§第18話中編 浜の攻防(2)
次の瞬間。暁の端末に「INVALID ERROR」の文字が表示された。あかん。
暁 プハッ。だめっす……
暁が息を吐いた。皆も一斉にプハァ。息止めゲームか。ライウが小さく叫ぶ。
ライウ あと一分!
朔次は暁の操作とライウの暗黒舞踏オペレーションをじっと見ていたが、突然ライウのパッドを奪った。瞬間だ。
ライウ え。あ!え?
朔次がパッドをうにゃうにゃうにゃ~っと操作した。そして確定ボタン。一瞬の間。
合成音 ポポワッポッポワ~ン ウニャニャニャ~~
もの凄くのんきな音。なんだよこれ。朔次はパッドをライウに投げ返した。
ライウはパッドの表示を見て叫ぶ。
ライウ ああっ 生存コード生成 送信……迎撃システム解除……え?解除?え?えぇ~?
暁 おぉ!やったっす!課長かっけ~っす!
有頂天の暁。信じられない顔のゴウウ。ライウとゴウウが同時に、
ゴウウ・ライウ 何をやったんです?
暁 お クロストークっす
朔次 ムッフ~
朔次はドヤ顔――これまでにないウルトラドヤ顔。ちょっとうまくいくと鼻がにょきにょき伸びるタイプだな。
朔次 このシステムでおそらく最後に確認したパスフレーズだ。
朔次は潤を指した。
朔次 この兄ちゃんのやるこったからこれも同じじゃないかと思ってな
ゴウウ ひょっとして
二人が顔を見合わせる。気付いたか。
ゴウウ・ライウ 「ロビンソンクルーソーは蟹ミソがお好き!」
潤 好きです。凄く好きですけど違います。正解は「蟹がお嫌い」です。見事ですね匂坂さん
潤が褒めるもんだからほらぁ朔次の鼻がまた伸びている。ドヤ顔マックスだ。
一方ライウは打ちひしがれている。あれだけ舞踏やったのに、正解を他国に持って行かれた。しかも自分たちのデバイスで……。どこかおかしい事に誰も気付いていない。
ゴウウが見かねてか声をかけた。
ゴウウ ライウ中尉。ライウ
ライウ ううぅ
ゴウウ ライウ……
ライウ 当たったら『豪華ニン海カニカニ食べ放題ツアー』だったのに
ゴウウ 確カニな
潤 そんなカニカニ契約していませんから
ちょ。ライウが落ち込んで多のはそれか。
と、ゴウウの鉄面皮が一瞬ニヤリと緩んだ。
ゴウウ いや。契約第23条12項の附則の付録の付け足しにぼんやりなんとなく明記されている
潤 え
潤は慌てて服のポケットから手帳を出した。
暁 それ「明記」って言うんすかね
確かにな。ぼんやりなんとなく明らかにヘンだなそれは。
潤が手帳を開くと挟まっていた紙が落ちた。――見るとカニカニツアーのチラシであった。
ゴウウ・ライウ ほらぁ
朔次 やったぁ
暁 おお~ごちっす
便乗で喜ぶやつが二人ほどいるぞ。
潤 いやいやいやダメです。そもそも契約はまだ成立してませんよね。そちらがゴネたせいで
朔次 なんだよちくしょうあんたら悪天候組が暴走したせいかよ
ミサイルの危機をやり過ごせた安心からか何だか楽し気だ。和気藹々じゃないか。
この場の誰も気付いていない。ロー国のEMシステムが何故、潤のパスコードで解除されたのか。そして誰も知らない。この後の悲劇を。唯一人を除いて。
暁が通信画面を見て叫んだ。
暁 遅かったっす!前方上空五〇〇〇米!
皆が振り向く。暁は解像度が鮮明でない画像を凝視している。
朔次 何だ
息を一瞬止めた後、言い放った。
暁 ミソ!
一同は一斉に空を見た。探している。探してるぞ全員。
蟹を。
全員が緊急事態よりもカニカニツアーに突き動かされている。
暁 もとい!
