§第03話前篇 ご来光(1)
暁が立つその場所からは全ての道が下っている。つまり――
暁 ほら。頂上っす
朔次が同じ場所に立った。その瞬間。
麓からの気流が吹き抜け、天に向かって去って行った。明るくなりつつある薄明の中、三神山山頂からの風景が眼前に広がった。
この山の海抜は六〇〇米程度で、さほど高山ではない。にも関わらず眼下の海辺まで真っ直ぐ見える光景はより遠く高さを感じる。海岸の横手には山麓の街の仄かな灯り。三神山に抱かれるその家々は暗く、まだ眠りに就いている様だ。
そして目を上げれば、尾根続きに連なる山の端が力強い黄色に燃え始めていた。
朔次 おお。ここか
暁 はい。ここっす。三神連山の主峰っす
朔次 拝めるかなご来光
暁 大丈夫す。雲はかかってないすから。もし曇ったら俺が吹き払うっすよ!
朔次 はははそうだな
と、朔次が真顔になった。
朔次 じゃ準備するか
暁 了解
二人は各々の背嚢を下ろし荷を解き始めた。ご来光を拝みに来たのだから出すのはカメラか。――いや。取り出したのは無骨で頑丈そうな無機質な箱だ。そして細長く傘の骨の様な――これは――アンテナか?どの機器も民生品ではない匂いがプンプンしている。プロのカメラマン――という雰囲気でもない。
朔次は黙々と謎アンテナを組み立てる。暁は約三十センチ四方の謎箱の蓋を開ける。中には筐体の割には小さめのディスプレイやノブ、スイッチ類が沢山並んだボードが見える。機械少年が見れば目が星の様に輝く事だろう。うん。ワクワクする。
突如。
男 よおし頂上!フゥ!いやぁ着いた着いた!
馬鹿でっかい声が朝まずめの山頂に響いた。
二人は反射的に手を止め声の方に振り向いた。自転車を担いだ男が仁王立ちしていた。
今や十分に明るくなった薄群青の空気に晒された姿は――逞しい腕。足。肩。大腿四頭筋。ヘルメットの下の顔は、エネルギーに満ち満ちた身体にはそぐわず力の抜けた、暢気そうでふにゃりとした猫顔――そう。筋肉自転車野郎 潤間潤に間違いない。
二人は固まっている。この予想外の事態に対し次に取るべき行動を脳内シミュレイトしているのか。
潤が漸く二人に気づいた。自転車を肩から下ろしながら無駄にでっかい声で話しかけた。
潤 あ!お早うございます!日の出 まだですよね?
朔次と暁は無言で素早く目配せし、作業を中断した。朔次が顎で暁に指示する。相手しろって事だろう。暁は不服そうな視線を朔次に返しながらも出しかけた機材を背嚢に戻しながら返事をした。
暁 お早うございます。日の出もうすぐっすよ。あと……ええ……六分位す
潤 そうですか!よかった!間に合ったぁ!ハハハハ!
声でけえよこの距離で。――潤と二人との間は三米程度。ここは山頂で、ある程度開けているとは言え、さして広い訳ではないのだ。
潤 いやぁこの山で見たかったんですよご来光!じゃちょっと失礼してと
潤は誰の返事を待つでもなく二人のすぐ近くに座り込んだ。朔次と暁は小声で相談する。
暁 どきそうにないっすね
朔次 どきそうにないな。どうするかな
暁 あ。マニュアルあるっすよ
暁はカバンからタブレットを取り出し操作した。
暁 ええと。マニュアルではっすね――『現場に第三者が存在する場合。不自然にならない様に対応しつつ作業を進める』っす
朔次 参考にならねぇ!マニュアルアルアルだな。
暁 っすね。アルマニュアルっす
朔次 じゃあ
朔次は男に向かって何かアクションしようかと――からの――暁の方に向き戻った。どしたんだ。
暁 どしたんすか
朔次 お前やれ
暁 え
朔次 なんか苦手なんだよああいう……爽やか体育会系は。声でけえし見てて恥ずかしいし。お前向きだろ。ちょっとしゃべっとけ。俺は準備をする
朔次はそう言うと背嚢から三脚とカメラを出し、撮影の準備を始めた。見るからに最初の機材とは違う。
暁 その歳で人見知りってどうなんすかそれ。かわゆす
最後のは小声だ。朔次には聞こえていない。聞こえていても朔次には理解はできないであろう若者の心理描写専門用語だ。しかしおっさんまっただ中の朔次に「かわゆす」の形容はどうなんだ暁。
朔次 いいからホラ!ホレ!
暁は自分の背嚢からコンパクトなカメラを取り出しながら潤に声をかけた。
次回は「§第03話後篇 ご来光(2)」