確信めいた不安
夕暮れの薬草市場を後にし、麗華は両腕に抱えた袋の重みを確かめながら石畳の通りを歩いていた。市場の喧騒はすでに遠のき、赤く染まった陽光が街路に長い影を落としている。
そんな静けさを破るように、背後から軽快な声が響いた。
「やあ、麗華じゃないか。こんなところで会うとはね」
足を止め、振り返った麗華の視線の先に現れたのは――カイル。
かつて学園で「優等生」と呼ばれ、誰からも一目置かれていた男。整った立ち姿、きちんと整えられた衣服は相変わらずだが、その笑みにはどこか薄ら寒い影が差している。
一見すれば爽やかさを纏っているはずなのに、漂う気配は胡散臭さの方が勝っていた。
カイルは、表面だけは爽やかに整えられた笑みを浮かべていた。だが、その瞳は油断なく光り、常に計算を巡らせているのがありありと伝わってくる。
片手には薬草の束を軽く提げ、まるで散歩でもしているかのように余裕の態度で麗華の隣へと歩みをそろえる。
二人の足取りに合わせるように、市場の喧噪は背後へと遠ざかっていった。通りは次第に人影が薄れ、夕暮れの赤い光が石畳を染め上げる。沈みゆく陽が二人を斜めから照らし、長く伸びた影が互いに重なり合う。
だが、重なった影は不思議なほど調和せず、むしろ不気味な対比を際立たせていた。
麗華が意を決して協力を求めると、カイルは足を止め、わざとらしく顎に手を添えて考える仕草を見せた。
「ふむ……悪くない話だね」
口元を緩めながらも、その声音にはどこか含みがある。次の瞬間、彼は肩をすくめ、さらりと条件を突きつけてきた。
「協力してもいいけど……俺の計画にも乗ってもらわないと」
細めた瞳の奥に、からかうような光が宿る。
「一方的に頼まれるなんて、優等生の俺には不公平だと思わない?」
その言葉と同時に、カイルは含み笑いを浮かべた。唇の端がわずかに吊り上がり、麗華の反応を値踏みするように視線を流す。その笑みは、甘い仮面の下に潜む冷ややかな打算を隠しきれてはいなかった。
最初の数秒、麗華は心のどこかで期待してしまった。
「この人なら、ちゃんと話が通じるかもしれない」
そんな淡い希望が、胸の奥で小さく灯る。
けれど、その灯りはすぐに凍りついていく。
笑顔の奥に隠された、計算高い光。
言葉の端々に混じる、さりげない支配の色。
それらが気づかぬうちに彼の輪郭を覆い、麗華の背筋をじわじわと冷やしていく。
——優等生の皮をかぶった打算家。
そう確信した瞬間、胸の内側でアラームが鳴り響いた。
「これは協力なんかじゃない。きっと私は——利用されるだけ」
心の声が、彼女を突き放すように告げていた。
麗華は微動だにせず、相手の目を見据えた。
形だけの笑みを返すこともなく、唇をきゅっと結んでから、はっきりと言い放つ。
「——悪いけれど、あなたの計画に興味はないわ」
空気が張りつめる。
一瞬、背後で時計の針が止まったような錯覚すら覚えた。
だがカイルは、どこ吹く風とばかりに肩をすくめる。
「まあ、今はそう言うしかないよね」
余裕を崩さない笑顔。
それは挑発でもなく、諦めでもない。
ただ、彼がすでに一枚も二枚も上の手を握っていることを、無言で示すような仕草だった。
その薄い笑みに、麗華の心臓が一段と強く脈打つ。
——不気味。
言葉にできない寒気が、背骨をつたって這い上がってきた。
並んで歩いた道に、夕暮れの影がゆっくりと伸びていく。
石畳に落ちる二人の影は、どこか不釣り合いで、麗華の影だけが焦るように前へと急いでいた。
麗華は自然と足を速める。
それでも視界の端には、カイルの笑みがしつこく焼きついて離れなかった。
隣にいるわけでもないのに、まるで影そのものが彼の気配を映しているかのように。
胸の奥で、直感が低く警鐘を鳴らす。
——あの男……またどこかで絡んでくる。
確信めいた不安が、夕闇とともにじわりと心に染み込んでいった。
「——俺の計画にも、乗ってもらわないと」
軽い調子で放たれたその一言が、麗華の耳にいつまでも残響していた。
ただの取引条件のはずなのに、妙に底の見えない響きを持っている。
冗談とも本気ともつかぬ笑みを浮かべるカイル。その笑顔は、敵意を隠しているのか、ただの遊戯心なのか——誰にも測れない。
彼は表向き、敵ではない。
だが、同じ道を歩む者だと信じるには、あまりに信用ならない。
いつか背後から刃を突き立てられてもおかしくない……そんな影をまとった存在。
麗華の胸に残るその違和感は、後に訪れる陰謀の序章にすぎなかった。