という叫び声に皆は現実に引き戻された。
暁 カニミサ!
再び空に蟹を探す一同。
暁 もとい!ミサイル。生存コード間に合わなかったっす!
ライウ そんな
ようやく現実に戻ったライウは一瞬落胆するも、懸命に気を取り直し、腕のパッドを操作してサイバーグラスを凝視する。そして――
潤は今年度最も落胆していた。落胆値マイナス二十デシベル。目が死に、体中の力が抜け、膝を折る。そして呟く。
潤 蟹じゃないのか
朔次 落ち込むポイントそこか!
潤 「上空にミソ」ってなんだよ~
朔次 おい。……オイ!対策考えろ!……わかった蟹食わせてやるから!
効果音キラリン。潤の目に光が灯った。効果音ブゥ~ン。リブート音が響く。もちろん脳ミソに。
立ち上がり、何やらブツブツ呟いたかと思うと、朔次に向かって策を告げた。まあ実際には暁がやるんだがな。
潤 ジャミングシステムをコントロールして誘導装置を攪乱できませんか
聞いた途端、暁は端末にかぶりついた。ほらな。朔次はゴウウにプレッシャーを上乗せする。それがせめてもの上司っぽい仕事か。
朔次 貸しが値上がりしたぞ。五割増しだ
ゴウウ それも成功報酬だ
朔次 ぜってぇ払えよ。さもなきゃ十割増しでお国に請求書送りつけてやる
暁 それ書くの俺っすよね絶対
暁は激しく操作しながらもつっこみにも手を抜かない。忙しいヤツだ。
ゴウウ 決定権があるのか?中途採用の問題課長に
朔次 馬鹿にするな!予算使う権限はねぇが貰う方のはあるんだよ
暁 ちょっぴり情けないっす
朔次 うるせ
ライウ 着弾まで二分!
朔次達のカラミをかき消すライウのコール。
朔次 さっきより一分増えたじゃねぇか。俺の仕事まあまあじゃね?おい!ジャミどうなんだよ
暁 やってるっすよ!
暁の端末さばきはすさまじい。叩く叩く叩く叩くタカタカタカタカ――見ている周囲の息がどんどん詰まって行く。もはや誰もしゃべれない。
呼吸音さえ許されない空気感。
暁の息があがっている。
暁 ハァハァ……なんか空気が……お……重い。重いっす。潰されそうっす……か……課長~うぅぅ……
そう。今や暁の肩には一塊の巨大な岩が乗っている。そしてその岩は刻一刻成長しやがて巌となるのだ。もちろん暁の脳内ストーリーだが。
暁 うぅぅ
暁は今や膝も肘も地につき文字通り這いつくばっている。その巌の重量に耐えきれなかったか。もはや妄想ではない精神攻撃だ。ただ、這いつくばりながらも指は端末のキーボードを叩き続けている。これが技術者魂というものか。
タカタカタカタカ……
暁 うぅぅ
朔次 おい。大丈夫か暁
暁 うぃぃっすぅぅ
と、朔次の顔が急に綻んだ。
朔次 やった~!俺も言い返せた。カウント1だぜ~
朔次は得意げにガッツポーズ。そういえばそんなカウントしてたな。
それを見上げる暁の目は潤んでいる。ポーズをキメる朔次が虚ろな瞳には鎧を着た騎士に見えたか。彼こそが伝説の聖騎士サクサクーヤ。サクーヤは背中の大刀をすらりと抜き放つと、暁の上にのしかかる巨大な巌に渾身の一撃を加える。果たせるかな岩塊に上から下まで一条のひびが走った。そのままゆっくりと二つに分かれ倒れる巨魁。半分になった岩塊はさらに細かく砕け、果ては霧の如く消えていった。
妄想でスーパーヒーローに救われた暁は陶然とした表情でキーボードを叩き込む。
カーン。決定のエンターキーの音が浜に響き渡った。




