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奴隷令嬢、最強への成り上がり  作者: 南蛇井


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ここからが、すべての始まりだ

昼下がりのギルド窓口。

ざわつく視線が一斉に自分に向けられているのを、麗華は痛いほど感じていた。

カウンターの奥で、職員は何度も書類をめくり返す。視線が左右に泳ぎ、眉間に深い皺が寄る。やがて、ふう、と諦めるような深い溜息を吐いた。

「……まあ、主人の保証付きなら……規則上、登録に問題はありません」

事務的な声が告げられると同時に、木製の印鑑が書類に打ち下ろされた。

――トン、と机を伝って響く朱印の音。

その瞬間、周囲のざわめきが一瞬だけ収まる。

麗華は胸の奥で小さく息をつき、肩にかかった重圧がほんのわずかに軽くなるのを感じていた。

窓口に漂っていた緊張は、朱印の音を合図に少しずつ和らいでいった。

先ほどまでざわめいていた冒険者たちも、口元を手で隠しながらひそひそと囁き合う。

「へえ……奴隷でも登録できるんだな」

「知らなかった……規則の裏技みたいなもんか?」

しかし、その視線は決して一様ではない。

興味半分の者もいれば、あからさまに冷ややかな目で二人を見やる者もいた。

「ふん……面倒事を抱え込んだな」

「いつ問題を起こすか見ものだぜ」

笑いを含んだ声や、訝しむような視線が交錯する中――麗華は背筋を伸ばしたまま、無言で耐えた。

胸の内で小さな安堵と、別の新しい重圧がせめぎ合う。

麗華は小さく息を吐いた。

(……この調子で、先が思いやられる)

思わず胸の奥で苦笑する。ロウガの豪快さは、時に力強い武器になるが、同じくらい爆弾でもある。

けれど――。

(でも、今は助かった。登録できなければ全てが終わりだった……)

張りつめていた緊張が、ゆっくりと溶けていくのを感じる。

気づけば、机の上に置いた手の指先から力が抜けていた。

ぎゅっと握り込んでいた拳が、少しずつ緩み、かすかに震えながら開いていく。

――ようやく、冒険者としての第一歩を踏み出せたのだ。

ロウガは職員から差し出されたカードを、これ見よがしにひったくるように受け取った。

得意満面の笑みを浮かべ、まるで自分がこの場を制した英雄であるかのように胸を張る。

「ほらな! 俺に任せときゃ問題なしだ!」

堂々とした声がギルドの窓口に響き渡る。

周囲の視線が冷ややかであろうと、好奇心に満ちていようと、ロウガは一切意に介さない。

その姿はあまりにも豪快で、麗華は呆れるよりほかない――それでも、妙に頼もしさを感じてしまうのだった。

麗華は小さく吐息をもらした。

それは呆れと安堵がないまぜになった、微妙な響きを帯びている。

(……きっと、彼と一緒なら波乱続き。まともに進むことなんてないんだろう……でも――それでも、生き延びられるかもしれない)

視線を落とすと、カウンターの上に置かれた登録書類に鮮やかな朱印が押されていた。

手の中のギルドカードがランプの光を反射して、一瞬だけ鋭く輝く。

麗華はその光を見つめ、胸の奥で確かな実感を抱いた。

――ここからが、すべての始まりだ。

ギルド職員が無表情のまま、机の上に二枚のカードを置いた。

硬質な音が響き、朱印の押された書類と並ぶそれは、麗華にとって待ち望んだ証だった。

「こちらが、登録証となります」

その言葉に導かれるように、麗華は両手を伸ばす。

冷たい金属板の感触が掌に伝わった瞬間、張りつめていた体の奥がふっと緩む。

指先はわずかに震え、それを悟られまいと必死に押さえ込む。

(……これでやっと、一歩を踏み出せた)

胸の内でそっと呟くと、長い旅路の入口に立ったのだという実感が、静かに心を満たしていった。

ロウガはすでに自分のギルドカードをぶんぶんと振り回していた。

ランプの灯りを反射するそれを誇らしげに掲げ、子どものように満面の笑みを浮かべる。

「おい麗華! 次は何狩りに行くんだ? オークか? それとも――ドラゴンか!?」

豪快な声が響き、静まっていた窓口に再びざわめきが走る。

列に並んでいた冒険者たちは、思わず振り返って苦笑を漏らした。

「おいおい、いきなりドラゴン狩りだとよ」

「ははっ、相変わらず無鉄砲な奴だな」

失笑とため息が混じる空気の中、ロウガだけはまるで気づかぬふりで胸を張っていた。

麗華は額に手を当て、深くため息をついた。

「……まずは、死なない稼ぎ方を考えるところから、でしょ」

肩を落としつつも、その声色にはピシャリとした冷静さが宿っている。

ロウガはきょとんとした顔をしたあと、すぐに大笑いを始めた。

「ははっ、そうだったな! 俺としたことが、ついワクワクしすぎた!」

周囲の冒険者たちは呆れ半分、面白がり半分で二人を眺める。

――麗華の胸中には、冷たい現実がよぎっていた。

(いきなり強敵狩りなんて、正気じゃない……。でも、この人となら、本当に行きかねない)

その考えに、背筋がひやりとする。だが同時に、不思議な高揚もまた胸の奥に生まれ始めていた。

ギルドの受付前。

麗華とロウガのやり取りを見守っていた周囲の冒険者たちが、くすりと笑いを漏らす。

「おいおい、新人だろうに」

「ドラゴン狩りなんて、聞いて呆れるわ」

ひそひそとした声が背後から飛んでくるが、そこに嘲りの色は薄い。むしろ、どこか懐かしさを思い起こすような、温かみさえ含んでいた。

麗華は小さく息を吐き、受け取ったばかりのカードを懐にしまう。

その動作に合わせるように、周囲の空気がふっと緩んだ。

「ハッハッハ! 麗華は心配性だな!」

ロウガが高らかに笑い、場のざわめきが酒場のような賑やかさを取り戻す。

ジョッキを掲げていないのに、誰かが勝手に「乾杯!」と囁いた気さえした。

――冒険の匂いに満ちた、そんな始まりの瞬間。

ギルドのざわめきが遠のき、視点はゆっくりと引いていく。

人の喧騒、笑い声、木製の椅子が軋む音、酒の香り――すべてが混ざり合い、この街の冒険者ギルドという空間を形づくっていた。

その片隅で、一枚のカードを胸に抱く少女と、豪快に笑う獣人が肩を並べて立っている。

周囲から見ればただの新米、だが――。

ナレーションが重なるように響く。

「こうして、奴隷の少女と獣人傭兵の奇妙なコンビが誕生した──

 だが、この小さな選択が、やがて運命を大きく揺るがすことになるとは、まだ誰も知らない。」

光が差し込み、二人の背を淡く照らした。



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