剣を抜く資格を失った身
夕暮れの街は、赤く染まった空と鉄の匂いに包まれていた。
麗華はひとり、足を進めていた。
次なる協力者を探すために。
──けれど、もう何人に断られただろう。心の奥に、焦りがじわりと広がっていく。
そのとき、耳に届いたのは一定のリズムを刻む硬い音。
「……カンッ、カンッ……」
金属を打ち付ける澄んだ音が、路地の奥から響いてくる。
火花が一瞬だけ、闇に赤い花を咲かせたのが見えた。
匂い立つ鉄と煤の香り──鍛冶場だ。
麗華は吸い寄せられるように足を向ける。
夕暮れの光と炎の揺らめきが交じり合うその場所に、答えを持つ誰かがいるような気がしたから。
鍛冶場の奥。
火花の向こうに、ひとりの男の背中があった。
背を丸め、黙々と剣を研いでいる。
カン……カン……と響く音に合わせ、砥石の上で鋼が細かく削られていく。
粗末な鎧を纏い、ところどころ継ぎ接ぎされたその姿には、かつての誇りが色褪せた跡が滲んでいた。
──それでも、鎧の下に眠る姿勢や手の動きに、昔は確かに「騎士」だったことを思わせる気配がある。
麗華が一歩近づくと、男はゆるりと顔を上げた。
無精髭に覆われた口元。
だが、その奥の瞳だけは驚くほど澄んでいて、曇りのないまなざしが彼女を射抜いた。
「……」
その目を見た瞬間、麗華は直感する。
この男が──ダリオ。
麗華は短く息を整え、真正面から切り出した。
「……私には仲間が必要なの。危険な戦いになるけれど、あなたならきっと──」
計画の概要を語る声は自然と早口になる。
一言ごとに胸の奥の焦りが滲み、握りしめた拳に力がこもった。
ダリオはその間、一度も口を挟まず、ただ黙って耳を傾けていた。
砥石にかけていた剣を膝に置き、重い眼差しで麗華を見据える。
真剣にうなずくたびに、その表情は次第に険しくなっていく。
やがて──静かな沈黙の後、低く掠れた声が返ってきた。
「……君の話は分かった。だが、それはあまりにも危険だ」
麗華の胸がひやりと冷える。
「俺はもう……剣を抜く資格を失った身だ」
かつての自分を悔いるように、彼は唇を噛んだ。
火花の残光が横顔を照らし、苦渋の影を浮かび上がらせる。
「君を裏切る気はない」
「だが、その計画に加わることもできない」
真摯な拒絶の言葉。
それは裏切りではなく、誠実さゆえの断りであることが、痛いほど伝わってきた。
麗華は、胸の奥で小さく息を吐いた。
(……やっぱりダメか)
期待していた分だけ、落胆は鋭く胸を刺す。
けれど同時に、その拒絶の中に偽りがひとつもなかったことに気づく。
──彼は嘘をついていない。
危険を恐れて背を向けるのではなく、自分の過去と正面から向き合ったうえで「できない」と告げている。
不思議な感覚だった。
失望と同じくらい、むしろそれ以上に、 “この人なら信じられる” という直感が芽生えていた。
一方のダリオは、言葉を吐き出したあともなお、手の中の剣を見つめたまま動かない。
その横顔に滲むのは、ただの拒絶ではなく、悔恨の影。
──俺はもう剣を抜く資格を失った身だ。
その呟きの奥に、取り返せぬ過去への後悔と、なお揺れる迷いが潜んでいることを、麗華は感じ取った。
鍛冶場の奥から散った火花が、研ぎ澄まされずに止まった剣の刃に映り込む。
その一瞬のきらめきは、彼の心に今なお燻る葛藤を、まるで照らし出しているかのようだった。
鍛冶場の奥から、火花が散った。
夕闇に浮かぶその光の粒は、まるで消えかけの星のように儚く揺らめく。
ダリオはゆっくりと視線を落とし、磨きかけの剣に再び目を注ぐ。
その仕草は、麗華から意識を逸らすというより──己の迷いを隠すような背の向け方だった。
「……」
麗華はその沈黙に、言葉を継ぐことを諦める。
未練が胸に絡みつく。
それでも、ここで彼を無理やり引きずり込むのは間違いだと分かっていた。
踵を返し、一歩、また一歩。
足音が鍛冶場の土床に淡く響く。
その背中を押すように、カン……カン……と、鉄を打つ静かな金属音が再び響いた。
規則正しいその音が、決別の合図にも、後に再び重なる鼓動の予兆にも思えて、麗華の胸を複雑に揺らした。
麗華が歩み去ろうとしたその瞬間──鍛冶場の火花がひときわ大きく散った。
橙色の閃光が、彼女の髪を一瞬だけ照らす。
振り返りたい衝動が、後ろ髪を引くように胸を掴んだ。
だが彼女は足を止めず、視線を前に向け続ける。
「……彼ならきっと、どこかで剣を振るってくれる」
そう確信にも似た思いが、胸の奥に静かに灯る。
まるで火花の残光が心に焼きついたかのように。
その感覚は、やがて訪れる窮地の中で再び蘇ることになる──。




