奴隷からギルドの頂点へ
ギルドの広間は、昇格試験を終えた冒険者たちのざわめきで賑わっていた。
その中でひときわ大きな声が響く。
「なぁ、聞いたか? あの女……奴隷なんだとよ!」
声を張り上げたのは、麗華の旧クラスメイトの一人――貴族に取り入り、取り巻きとしての地位を得た男だった。
彼の口元には嘲笑が浮かび、取り巻き仲間と視線を交わす。
「奴隷が冒険者を装って試験に参加してやがった。まるで人間の真似事だな」
「なるほどな、道理でロウガの後ろに隠れてばかりだったわけだ」
その言葉に、広間の空気が変わった。
先ほどまで「強敵を仕切って倒した女」として注目していた視線が、冷たく、嘲り混じりのものに変わっていく。
「奴隷だと……?」
「じゃあ、冒険者登録なんて無効じゃないか」
「見栄張りやがって……哀れなもんだ」
周囲の冒険者たち、受付嬢までもが小声でひそひそと囁き合う。
麗華の存在は、一瞬にして「特別な冒険者」から「奴隷」という烙印へと貶められた。
麗華は唇を強く噛みしめた。
胸の奥に蘇るのは、嘲笑に満ちた同級生たちの声――。
(また……こうやって、見下されるの……?)
だがその横で、ロウガが低く唸る。
「……クソ野郎ども」
彼の瞳は怒りに燃え、今にも殴りかかりそうな勢いを帯びていた。
ギルドの大広間。昇格試験の余韻がまだ漂うその場で、空気が一気に凍りついた。
「……確認したが、間違いない」
帳簿を閉じたギルド職員が、無情な声を放った。
「奴隷身分である以上、冒険者としての正式登録は無効だ」
ざわ……と人々の視線が一斉に麗華に集まる。
その眼差しには驚きも憐れみもなく、ただ冷笑と優越感が渦巻いていた。
「ほら見ろ、やっぱり落ちこぼれじゃないか」
「どんなに強がっても、所詮は奴隷だ」
「身分すら偽って……恥を知れよ」
押し殺した笑い声、舌打ち、そして軽蔑の囁き。
麗華の背に浴びせられるのは、かつて教室で向けられたのと同じ、いや、それ以上に鋭い敵意だった。
胸の奥で熱くなるものを、彼女は必死に噛み殺した。
(……また、これか。身分で全てを決めつける視線。私の力も努力も、何も見ようとしない)
だが、立ち尽くす彼女の横に、どっしりとした影が動いた。
ロウガだ。巨躯をわざと前に出し、周囲の嘲笑を遮るように腕を組む。
「……くだらねえな」
その低い声は、場の空気を震わせるほどの迫力を帯びていた。
麗華の肩先を覆うように、ロウガが一歩前へ出た。
巨体が放つ威圧感に、嘲笑していた冒険者たちが思わず口を閉ざす。
「……ああ、そうだよ」
ロウガの声は、低く重く、広間全体に響き渡った。
「こいつは俺の奴隷だ!」
その宣言は、何よりも真っ直ぐで、何よりも強かった。
麗華を嘲るために集められた視線が、一気に揺らぐ。
「だからどうした?」
ロウガの鋭い眼光が周囲を射抜く。
「奴隷だろうが何だろうが、こいつは俺の仲間だ。……文句があるなら――俺が相手になるぞ!」
ぐ、と拳を鳴らす音に合わせて、場の空気が一瞬で凍りついた。
先ほどまで好き勝手に声を上げていた冒険者たちは、誰一人として返す言葉を持たない。
「……っ!」
「な、何だよあの迫力……」
誰かが唾を飲む音だけがやけに大きく響く。
ギルドの広間は、まるで嵐が吹き抜けた後のように静まり返った。
ロウガの背中に守られるように立ちながら、麗華は一歩だけ前へ出た。
震える声を必死に押さえ込み、焚き火に誓ったあの言葉を、今こそ吐き出す。
「……そうよ」
その小さな響きが、静まり返ったギルドに波紋のように広がる。
「私は奴隷。身分も誇りも、もう全部失った。……でも――」
鋭い眼差しで前を見据え、胸を張る。
「だからといって、諦めるつもりはない!」
力強い宣言は、炎に似た熱を帯びていた。
「奴隷でも、この世界の頂点に立ってみせる!」
刹那、広間の空気が震えた。
それは笑い飛ばすにはあまりに狂気じみて、無視するにはあまりに重かった。
一人の少女の執念が、確かに場を支配したのだ。
「……ふん、バカらしい」
「どうせ無理だろ、奴隷が頂点なんてな」
クラスメイトたちは嘲るように鼻で笑い、取り巻きを従えて出口へと消えていく。
だが、彼らの退場を誰も見送らなかった。
残された冒険者たちは皆、麗華という名の火を、心に焼きつけていた。
奴隷でありながら宣言した頂点への誓い――
それは挑戦状のように、確かな存在感となってギルドの空気を塗り替えていくのだった。
広間に残る熱気の中、沈黙を破ったのはダリオだった。
重い鎧の胸に拳を当て、深々と頭を垂れる。
「ならば俺は――その道を切り開く剣になろう。麗華殿、お前の誓いに俺の力を預ける」
まっすぐな声が響き渡り、周囲の空気をさらに震わせる。
隣でロウガが、骨をかじるみたいに豪快に笑った。
「ハッ! 頂点だかなんだか知らねぇが……騒がしいほうが俺の性に合ってる。だったら最後まで付き合ってやるよ!」
焚き火のような笑い声に、麗華は思わず口元を緩める。
それでも目は真剣に前を見据えていた。
彼女の胸の奥で、燃え盛る誓いがさらに強く形を成す。
(必ず……這い上がる。この世界で、“頂点”に――!)
