§第17話 朔次の過去
朔次 そりゃだめだアンタ
ライウ なに!
ライウが少し身構えた。ゴウウにも緊張が走る。朔次は構わず続けた。
朔次 おたくらの通信システムはとっくに解析されてる。スクランブルかけても一瞬でリバースかけられて解読されちまうぞ
なんか朔次が分かった様な口を利いているぞ。
潤が頷いた。
潤 匂坂さんの言う通りです。ロー国の通信は正直筒抜けなんです
暁 そうなったらこの計画パァっすよ
ライウ 我が国の通信システムが
ゴウウ 筒抜けだと
潤 筒が抜けています
ライウ そんな
ゴウウ達二人は絶句した。最先端デバイスを開発し、それらを駆使する事で全てにおいて他国に先んじていると信じていた。その信が覆された。
潤 だからこそタテヤマさんにお願いしたいんです。ただ
潤は暁を見た。意外にも朔次がそれに応えた。
朔次 外部からのプレッシャーを掻い潜る為にはギリギリまで社内にもマル秘って訳か
潤は黙って頷く。暁は目を開いて朔次を見る。この輝きは驚きか、確信か。あるいは――推しか?
朔次はゴウウ達に顎をしゃくる。
朔次 それだけのリスクをうちとあちらさんが受けるという根拠はどこにある
潤は真顔で朔次を見返した。
潤 なるほど。ただの足下グラグラおじさんじゃないって事ですね
暁 こんな冴えてる課長。すうぅぅ
暁は驚きつつも朔次アゲ。推しだな。なんかウットリしてるし。
ゴウウ 我々も同じ意見だ。それにタテヤマ通信のミスターサクサカ
朔次 何だ
ゴウウ 失礼だが先程『データが半分しかない』と喚いていたな
朔次が嫌な顔をした。ダウンロードが途中で止まりデータが半分しか取れなかったシーンがフラッシュバックしたか。
朔次 そそそそれはこっちの話だ。あんたらには関係ない
ライウ まさか――通信中にジャミングを受けてスクランブルを多重にかけたらトラフィックがバーストしてコネクションがロストしたとか?
暁 うっわドストライクっすね
暁はあからさまに驚いている。同じ事言ってたからな。朔次が暁に呟いた。
朔次 おい!あいつお前と同じ外国語しゃべってるぞ!三重県人か ウフン
暁は朔次をつつきつつライウから目を離さない。あ 「ウ」がここで登場した。よかったな「ウ」!
暁 あの人。かなりやり手っすよ。課長足元にも及ばないっすよ
朔次 じゃあお前相手しろ。ほれ
暁 え俺っすか?
朔次は暁を前に押し出した。
暁 い いいっすよ?やるっすよ!
暁はゴウウとライウに向き直った。わざとらしく胸を張る。緊張しとるな。ゴウウは余裕の薄笑いを浮かべ、明らかに上から目線を送っている。
暁 こんちは。ええと。あれはわざとっす
朔次 え わざとだったの?聞いてねぇ アフン
一周して「ア」が帰ってきたよ。
体を乗り出す朔次を暁は肘で突き戻した。潤を指さす。
暁 ええと。あちらからの指示はいつも通りの通信って事だったんす。だからジャミングの対応も目いっぱいやったんすよ。で。あと少しってとこでプッツリ。でもあれはワザとっすよね。潤間さん
潤は少し驚いて見せた。
潤 ええそうです。あの時は世界最高水準のジャンミグ戦を見せて頂きました。ただしあのジャミングは私ではありません
暁 え マジっすか
潤 マジです。未知の第三者です。きわめて広帯域にわたるジャミングで通常の通信技術ならあっという間に乗っ取られるか遮断されていたはずです
突然。潤の背が縮んだ。
潤 と~こ~ろ~が~ぢゃ
さらに表情と姿勢が老人化している。これは……
ゴウウ 降りてきたな
潤 ところがタテヤマどんはのう
ライウ 降りてきましたね
潤 それはそれは見事な変調に変調を重ねてのう
語り部の神降臨。さらに立体映像が現れ、昔話風BGMも流れ始めた。中では可愛い爺さまが、繰り広げられるサイバーバトルを紹介している。
朔次と暁はぽかんとしている。そりゃ何が起きたのかわからんわな。
潤 そりゃあ止めども止めども襲い来る「じやみんぐ」と「くらっきんぐ」を掻い潜り飛び越え千切つては投げ千切つては投げあ~れよあれよと突破していつたのぢゃ。電波強度すぺくとるを見ておったわしはもうゾ~ワゾワと鳥肌が立つたくらいぢや。しかしのう。矢張り多勢に無勢。次第に押し込められてしもうた。こりゃいかん。完全に解析されてしまう。そう思うた儂は寸前に通信を切断したということぢや。とっぴんぱらりのぷぅ
潤は目を細めた民話爺の最終形態。数瞬のフリーズ。と、映像は消失し、潤爺さまは普段の姿勢と表情に戻った。
ゴウウ 帰ったな
ライウ 帰りましたね
朔次 何だこいつ
暁 語り部……っすか
ゴウウ こういう男みたいだ
ライウ さっきは蟹の話を聞かされた
ゴウウ ヤドカリだ。正確には
ライウ ハッ
暁 ……っすか
潤 とまあ それくらい私は感動したというわけです
ゴウウ そんな事は自慢にならない
ゴウウは潤の熱演を切り捨てた。
ゴウウ たった一回のデータ通信に苦労して失敗した。その事には変わらない。我々は楽々とデータを頂いた
得意げなゴウウとライウ。が、潤がそれを覆した。
潤 あ~。それも私の筋書きなんです
ゴウウ なに?
