§最終話 ヒャッホウ再び
場が変わっている。が、空間に再び例の変な音楽が始まった。耳に残る。耳に残るわ~これ。地域密着型スーパーのテーマソングだな。買い物している間に際限なく繰り返された挙げ句、家に帰ってもつい口ずさんでしまう。たまに期間限定の有名歌手バージョンが流れると妙にテンションが上がる。そんな耳への残り方だ。
ここは――事務所だ。鳴っているのは卓上の電話機。こんな変なコール音あるのかよ。漸く受話器を掴んだのは女性の手だった。
声 はい
手と声の持ち主は果たして――あの更紗紗綾だ。受話器に向かって話す紗綾の口元にはうっすらと紅が。服装もビジネススーツである。
紗綾 お電話有難うございます。ロビンソンエージェンシーホットラインです
ロビンソンエージェンシー事務所。紗綾は慣れた様子で応対している。ここで働いてる?
紗綾 緊急で特殊なご用件。はい大丈夫です。わが社はそういうご依頼専門ですのでご安心下さい。ええ。先日のネット首脳会談?ああ あれですね。ありがとうございます おかげ様で関係者の皆様にはご好評を頂いております
極秘で行われたロー国アミ国間オンライン会談は、タテヤマの鉄壁な防御システムと防衛体勢によって、数多のクラッキングもジャミングも全てを跳ね返し、成功裏に終わった。その成果は各国情報機関に広められた――もちろん適度にぼやかしてだ。そのおかげで業界では「タテヤマ通信工業のサキサカとロビンソンのウルマは大したヤツららしい」という機密情報が共有された。さらにはネット界隈にはなんとな~く、どこからともな~く「国家元首の直接会談の裏でロー国と戦った傭兵と謎の民間人がいる」的な都市伝説が拡がっている。
ともあれ、緊急の連絡だ。
紗綾 早速ですがお名前とお国を伺っても。仮名で結構ですはい。マガダ国のビンビサーラ様。わかりました。お会いしてお話を受け賜る事は……無理ですか。は。今お泊りのホテルの目の前でドンパチやってる。わかりました。ではそちらの現在位置を確認させて頂きますね。いえそのままで結構です
紗綾は受話器を耳に挟んだまま机上の端末を操作した。三コンマ二六秒後。
紗綾 はい 確認できました。マガダ国パータリプトラ地区ビハールホテルですね。では十二時間以内にそちらにエージェントを派遣致します。それまでの安全は……接触の方法は……
詳細な話の最中に潤が現れた。いつもの?格好をしている。そしてすでにあのオレンジの自転車にまたがっている。ちょっと待て部屋の中でか?紗綾は慌てて電話口を塞いで声をかけた。
紗綾 ちょっと!マガダ国どこか分ってるの?おい!……おっと
電話の相手に戻る。
紗綾 失礼しました。五分後にそちらのホテルに連絡致します。それまで何とか防衛と待避をお願いします。はい。赤い自転車を担いだ男が目印です はい。では失礼致します
電話を切った紗綾は、すでに姿が見えない潤に叫ぶ。
紗綾 ちょっと待ってよアタシも行くから!
紗綾は壁にもたれかけてあったもう一台の黄色い自転車を出してまたがり、入り口から出ていった。ガタガタガタ……階段を自転車で降りてる。階段の吹き抜けに例の吠え声が吹き抜けていく。
潤 ヒャーーーーホゥ!
残されたのは誰もいない事務所。その床には、シュールな形状の謎の通信装置がチカチカ光っている。やや遠く。
紗綾 ヒャーーーーホゥ!
あんたもか。
【完】