三つの影が、ギルドの扉から夜の街へと伸びていく。
その背中は迷いなく、まるで闇を切り裂く刃のように進んでいた。
ギルド本部の大広間は、昼下がりだというのに熱気に満ちていた。
石造りの壁に反響するざわめき、揺れるランプの灯り、押し合う人々の熱で空気が重い。
昇格試験の結果が告げられたばかりだ。
合否の紙が掲げられるや否や、冒険者たちは仲間と抱き合い、あるいは肩を落として項垂れる。
そして次第に、視線が一点へと集中しはじめた。
「……あれが奴隷の女か」
「信じられねぇ、試験で戦果を挙げたのはほとんどあいつらしい」
「だが正式な冒険者でもねぇんだろ?」
低い囁きが波紋のように広がっていく。
その中心にいるのは、黒髪を後ろで束ねた少女――麗華だった。
奴隷の首輪を光らせながら立つ姿は、場違いなほど凛としている。
だが、それこそが人々の好奇と嘲笑を誘った。
「奴隷のくせに、昇格候補だとよ」
「異例もいいとこだな」
半信半疑と嘲り、そして驚愕。
すべてが入り混じった視線が、容赦なく彼女に突き刺さっていた。
昇格試験を終えたばかりのギルド本部は、ただの冒険者の集まりではなくなりつつあった。
その空気の根源は――クラスメイトたち。
彼らは異世界に来てから、それぞれの「出自」や「適性」を武器に勢力を広げていた。
まず、貴族系。
領主の庇護を得た者や家柄を盾にした者たちは、己の血筋を誇示し、ギルドでも当然のように上座に座ろうとする。
その背後には金と権力があり、彼らに取り入る冒険者も少なくなかった。
次に、騎士系。
武力と戦功を誇りにする彼らは、豪奢な鎧と勲章で身を飾り、強者としての威圧感を振りまいていた。
「剣こそ正義」とばかりに、腕っぷしで道を切り開く姿勢は、一定の支持を集める。
そして、平民系。
突出した力はなくとも、数の多さで徒党を組む。
彼らは日々の仕事を回し、酒場での噂を操り、ギルド内で無視できない声を形作っていた。
それぞれの派閥は互いに牽制し、時に小競り合いを起こしながら、確実にギルドの空気を変えていく。
その渦の中心に――“奴隷でありながら昇格候補”という異端、麗華の存在があった。
好奇と嘲笑、期待と警戒。
あらゆる思惑が彼女に絡みつき、ギルド内の空気は日増しに緊迫していくのだった。
ギルド本部の大広間。
昇格試験の結果が張り出されるや否や、そこかしこでささやきが飛び交い始めた。
「……おい、見たか? あの奴隷女、名前が載ってるぞ」
「馬鹿な、奴隷に冒険者資格なんて……」
低く笑う声が混じる。
「奴隷の分際で調子に乗るなよ」
「どうせ飼い主の獣人が戦ったんだろ」
だが同時に、別の声もまた膨らんでいた。
「いや……見ただろ。あの目を。化け物みてぇに執念深かった」
「剣の腕前はまだ未熟かもしれんが、判断力は確かだ。下手なベテランより冷静だった」
――嘲笑と驚嘆。
二つの評価が交錯し、空気はどちらにも振り切れず、ただざわめきだけを強めていく。
麗華の姿は、もはや誰も無視できない存在になりつつあった。
皮肉にも「奴隷」という烙印が、彼女をこの場の異端として際立たせていたのだ。
ざわめく声が耳に突き刺さる。
「奴隷のくせに」
「出しゃばるなよ」
「でも……あいつ、やけに執念深いな」
嘲笑と驚嘆が入り混じり、渦となって麗華を包み込む。
無数の視線が突き刺さる感覚に、麗華の喉は焼けつくように乾き、頬が灼けるように熱を帯びた。羞恥――。けれどそれ以上に、全身を駆け巡るのは激しい怒りだった。
なぜ私だけが見下されなければならない?
なぜ私の価値を、誰かの血筋や立場で決められなくてはならない?
――いいえ。私は負けない。
胸の奥に、熱いものが芽吹くのを感じる。羞恥を焼き尽くし、怒りを研ぎ澄ませる炎。
その炎が、言葉となって心に刻まれる。
「私は、奴隷からギルドの頂点へ――この腐った階級制度そのものを踏み越えてみせる」
それは虚勢ではない。
彼女を嘲るクラスメイトたちを、黙らせるため。
彼女を見下す社会を、叩き伏せるため。
そして――何より、自分の尊厳を取り戻すため。
麗華の瞳に宿る光は、もはや周囲の誰もが無視できるものではなかっ