潤 あなた方が楽に通信できたのは実はタテヤマさんのおかげです。ですよね匂坂さん
潤は朔次に振った。朔次は泡を食った。
朔次 え?あ?ああ。……ああそうだ
完全に油断していたな朔次。慌てて暁を肘でつつく。暁は小さく溜息をついて言葉を継いだ。
暁 この蟹来浜はタテヤマ通信工業の実験フィールドなんす。ここにはうちが開発したアンチジャマー装置がびっしり敷設してあるっす
潤 ロー国のお二人さんとの通信時はすべての装置が稼動していて殆んどのジャミングやクラッキングが殺されていたんです。あなた方はすでにタテヤマ通信の技術で守られていたんですよ
ゴウウ そんな。信じられない
潤 この辺り電波状況が悪かったでしょう?それはアンチジャマーがガンガン働いている証拠なんです
ライウ しかし私達は常に最新機器を導入して使いこなしている
ライウは自慢気に未来的な装置を見せる。朔次がフッと笑った。
朔次 あんたらそれが自慢なのか。ハッ話にならんな
ゴウウ 最新技術を装備するのは情報戦の基本だ
ゴウウが噛みついた。
暁 あのぅ。新しいのは危ないっすよ
ゴウウ それはどういう事だ。我々は常に最新の設備を更新し続けてきた。そしてそれを使いこなす為に新しい機器のトレーニングに多くの時間を費やしている
ライウが得意げにグラブで妖しい動きをする。動きが最先端過ぎてコンテンポラリーダンスを越えている。スーパーコンテンポラリー略してスパコンだ。誰も使わないけどな。
暁 いえあの。新しい機器って攻撃テストの恰好のターゲットなんすよ。新しい機能が一つ加わればセキュリティホールが三つ生まれるって言われてる位狙われ易いんすよ
朔次 そういうこった。最新機器を導入してるのはあんたらだけじゃないんだよ。けどな。枯れた技術を使って安定してるやつ方が相手の出方に対応しやすいんだよ。分かるかい集中豪雨の皆さん
暁 今まさにその状況っす。なのでお国への通信は控えた方が
ゴウウたちはまだ憮然としている。
朔次は溜息を一つついた。
朔次 ロー国の通信が筒抜けな理由が分ったよ。新しい機械を使いまくるのをやめるこった
ゴウウ そんな
ライウ わが国の誇る最新情報設備が間違いだなんて
暁 いえそんな大げさな話じゃないんす。人間と同じっす。古参のオペレータの話もきちんと聞いた方がいいってことっすよ。俺もいかつい顔したおやっさんみたいな人にいろんな事を叩きこまれたんす
ゴウウ達は少しの沈黙の後、
ゴウウ それでも私には納得できない。タテヤマさん。お宅の技術を見せて頂きたい
朔次は小さく舌打ちし、潤に向かってぼやいた。
朔次 おいあんた。閏年さんよ。コーディネータだろ何とかしろよ
潤 ふむ
潤は少し考えた後、しかし澱みなく答えた。
潤 ロー国さんのお気持ちは解らないでもありません。しかし申し訳ないですが皆さんに選択肢はありません。もう時間もありません。今。ここで決断して頂きたい
潤はゴウウを指した。
潤 あなたの直観力と洞察力そして
次に暁を指した。
潤 業界トップの技術力。お互いそれに賭けて頂けませんか
数瞬の間。
朔次 ん?俺は?俺は?
潤 あなたはネットワークに触れないでください
激しく頷く暁。
朔次 お前決断しろって言っておいて……ってまあ?俺自身?ここに来てロクな事してねえなぁとか?こいつらの中でなんかちょっと浮いてるかなぁ~とか?薄々そんな感じは……って何言わせんだよ!
ゴウウ 確かに
ライウ 触らない方が
暁は朔次に近づいてそっと見上げた。朔次推しだから慰めるか。
暁 分ってんじゃないすか
鬼の様に的確な指摘だった。
朔次 お前まで!あれか?クラスのできない子をみんなで生暖か~く放置するって感じか?そりゃお前クラハラ
暁 そうじゃないっすよ!
暁が遮った。目に力がこもっている。
暁 違うんす
潤 あなたにはネットワークの中ではなく現実の人間を守って頂きたい
朔次 ん?あ?現実?……ああそういう事か
朔次の表情がぎゅっと引き締まった。ネットと接続された現実。それを守るということの重さ。ただのサイバー空間とは異なる生身の現実における防衛戦。問答無用のリアルな戦場が朔次の頭を過ったか。朔次ならそれに対処できるというのか。
潤 会議は確かにネット上で行われます。しかしサイバーテロはネットワークだけに留まりません。ネットと緻密に連携した物理攻撃も想定するべきだと両国は判断しています。タテヤマ通信工業には匂坂さん あなたがおられる。タテヤマに入る前 あなたは傭兵でしたね
暁 え 傭兵……まじっすか
今度は暁が驚いた。朔次は嫌な顔をした。
暁 大丈夫っすか69回のぐら課長なのに
そら驚くわな。ぐら課長なのにな。構わず続ける潤。
潤 世界中の戦場を生き抜いてきたあなたの勘と経験をネットと現実の境界線上で活かして頂きたい
海風が吹いた。
その場に立つ五人の特殊な人間達の髪が靡き、服がバタついた。暁は目深に被った帽子を押さえる。
無言の時は刹那か。永劫か。




