。
豪腕同士が激突し、石畳が轟音とともにひび割れた。
「おらぁッ! 潰れてろォ!」
彼は筋肉と速度を兼ね備えた肉弾戦の化身。
突進の勢いでオーガを壁際に叩きつけ、そのまま巨体ごと床を抉りながら押し倒す。
観客席から思わず歓声が上がる。
その背後で、麗華は冷徹に戦況を俯瞰していた。
「右のオーガ――膝を狙え! 崩せば隣の奴も巻き込める!」
「変異種は心臓が弱点よ! 魔術班、同時に撃ちなさい!」
その声は鋭い刃のように戦場を貫き、誰も逆らえない。
命令ではなく、結果を前提とした“必然の采配”。
魔法が炸裂し、膝を砕かれたオーガが崩れ落ち、その隙をついてロウガが頭蓋を粉砕した。
次第に、奴隷のはずの彼女の声に合わせて動くことが「生き残る唯一の術」であることを、受験者たちは理解していく。
観客席にざわめきが走った。
「……なんで奴隷が指揮を?」
「だが、あの采配がなければ全滅していたぞ」
ギルド幹部の一人は顎に手を当て、険しい表情を崩さぬまま呟く。
「恐ろしく冷静だ……。まるで実戦を知り尽くした指揮官の目だ」
麗華の姿は、もはや「奴隷」ではなかった。
そこにいたのは、戦場を冷徹に支配する一人の指揮官――。
ロウガの拳が、変異種オーガの頭蓋を粉砕した。
赤黒い巨体が痙攣し、地響きを立てて崩れ落ちる。
その瞬間、闘技場に重苦しい沈黙が走った。
試験官が杖を掲げる。
「――そこまで!」
魔法陣が展開し、残存する魔物たちが煙のように消え去る。
訓練場に漂っていた殺気が霧散し、やがてざわめきが戻ってきた。
「……嘘だろ。あの混乱から立て直したのか」
「奴隷が采配? 有り得ねえ……」
観客席では冒険者や見学者が口々に呟き、表情を曇らせる者も驚愕に見入る者もいた。
一部の受験者は、血と汗に濡れた顔を歪めて叫んだ。
「奴隷の言うことなんか……聞いてたまるか!」
だがその声は震えていた。
彼ら自身、麗華の指揮に従わなければ自分の命がなかったことを痛感していたからだ。
多くの受験者は拳を握りしめ、ただ黙り込むしかなかった。
――「奴隷がいなければ死んでいた」。
その事実が、否応なく胸に突き刺さっていた。
麗華は歓声も嘲笑も、すべて背に受けながら前だけを見据える。
その瞳は氷のように冷たく、揺るぎなく未来を射抜いていた。
(……これで一歩。私は這い上がる。この身分の檻を打ち破り――必ず、この世界の頂点に立つために)
彼女の決意を照らすように、天井から差し込んだ光が一瞬、氷の首輪を淡く輝かせた。
それはまるで、彼女の運命がすでにただの奴隷の枠を超えていると告げるように――。




