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§第06話前篇 漁師松伝説(1)

 蟹来浜の伝説を話し始めた潤間潤。その話を聞こうというゴウウ少佐に、ライウは小声で反意を表明した。


ライウ  少佐これ以上の無駄話は準備が遅滞します

ゴウウ  大丈夫だ。話を録画しておけ

ライウ  ハッ。え カニライハマの昔話をですか。たぶんトンデモ話であります

ゴウウ  こういう話は他所にはない独自性があって暗号や符牒に利用できるんだ。覚えておけ

ライウ  ハ。なるほど了解であります


 ライウは胸のポケットをぐっと押した。そこに録音装置が仕込まれているのか。あるいは単に、先ほど駅前マルシェで食ったカニ唐揚げの胸焼けかも知れない。しらんけど。

 ゴウウが潤に向き直った。


ゴウウ  どうぞ


 途端。潤の表情が変わった。


潤  むかーしむかし。この上の三神山には神様がおらっしゃった


 昔話の神が憑依したらしい。遙か上空には天上の音楽が煌びやかに奏でられ、天女と漁師のシルエットによる無言劇が展開している――といった口ぶりである。すごい能力だな。そして「昔話の神」って誰。


潤  この浜にはその神様にお仕えする天女がときど~きふら~りとな。この「洗濯板」の浜に舞い降りてきていたのじゃ。もちろん神の衣装や自分達の羽衣を洗濯しにじゃ。こんな荒磯で洗濯したら羽衣ボロボロになるじゃろうに。案の定天女は洗濯はせんと水遊びばかりしておった。神の眼を盗んでな。洗濯板は使わんと心の洗濯をのぅ。ホッホホホ。ここ笑うところな~。ところがじゃ。それをたまたま見ていた一人の漁師がの。干してあった羽衣を隠してしもうたのじゃあ!


 最高潮に達したかと思った次の瞬間。潤は急に元の口調に戻った。天上の音楽はストップ。あくまでも脳内だが。


潤  ここまではまあよくある天女伝説です。ご存じですよね?


 二人は顔を見合わした。ライウは小さく首を横に振っている。ゴウウは小さく溜息をつき、


ゴウウ  ああ。この話は我が国がオリジナルだな。我が大陸の文化がこの地に渡来した証拠だ


 ゴウウ達は若干誇らしげだ。というかやや上から目線だ。


潤  そうです。そちらのお国の伝説が元ですね。天女は男に羽衣をカタに取られしかたなく夫婦になる。しかしこの浜のお話はここからがちょっと違うんです


 で、思った通り伝説の神再び降臨だ。音楽再開だ。ん?「昔話の神」じゃなかったか?


潤  フム。天女はのう。天の者だけにモノモノしいもの凄い力とモノモノしい無限の命をモノにしておったのじゃ。天のモノだけにの。フホホホ……


 冷えた間。反応なし。完全にスベった間。だがしかし!そんなことで神話の神は動じる訳がない。あれ「伝説の神」は?


潤  下賤なる人間のやる事じゃ。羽衣隠して夫婦とか餓鬼じゃのうと。まあ暇つぶしにいいか~……と初めのうちはテキト~に相手しておったそうじゃ。じゃがな。この漁師は欲深~い男じゃった。人間だもの。この世の者ではない美しく神々しい天女。そんな女を手に入れたもんじゃからも~うたまらんのじゃ。ヒッヒ。も~ういつでもヒヒッ。朝だろうが昼だろうが飯食ってる時だろうがヒヒッヒヒ。んも~う辛抱たまらん!てな具合でな。ヒッヒヒヒッヒヒヒッヒッヒ


 笑い声がリズミカルだなこの爺さん。ライウが生唾を飲み込んだ。素直なやつだ。


ライウ  そんなに?

潤  ヒッヒヒヒ。そりゃあも~う飽きる事なく。延々と。何度も何度も何度も何度も


 ゴウウまで身を乗り出した。


潤  耳掃除をな

二人  耳掃除か!

潤  あんまり漁師がしつこいもんでついに天女はキレてしもうた。フォオォオォォ


 潤の声色が変わった。風向きも変わった.天女か?天女の仕業か?天井の音楽がおどろおどろしく変化し,脳内に降り注ぐ。そして――


潤  しっつこいんじゃボケ!ええ加減にさらせやぁ!耳から手ぇつっこんで奥歯ガタガタいわしたろか!

ライウ  こわ!

ゴウウ  待て。これは


 とゴウウが驚きの表情を見せた。


ゴウウ  これはニン国の西側半分を牛耳る秘密結社OSKの常套句


 妙に詳しいな。さすがロー国情報部だ。ホンマかどうかはしらんけど。


潤  ――と呪文を唱えたんじゃ

ライウ  呪文か!


 ゴウウは少し蹌踉(よろ)めいた。


ゴウウ  よ 予想外だ。だが呪文を暗号の一種と捉えればアリだな


 アリなんかい。マジ受け&前向きだなゴウウ。

 

潤  そのとたん!晴天俄かに掻き曇り真っ黒い雲が低く垂れ込めてきた。今にも大粒の雨が溢れ出しそうに――そして男は見たのじゃぁ


 なんかここで脳内BGMがズンズン、ズンズン、ズンズンズンズンズンズンズンズン……ええと、例の水生動物パニック映画『あご』の曲が流れているに違いない。そういう年代かどうかはしらんけどな。


潤  海の水面(みなも)が黒く黒く盛り上がり「ザワザワゾワゾワ ザワゾワザワゾワ ズワァァァァァァァ」と真っ黒いモノが砂浜からあがって押し寄せてきた。足元まで押し迫って来たそいつをよく見るとそれは真っ黒な蟹じゃった!瞬く間に男は蟹に覆いつくされた。そしてハサミであっちをチョン『いやん!』こっちをチョン『ああん!』チョンチョンチョン『アアアアアン!』

ライウ  痛いのか気持ちいいのかどっちだ

ゴウウ  痛気持ちいいのだな

ライウ  なるほど!自分 浅はかでありました

潤  体中を切り刻まれた男の肌はボロボロになり立ってはいるものの息も絶え絶えじゃ。天女は流石に憐れに思うたのか男が事切れる寸前に天の力でもって男を一本の松の木にしたんじゃ。それがほれ


 と、浜に立つ一本の立派な雄松の木を指さした。確かにそれは苦悶する様に枝も幹もくねっていた。


潤  あそこに見えるのが『漁師松』じゃ。それ以来ここの松の木肌はガサガサで葉っぱは蟹から身を守るようにチクチクしておるのじゃ。ホッホ。とっぴんぱらりのぷぅ


 そして。


 潤爺は動かなくなった.


次回は「§第06話後篇 漁師松伝説(2)」

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