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§第04話 タテヤマの秘密

朔次  おい、時間が無い。急ぐぞ

暁  うぃっす


 朔次は背嚢から機械をいくつか取り出した。暁は三脚からカメラを外して少し前に見た四角い枠状の――アンテナっぽいのを付け替え、朔次が出した四角い機械とケーブルで接続した。この機械は通信機器ということか。


 暁がもう一つの機械の蓋を開くと、画面とキーボードが現れた。専用のコンピュータだろう。二人は暫く黙々と作業している。潤が言い残した一言。それについては触れない。が、気にかかっているだろう。てか気にかかるよな。


 朔次が沈黙を破った。


朔次  一つ聞いていいか

暁  今忙しいからダメっす

朔次  何でこの場所なんだ?

暁  ダメだといっても聞くんすね

朔次  何で?この場所?

暁  相手からの指定じゃないっすか

朔次  それは分かってるよ俺が上から聞いてお前に伝えた事だよそりゃ。知りたいのはこの三神山山頂でなきゃならん理由だよ


 暁は手を止めて朔次を見た。


暁  これはしたり

朔次  『したり』って何だよ。何時代だよ

暁  何年やってんすかこの仕事

朔次  え?あ~まあかれこれ――四年半かなぁ

暁  え。なんか意外に中途半端っすねそのキャリア。もっとベテランかと

朔次  五月蠅いよ敏腕情報員に年数は関係ねぇんだよ!

暁  しっ。おっきな声で身分を明かしちゃだめっしょ


 部下に(たしな)められる上司とはのう。なるほど。朔次のおかげで彼らは何らかの組織の情報員だという事が判明した。朔次は急にウィスパーボイスになった。


朔次  敏腕情報員に 年数は 関係 ない


 いや小声で言っても漏洩だからな。


暁  んじゃ分るっしょ

朔次  んにゃわからん。だ・か・ら・聞いてるの♪


 朔次は顔を近づけ小首を傾げた。自分の無知を臆面も無く晒す上司とはのう。これは世に言う「無知の知戦略」というやつか?


 ――そんな戦略はない。世にも言わない。


暁  かわゆす

朔次  え

暁  いや?いやいやいや。かわいくないっす。いやかわいいかも


 斜め上四十五度のリアクションを返すねぇ暁は。朔次はまったく理解できずにむしろイラっとしている。


朔次  いいから早く教えろ


 暁はスンっとスン顔に戻った。


暁  ここはうちの会社の実験用通信スポットなんす

朔次  ここ?え うちの所有地だったのここ?

暁  そっすよこの山全部我らがタテヤマ通信工業の所有地なんす。え 課長知ってるっすよね?

朔次  え


 朔次は一瞬ストップ。脳内検索中か。PCエンジンの一倍速CD-ROMか。――知らん人は知らんでも結構。


朔次  あーあーあーあー。あれか?リピータとアンテナがそこら中に埋まってるっていう神話みたいな噂話の

暁  神話じゃないっす実話っす

朔次  ああ。ああ~。ええと


 朔次はまだ記憶を手繰り寄せている。一倍速CD-ROM。


 ――さて。この待ち時間長そうなんで今までに判明した事を整理しよう。


 一、匂坂朔次と焼尭暁はタテヤマ通信工業という会社に所属する情報員である。情報部を抱えている会社だとさ。


 二、今彼らは休暇でご来光を拝みに来た――のではなく、何らかの任務を負ってここに来ている。


 三、それはあの特別っぽい機械を使って恐らくどこかと通信する事である。四、それはこの山頂でないといけない。こういうことだろう。――しらんけど。


 と、漸く朔次が何かを思い出した様だ。


朔次  そうそうそう。山は通信屋にとってお得なんだったな

暁  そうっすよ。山というシチュエーションは実験場として都合がいいんす。屋内じゃできる実験が限られるっす。かといって人家のあるエリアで実験電波を飛ばしたらヤバイっしょ

朔次  それ知ってるぞ。三つの実験リスクだろ。一。民生機器への電波障害のリスク。二。第三者に傍受されて解析されるリスク。そして最大のリスクは三。電波を垂れ流しといて失敗したらものすごく恥ずかしい


 最大リスクそれでいいのか通信屋さん。確かに恥ずかしいだろうけれどもさ。


暁  分かってるじゃないすか。だから屋外通信実験施設は人里離れた山中が選ばれるっす


 朔次が眉をしかめて顔を上げた。さらに何か思い出したのか。


朔次  つまりええとあれだ――んあ~『不特定周波数の同時放射により飛躍的に高度な秘匿性を確保可能な通信方式』っていう例のあれか?

暁  課長あの


 朔次は得意げに続ける。


朔次  ああそう言えば神話じゃないヤツ思い出した。他の電磁波との輻輳を避ける為に民家のない山を丸ごと買い取ったって言ってたな開発部のやつが。それがここか~はは~ん

暁  しぃっ


 暁が口に人差し指を立てて朔次を睨んだ。また怒られてるよこの上司。


暁  あのねぇ!俺らみたいな職種の人間がペラペラしゃべっちゃだめっしょ!そーゆー事

朔次  あ~そう そうだな~。すまんすまんテヘ

暁  かわゆ……なんでもないっす


 朔次はまともな事を思い出したためか部下に叱られても上機嫌だ。鼻歌交じりで準備作業を続けている。ていうかノリノリ過ぎる。作業のフリをして遊んでいる様にしか見えない。ていうか遊んでいるぞ。これ。


暁  あの。聞いてるんすか課長


 朔次は暁を見た。無言でススス、と暁に近づいた。暁は何故か慌てる。ドッキリんこしてるのか。


暁  ななななななな なんすか

朔次  さすがだな暁。社内きっていや 我がニン国きっての通信技師兼情報員って看板に偽りなしだ

暁  そ き 急に何褒めてるんすか。はず てれ デレ


 暁の顔が赤くなって全身でデレている。


朔次  世界に冠たる我らが通信技術国ニン。お前はそのトップランナーだ暁

暁  あううもうそれ以上やめてぇぇっす


 暁が照れて身悶えてデレてる。なんだこいつ。


朔次  その語尾以外はな!

暁  なっ

朔次  「やめてぇッス」アハハハハハ。「ですですッス」


 一瞬で暁の熱りは別の意味の興奮に変わった。


暁  ほ ほっとけっすよ!これ これはアイデンティティっすよ。なんだよせっかく人が……ふん!ほら!調整終わりっす!課長なにプラプラ遊んでるんすかッ!働けっす!

朔次  遊んでないッスッスッス~


 いいや。暁のテキパキした作業ぶりに比べればお前は明らかにオネオネオネオネしているだけだぞ朔次。わかってるのか朔次。


暁  遊んでるじゃないっすか

朔次  遊んでないっスッスッスゥ~

暁  くっそ~腹立つ~


 などとじゃれつつも――いつもこんなか?――「何か」の準備が終わった様だ。明らかに、ご来光を見に来たのではない。この、世界に冠たる通信会社の情報員達は今から何をするのか。


 暁は腕時計を見た。


次回は「§第05話 蟹来浜の出会い」

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